ハリョンはやっと山奥から宮廷に戻って来られた日の事を今でも思い出す。
――夜遅く、武官はそのまま王の部屋に行けと言う。
何故なのかと思いながら、歩を進め、王の過ごす部屋まで来ると静かにされているのが分かった。
こんな時間に起きているというのなら、自分の好きな事に使えば良いのにそれをこの王はしない。
異母弟は盛んにしているというのに。
一つ深呼吸をして、王に顔を見せれば、笑っていた。
「入れ」
一人で居る王。
周りの者は居ない。
カゲさえも居ないと分かる。
「そこに座れ、ハリョン」
「はい」
言われた通りにする。
二人だけになった。それでも足を崩すことなく、王と対面し続ける。
「痩せたな。それはそうか、私がそう言ったのだから。髪もボサボサだ。当たり前か、どうしてここに連れて来られたか分かるか?」
「分かりません、何故です?」
しっかりとした声で言った。
「ある噂を聞いた。とても心痛めるものだ。お前の部下は何やら自分の仕事をほったらかして調べているらしいな?」
「それは……」
知らない事実ではない。また俺はどこかに閉じ込められてしまうのか。
「私の事か?」
「え? それは……周り回って……ですかね……」
何とも歯切れが悪いハリョンに王はずいっと近付き言う。
「上出来だ。ハリョン、やはり、あの少女をお前にくれてやったのは正解だった」
「ご自分のなさりよう、嫌な顔が板に付いていませんよ?」
「ちゃんとしたつもりだが。弟には負けるよ。我が弟はその辺が上手く出来る」
「あまり褒められたものではありませんが」
こうして普通に話せるのが少しおかしく思えた。小さい時は平気でいられたのに。
王となってからはちゃんとした態度を心掛け、ここまで自然に話したことはない。
「この前ふらっとやって来た弟に言われたよ、あなたは優しすぎるとね。棠妃にしてもそう、異母弟の異父妹の事など、関係ないと言ってくれさえすれば良いのに――と。それは私にではなく、お前に言いたかったのだろう?」
「伝言ですか? それを言う為にここに?」
「いや、違う。華妃は何を止花に頼んだ?」
そこかぁ……と思う。
「あなた様の気にしている事です」
それだけ伝えれば全て伝わる。
この話はそういう話だ。
「なるほど、それでお前は棠妃がどう言って来たか知っているか?」
「いいえ」
「お前と私が夜、睦まじくなるなら……と言って来た」
「は? 王様はそんな方では!」
「そうだ、私はお前より女の方が好きだ。だが、今はそうする時ではない」
当たり前だ、こんな出て来て早々、そんな事が起こってたまるか!
「それを逆手に取って、お前には力になってもらいたい。未来の為にな」
「は?」
「私は怒っている。そして、それ以上に何も出来ないのが悔しい。それを解決させる為に止花に自由を」
「あなたはどうかしている!」
王に向かって言う言葉ではないことは分かっている。
「そうだ、だが、貴族よりもその暮らしに通ずる者の方が良いのだ。話はそこから始まる」
真実を言う気もないくせに、そんなことを言って――。
「俺はどうにかなってしまいそうだ」
「愚痴ですか?」
平然と言って来たこいつが憎い。
仕事に来てすぐに新たな仕事が舞い込んで来たというのに、悠長に茶など用意して俺に何をしろと言うのか。
「出て来て早々、王様にお呼ばれされたんですよね、ハリョン様は」
「良いなーってか」
不味くはないシファの淹れた茶をずずっと飲む。
こいつはすぐにでも居なくなって、一人であれやこれやをしなくてはならないのに。
「違いますよ、噂になっているんです。やはり、王様は――って」
「どこぞの馬鹿話に付き合っているな、お前は今日から三ノ者の仕事をするんだろう?」
「はい」
良い返事が返って来た。
「あ、でも、いつも宮廷の三ノ者として働いていますよ。今日からはその宮廷外の三ノ者がやるはずだった仕事に行くんです」
「知っている。さっき聞いた。提灯の飾り付けね……」
シファはにっこりと言う。
「とっても楽な仕事! じゃなかった。大変な仕事なんですよー。一つ一つ丁寧にやらないといけないし、数も多いし」
「何でこんな時期にやるのか? とかお前は考えないのか?」
「それは考えましたよ。大いに。でも、人が必要なんです! と言われれば、私は行きます。私はそういう小さい事を無くすのが役目だと思っているので」
そんなシファの言い訳を聞いて、ハリョンは思う。
王の企みではなさそうだ。
なら、何故やる。
この祝いの行事は暑さが本格的になる前が盛んじゃなかったか。
この国が出来た時期と被せて。
「行って来ます!」
そんな気合の入ったシファの声に思わず言っていた。
「気を付けて行って来い」
「はい!」
別にそこまでの仕事ではなさそうだ。ハリョンは王との約束を守る。
それがこの話の終わりに繋がるならと、宮廷の外へと送り出す。