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書庫の二人

 数日が経ち、それからも後宮に行けば、棠妃はシファに言って来た。

「いつ会えるのか? 月の物をちゃんと来るようにしたい! どうすれば良い? とそればかりなんです!」

「それを俺に言って、どうする?」

 部下からの報告にハリョンは困り果てていた。

「だって、会いたがっているのはハリョン様です。そして、月の物は……ヘジに訊くしかないのは分かっているのですが」

「会えないと?」

「はい……」

 後宮担当の医女、ヘジは三十代くらいの女性だが、三ノ者よりも医女は身分が低く、年上だからとシファがヘジに敬語を使えばおかしくなってしまう。

 だからシファはヘジに対して、力ある者として振る舞わなければならなかった。

 自分より凄い事をしてそうな人でもだ。

「それにしても」

「何です?」

「宦官、ユーエンにも会えていないだろう? お前」

「そうでした……」

 宦官、ユーエンは二十八歳の男でそれなりの見てくれである。

 シファと同じくらいの力関係であり、確か、新任賦与式にも居たような気がする。

 宮廷で過ごす中で知り合った人達から話を聞けば、優しそうだと言う。そして、何やらヘジと一緒になってコソコソと動いているらしい。

「ハリョン様はその二人がどこに居るのか、ご存知ではないですか?」

「あー……知らんな……」

 自分の仕事がしたいが為にそう言ったのではないか? と言うほどの素っ気なさにしばらくシファは呆然としていたが、やがて諦め、言った。

「じゃあ、私、また探して来ますね!」

「ああ、ご苦労な事だな」

 少し癇に障る……シファがそう思っている間にもハリョンは自分の仕事をやり始めてしまった。

 また床がとんでもない事になりそうだ。

 だけど、シファは静かにそこを離れた。

 まずはいつものように医女、ヘジが行きそうな所に行く。それから今日は宦官、ユーエンが行きそうな所を……おっと? ちらっと向こうに見えた人影にシファは付いて行った。

 その人物が辿り着いたのは書庫だった。

 そこには男の人が一人居て、その女を待っていたようだ。

「どうだ?」

「はい、今回はちゃんと来られたようです。ですが、改善はされていません。この記録によれば」

「何の記録なのですか? それは」

 シファはコソコソする二人に背後から近付き、真っ向から話した。

「これはこれは、三ノ者のえーっと? ソファでしたかな?」

「違います。シファです。わざとですか? ユーエン」

「いいえ、そんな事は決してありませんよ。私は後宮担当の医女、ヘジとどうすれば良いかと考えていたのです」

「何を?」

「あなたは知らないでしょうが、後宮にいらっしゃる皆様は」

「大変困っている事があると? この暑さで体調が優れない……ということではありませんよね? もっと別のもの。そう、それは王様にも関わっているのではありませんか? 何故、隠す必要があるのです? 私も後宮担当なのですが?!」

 強く言ってしまったかもしれない。けれど、抑えようがなかった。

 この男とは言えない彼の言い方がシファの癇に障った。

「仲間外れにした覚えはありませんよ。それが悔しくてこちらに来られたのですか?」

「違います! ユーエン、私は直接言われたのです。棠妃様から『月の物があまり来ないからちゃんと来るようにしたい』と!」

「あのお方は……」

 何で言ってしまうんだ……と、それはとても優しそうな人が露わにするような雰囲気ではなかった。

「ユーエン、私と年齢が離れているからと、それを気にされているようなら心配はいりません。私は年上に合わせる自信があります! バリバリ言ってください! 私、あんまり隠されると調べたくなるたちでして、あらぬものも調べてしまうやも」

「グぬぬ……」

 あ、今、私、ハリョン様と同じような事をしてしまったかもしれない……とシファが思った頃にはユーエンの答えが出ていた。

「しょうがありませんね。では、この記録の中からその原因を探し出し、適する薬やら治療法がないかを見つけて下さい。簡単ではありませんよ?」

「はいっ!」

 そこは優しいのか。ハリョンと違う感じの男性とは言えない彼、ユーエンにシファは少し心を開いた。

「ヘジは私と一緒に今後の事を話し合いましょう」

「はい」

 そして、二人はいつの間にか書庫から消えていた。

「ぐぬぬ?! 私、ハメられた?!」

 なんて思っても仕方ないと、今しか出来ないことをシファはすることにした。

 ユーエンから渡された記録が書かれているこの本は先代の富朱王の女性関係なんかも分かってしまう代物で読んでいて面白かった。

 それはともかく、月の物がどうのこうの……と書かれているのは数行にも満たず、これで何が分かるのか? という話で、この症状にはこれを飲みましょう! というのが明示されているわけではない。

 本当にこれで何が分かるのか? 今度、ヘジに訊こうかしら……と悩んでいれば、先代の富朱王の側室の一人が男の子を産んだ二年後に女の子を産み、亡くなっているのが目に入り、気になった。

 その名は『美朱』と書いてある。

 ちゃんとした読み方は分からないが、ミジュだとして、その先を読んで行けば、その子供二人はそれからどうなったのか分からない。

 代わりに書かれていたのは、その美朱が楽しく過ごしていた――とだけ。

 どのような理由で亡くなったのか分からない。

 こういう風に書くということは、表沙汰に出来ない事があるからなのか。

 産後の肥立ちが悪かった――では済まなかった話なのか。

 そういう人も多くいるのに。

 深く考えれば考えるだけ、これは変だった。

 ここだけ、明らかにおかしい。

 他の所はちゃんと書いてあるのに……。

 これまで先代の王に関する事を調べる機会はあまりなかったが、この記録は普通の物とは違うようで主に後宮で治療を受けた女性の事が書かれている。

 担当した医女が書いて来たのか、字が綺麗で読みやすい。

 そして、今の富朱王はその兄妹よりも先に生まれ、側室の子ではないと書かれていた。

 今の王が生まれ、二年後に母が違う弟が生まれ、妹が二年後に生まれている……。

 ちょっと待って!? あれ? とシファは思い始めた。

 よくよく考えれば、今の王にそんな妹がいるなんて聞いたことがない。

 それにその弟さえも見たことはない。

 では何故、これには書いてあるのか。

 その血を持つ次の王となれる男子は……今、どれくらいの年齢なのか――。

 ハリョンと同じ年齢だということに気付いたのはもう日が暮れ始めた頃だった。

「どうです? 何か分かりました?」

 とやって来たユーエンにシファは食って掛かっていた。

「あのっ! ユーエン!」

「はい! 何でしょうか?」

 そんなシファにユーエンはびっくりしたのか敬語になった。

「これを! この記録を貸してはくれませんか?! もう一度、良く考えたいのです! あと少しで分かりそうなのです! それと、あの『富朱の歴史』が書かれているのも!」

 え、良いですけど……とユーエンはそれで何が分かるのか? と言った風で貸してくれた。

 それらを持ち、シファは急ぎ、自分の職場へと戻った。

 あの人はまだ居るだろうか、これについて知ってそうなあの方は!

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