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村々に残る提灯

 青登での蜜柑の匂いの謎。

 それはきっと富朱の今の王が関わっていると暗示している。

 あのチョム・チャンソンの本はそれを物語っている。

 でないとハリョンがああしたとは思えない。

 それに華妃様もそう言っていた。

「王様は蜜柑が好きっと!」

 では、次に自分が何を調べるかシファは考える。

 棠妃様は大人しくなったと言う。

 華妃様に強く言われ、王に嘆願し、ハリョン様を自由にした所でムラムラとした王様に抱かれたとかでそうなったとか宮廷では事実無根の噂まで流れている。

 ハリョン様が王の夜のお相手をしているとか、まさしくそれだ。

 王は男色ではないとハリョンは今朝も断言し、水をどうして行くか悩んでいた。

 私に出来るのはこれだけ――とシファは華妃にも話した祭りの準備をする村人を手伝う為、宮廷から少し離れた村に来ていた。

「いやぁー、助かりますよ。宮廷の三ノ者様。この辺の三ノ者は皆、暑さにやられてしまいましてね。もうすぐこんな暑さもおさらばだっていうのに」

「嫌ですよー、私も元はこういう人間なので全然困った事があったら、お気軽に言ってくださいね! 手伝いに来ますから!」

 と外に出る口実を作る為に言っといた。

「ありがたやー。村の者もちらほら暑さにやられてね……。今年はどうなるかと思いましたよ」

「でも何でこんな時期に提灯なんて飾るんです? 私の村ではもう終わっていますが」

「ああ、それはね、三ノ者様はご存知ない? 人が、子供が一人居なくなったんですよ。隣の村なんですがね」

「先日もありましたよね? それとは別の子が?」

「はい、あれは女の子だったが、今回は男の子でね。末っ子で可愛がられていたと聞きました。悲しさを紛らわす為ということで。これが明るくなると楽しい気持ちに少しでもなるでしょ。あと実りの時期でもありますからね、美味うまいもんができますようにってね。まあ、それは全部王様に」

「ほら! あんた、次は四連だよ!」

「分かったよ。うちの女房はあなた様に嫉妬をしているのかも。若い子が嫌いなんでさー」

「ほらほら!」

 と奥さんはその旦那に四連の赤い提灯をぽんぽん渡す。

「こんなに持てないよー」

「そんなにあるってことさ! 無駄口しないでやりな!」

 肝っ玉母さんみたいだ。

 ふふふ……と笑ってみて、気が付いた。

 この提灯、私の村のとは違う。

 これ何だ?! 山茶さんちゃ

「おじさん! この提灯、全部違うの?」

「は? この提灯は代々、各家で家宝のように大事にして来た物で違うかどうかは気にしてないが」

「そうだねー、嫁ぐ前の家じゃ、ここは杜鵑花とけんかの絵だったね。それがいっぱいあってさ。裕福な家になると『華』っていう金字一文字きんじいちもじが入った大きな提灯なんかも飾っていたねー。色鮮やかな花の絵が入った豪華のもあった。あといろんな金字の文字が入ったのもあって、読めないのに頑張って読もうとしたものさ。あんたの家ではどうだったんだい?」

「梅が描いてありました。金色の線で。他の色は他の提灯と同じ赤。富朱の色と同じの……。友達の家は牡丹で、赤以外に提灯はありませんよね?」

「そりゃそうだ、この提灯はこの国を祝う為の色なんだから。きっと青登やら信白ではその国の色になっているんだろうけどな」

「そう! そうですよね」

「いや、こんな祭りがあるのかねぇ。自分の家の外にも中にも提灯を何個も飾る祭りが」

「それが歴史ってもんだ。この村の、都近くの所ではこの提灯よりも古い物がたくさんあって謎々大会なんだって聞いたぞ?」

「それは本当ですか!?」

「ああ、本当だとも。先代王の物が多いと聞いた。ここから先にある小さな村は段々と青登にも近くなるからそんな祭りもないかもしれないが。国が幸せの証だと親父が言っていたな……」

「そういえば、そんな人だった」

「ああ、そうそう『幸せの赤し』とか言っちゃってな! ガハハッ!」

 笑い事ではなかった。

 幸せの証を『赤し』にするなんて。

 赤い幸せ――それはチョム・チャンソンの本の次に読んだ本に書いてあった。

 富朱という国名になった理由に繋がり、他の何かも教えてくれそうだ。

「おじさん、ちょっと用事を思い出しちゃったから行っても良い?」

「良いけど……」

 と言う心優しい人達を残し、シファは急いで走った。

 知りたい! きっと教えてくれる! その提灯が。

 シファの頭の中はもうその提灯のことでいっぱいになっていた。

 この国全部の提灯を調べることが出来たら、また一歩近付けるかもしれない!

