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壁越しに

 木で作られたそこは一人の人間が入れば窮屈となり、その壁は薄く、壊そうと思えば簡単に壊れる物で、人の運命を翻弄させるには充分だった。

 日の光と隙間風、山奥にしかいない鳥や時々やって来る人の声ぐらいならその壁は通した。

「脱走しようとは思わないのですか? 一応は扉に逃げない為の対策がしてありますが」

 今日もまた部下が水汲みついでに文句を言いにやって来た。

「そんなことをすればどうなるか、お前は分かっているだろう」

 彼女は自分の代わりに今、全ての三ノ者の仕事を引き受けているはずなのにあまりその声には疲れた様子がない。

「そうですね、見張りが居ないからとここを頑張って壊せば、悪いことをしたのに反省していないと見なされ、今よりも厳しく、下手をすればこの命を危険にさせるだけです」

「だから、大人しくしていようと思うんだ」

「すぐには出られなくても?」

「ああ、そうだ」

 壁からの声はもう聞き慣れて、シファの顔がどんな風になっているか想像が付く。

「良いですよねー、ハリョン様はここに居れて」

「お前はまた逃げて来たんじゃないのか?」

「違いますよ! どうしてそんなことを言うのですか?」

「ユーエンが先日、泣き言を言いにやって来た。あなたの部下はどうかしている! どうして棠妃様の件は外したのに、まだ調べているのですか? とな」

 うげ……となって苦い顔をしているんだろう。

 言葉がすぐに返って来ない。

「それは……」

「思う所があるのでしょう。と言っといた。一応は後宮担当だからと」

「そうです! それです!」

 きっとこの調子良く言って来る声の大きさからもやるべき事をやっていないのではないかと疑われる。

「やるべき事はやっているな?」

「はい、ちゃんとハリョン様に言われた事以外もやってますよ。主に雑用」

「俺の仕事は雑用ではなかったがな」

 と訂正はして、帰らせた。

 それから数刻もしないうちに足音がした。

 一日に一回、粗末な食事を持って来る奴はいつも一人だし、歩幅の違いから二人だと思われ、よくよく耳を澄ませば男達の声が聞こえた。

「本当にここら辺か?」

「はい、この近辺で生まれ育ったんです。任せてください! あ、ここですね」

 と、この山奥近くに住んでいるらしい男が言う。

「ここか……」

 その声で分かる。

「最近、変わった女がこの壁に向かって喋っているんですよ。独り言だと思うのですが」

「ありがとう、こんな山奥まで」

 言うに値したということか、言わないものだと思ったのに。

「いえいえ、そんな」

 と愛想良く案内して来た男はすぐに帰って行った。

 そして。

「本当にここは人が住む所ではないな……」

 と残った方の男は言う。

 その声に聞き覚えがあるかと言えば、ないわけではなく。

「どうしました? とか言え、ハリョン」

 自分勝手に進める手強さ。

「どうしました、こんな所に来ていただかなくともあなたとは」

「そうだな。だが、事態はそうではないだろう。お前は知らないわけではあるまい。ここにオレのカゲが居るってことを」

 はい――と素直に言えないのは青登での事があったから。

「王がお決めになったことです。俺にはどうすることもできない」

「そうだろうな、オレの兄だから」

 と、異母弟は言う。

「それで、葛花三玉を取り上げられなかったお前はどうする?」

「尽くします」

 それだけだった。

「王にか」

「はい」

 その意思は今も変わらない。

「何の為にお前がこうするのか分からない。それで考えた。幼い頃から親しくしていた奴だ。考えるられることは複数あった。三ノ者の仕事が嫌になった。離れたかった、どうにかしたいと思っている」

 全て外れだ。それも可能性の低いものから言って来るなんて、たちが悪い。

「お前はわざと外に出させるようにしたのではないか? あの少女を。いや、自分も……外で調べやすくする為に」

「何の事だか?」

 とぼける気か? とその人は言わない。

「村は今も続いている」

 それだけ言って、その人は帰って行った。

「ナギョン様も知っている事か。俺の知っている事などもう古いのに」

 そう言って、ハリョンはその場に寝転がった。

 誰も見てはいないだろう。

 反省する時間を十分じゅうぶんに与えられ、反省する気のない自分はただ寝る為だけに時間を費やしていた。


 でも、何故、王が止めたはずのものが続いているのか気になる。

 ハリョンは歯を密かにギリッと噛んだ。

 そうすれば息のかかったカゲが来るわけでもないのに、せずにはいられなかった。

「くそぅ……」

 堪らず声が漏れていた。

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