問題を起こした棠妃は今も不満を訴えているという。
あのまま殺してくれても良かったのに! など恥じた事だ。
三ノ者のハリョンがそのせいで山奥に行ってしまい、シファは一人で宮廷の三ノ者として頑張っている。
それで後宮に来るのも
この庭を見ても王は何も言わないだろう。
寂しさだけが募り、生きた動物を飼うとは考えられず、花だけが増えて行く。
他の者もそうだろうか、様子を見て来てほしいと願いたい時にシファはいない。
自分の世話をする者を行かせることなど、今はあってはならない。
そんな時だった。
「華妃様!」
と喜んでやって来たのは側室になってから世話をしてくれるようになった侍女。
「何じゃ?」
威厳を持って言う。それが選ばれた者の宿命。
「王様が!」
と聞いた瞬間、何も感じていなかったものが溢れて来るようだった。
「邪魔をするな、華妃」
「王様!」
花がほころぶような喜びの思い、王が夜でもないのに久しぶりに来られた。
その思いを彼は知らない。
ただ、いつものようにこちらに微笑むだけで何もして来ない。
少しの茶菓子を口にしてから王は言った。
「あれは蜜柑の花か?」
この場所から見える一本のその木には無数の白い花がある。
きっとそう言ったのはその花の匂いが鼻を突いたからだろう。
「ええ、この時期に珍しい事です。お気に召しませんか?」
「いいや。温暖な富朱の事だ、珍しくはないと言いたいところだが、誰かが言っていた。改良をし、そうさせることが出来たと」
とても喜んでいるように見えなかったのに。
「私は父が嫌いだった蜜柑が好きだ」
「え?」
「華妃よ、お前は何か私に隠している事がないか?」
「え、いいえ。何もございませんが」
「そうか」
王は侍女が淹れた茶を一杯飲んで帰って行った。
「どういう事なのでしょう?」
「さあ?」
「今まで、こんな事は一度もありませんでした」
「ああ、そうじゃな」
「他の方の所へも行かれるのでしょうか?」
「それをお止めすることは出来まい。王の心のままだ」
だから、私はいつまでも独りなのだ。
棠妃のようになれたら、どんなに良いだろう。
「シファを呼べ」
「はい」
この時はまだ変な不安もなかった。
ただ、そのシファが来た時、思いもよらないことを知った。
「数日前にも、誰かが消えたと言ったか?」
「はい」
シファは冷静に言う。
水汲みついでにその辺にある村を調べていると言った。
「華妃様に頼まれました事、すぐにとは申せませんが、必ず真実が分かる日が来ると私は思っております。水汲みも時に役立つ時があるのです! 私は今、探していることがあるのですが、華妃様は青登の三ノ者を誰か存じておりますか?」
「いいや、生まれてから一時もそこには足を踏み入れてはいない。お前はその三ノ者の中にいると思っておるのか?」
「それはないです。ですが、知りたいのですよ、とある方なのですが。その方のお名前を」
「名前? 聞けば良いのではないか?」
「それはそうなのですが、私が知りたいのはその字でして……。ああ、それじゃあ、華妃様は先代王の側室の方のお名前をご存知ですか?」
「いいや……」
この者が何をしようとしているのか分からない。
日々、多忙に働き、頭の中が変になってしまったのではないかと心配になる。
「シファよ、少し休め。それからでも良い。子がまた一人消えてしまったのはとても悲しいが」
「それは――」
とシファは口をつぐんだ。
頼りになりそうなハリョンはまだ出られないのだろうか。あの棠妃が反省するまでは無理なのかもしれぬ。
「じゃが、お前は行かねばなるまい。王が何故、女の三ノ者を選んだのか、私は気になる」
「どういうことですか?」
「王は女が嫌いなのではないかと思っていた。ただ母君を安心させる為にだけ、私達を――と」
「そんなことはないですよ!」
とシファは口を継いだが、それ以上は何も言えず。
「良いのだ、皆、それぞれに欠点がある。子が出来ぬのに王の女となれたのが奇跡のような喜びだ。そんな事があると思うか? この世の中に。普通ではあり得ない。他の国なら絶対に。世継ぎのない国になど誰も期待を寄せられない。ただ衰退するばかりだ。あの佳国のように」
もう言葉はないと見た。
「行きなさい、調べ物があるのだろう?」
「はい。ですが、これだけは。村々には今も昔の習わしか、この国を祝う祭りがあります」
「楽しそうじゃな」
「はい、それはもう明るくなるのでございます! 夜も昼のようで。ちょうどそう、この蜜柑の花のような匂いが漂う時期に行われていたりして」
「ああ、あの花か。先ほど、王様がいらっしゃった時にも、その蜜柑についておっしゃっていた」
「何を! 何をお話になったのですか?」
食い気味になるとは珍しい。
「先代の王は蜜柑が嫌いだったが、私は好きだと」
それが何になるのか知れない。
だが、確かにシファの顔付きは変わった。
「何か分かったのか?」
「いいえ。でも、蜜柑の花言葉は」
「何じゃ?」
「王に合っている気がします」
その言葉の意味、後で調べて分かった。
王は純潔なのだろう。
誰とも交わらない。
でも、女以外ではどうなのか――そんな事を思ってしまう自分の方が恥じた。
「棠妃を呼びなさい。杜后様を待っていても始まりません。ですが、杜后様には内密に。ハリョンを取り戻すのです。王様に必要なのは信頼する人間なのだから」
私達ではない誰かが、王に喜びを与えるのなら、それでも良い。
王が何故、自分の前に現れたのか、華妃は考える。
国が豊かになれば――というのはないだろうから。自身の事なのだろう。
今、最も悩ませているのはそんな事だ。
「棠妃にはすぐにでも嘆願してもらいます。それで日々が明るくなるのなら、それもまた運命でしょう」
「はい、華妃様」
何もしない王に尽くすのはこの華妃と異母弟を選ばなかったハリョンくらいだ。
それから間もなく、ハリョンは解放され、王と行動を共にすることが多くなった。