 それがシファの新たな目標となった。


   *


 二十二になる健康そのものの王が自分の相手とは馬鹿馬鹿しい。

 華妃様も余計なことを考える。

 ハリョンは王の命令で仕方なしに、その王と共に行動をしていた。

「どうだ、ハリョン」

「ここからでは何とも」

「私がアレを使わないのは知っているだろう」

「知ってますとも」

 それが原因でいろいろと不都合が起きている。

「まあ、アレよりは良いと武官の何人かを使っていたのだが、もう限界でな。やはり、ここはアレよりも優れた三ノ者の出番ということだ」

 何だろう、この感じ。

 誰かに似ている……。

「確かに、弟君と似ている」

「え?」

 何だって?! と驚き、嬉しそうな顔になるこの二十二になる若き王が魅力的なわけがない。

 二つぐらい違う異母弟のナギョンとは違い、綺麗な顔をしているわけではない。

 先代の王に似て、やや男らしい顔付き。

 だが、凛々しい目つきは控えられ、優しさが顕著に出ている。

 それが仇になってもいるが。

「こうして、あなたと行動を共にしていると、また言われてしまうのですが」

「言うな、それは。私だって、年上とだったら抗議をする。だが、ハリョンは年下だろう。弟と同じ年頃だ。それに、その弟が暴れ出さないのも私と一緒にお前がいるからだ」

 まったく、この人は。

 考え方が似ているのかもしれない。

「で、あの部下を自由にと言いつつ、見守るのは何故ですか。こちらは水の仕事が残っているのですが」

「それは他の者に任せた。頑張って働きますと言っていたぞ?」

「本当でしょうね……」

「ああ!」

 その明るい言い方に呆れも混じりつつ、ハリョンは自分の部下がし始めた事を草陰から見ていた。

 いつかの時の事が思い出される。

 その時は夜でナギョンと一緒だった。

 今は昼で隠れても意味がないと思われるが、王がそうしろと言うのだ。

 そうするしかない。

 俺は王に逆らえない。

 けれど、彼女は逆らえるのだろうか。

 皆、彼女によって変えられれば良いのに。

 そんな言葉を彼女は持ってはいない。

 だが、そんな気持ちは持っているような気がする。

 だから、自分はあの時、ああしたのかもしれない。

 殺すなら殺しても良いのだ――と、この王は言わなかったけれど、三ノ者としては出来た。

 それが掟だから。

 あの毒も、きっとそこから出て来たのだ。

「動いたぞ」

 王は少し楽しそうに言う。

 まるで三ノ者ごっこをしているような雰囲気。

「これはごっこ遊びではありませんよ?」

「分かっている。だが、戦いもない国で楽しむとしたら、こんな事くらいしかないだろう?」

 まったく、本当の事を全て知られた時、かの王はどうするのか見物みものだ。


   *


 その村から近く、都寄りの村に来てみたは良いが、その提灯は飾られていなかった。

「当たり前だよね、時期が違うもの。あそこだけが特別」

 でも、何故あの村からさほど離れていないのにその話を知らないのか疑問だ。

 道行く人に訊いてみようとシファは手当たり次第に聞いた。

「あの、人が居なくなったりするって聞いたことありません?」

「ないね」

 そればかり。

 今度はお宅の提灯見せてもらっても良いですか? 飾らない理由は? と聞き回る。

 それに対し、人はお前はバカか? もしくは富朱の者ではない? 赤い服を着ているのに? という態度。

「知っているはずなのに、それでも負けない心、健気だな……」

 心に来た王は物陰からそっとシファを見ては言う。

 そんな王にハリョンはつい口を滑らせていた。

「お気に召しましたら、ご紹介致しますが?」

「なんと! だが、自分の部下をそう易々と差し出すものではないぞ? ハリョン」

 分別があって、見境がないわけではないようだ。

 あの異母弟ならすぐにいただきます! となりそうなのに。

「今度はあっちのようだ!」

 とっても活き活きと王は自ら先頭となって走って行ってしまう。

 退屈凌ぎでもなさそうだ。

 王を守る者は自分しかいないとハリョンはそれを制し、何事もないように計らうしかなかった。

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