荷物を宿に残し、早馬に乗ったまま数日が経っていた。
「お待ちください! ハリョン様!」
「何だ!?」
やっと止まってくれた……とシファが思った時には青登から富朱に入る付近で空腹も限界に近かった。
「少し、休憩をしませんか? 大きな音が出そうです」
「何の?」
「お腹の……」
まったく……と言った顔でハリョンは呆れたように馬から降りた。シファもそれに続きながら言う。
「ここは……どこかの林の中でしょうか?」
「そうだろうな……まあ、隠れることはできるだろう。馬も少し休ませよう。行きと違って、お前も少しは持つようになったか」
「あの……嫌みが言えるようなので言いますが。何故、早々に青登を離れたのですか? 私に本当の事を教えるのが怖くなったとか、やっぱり教えるのが嫌になったとかですか?」
「そうだな……」
ハリョンはそれしか言わなかった。
「あと、荷物……。どうするのですか? あの中には」
「桃玉五桃が入っていたのか?!」
「いえ、それはここにちゃんとありますよ。ハリョン様と同じように服の方に」
ほらね! とシファはハリョンに見せた。
「はあ……なら何だ? 形見でもあったのか? お前の両親は健在のはずだろう?」
「そうですが、今の私に必要な食料がそこそこ入っていたのです! 食材を無駄にした気分です」
「お前……こんな非常事態に。ちゃんとした食事をしてない! と言いたいのか?」
「いえ……」
「食べ物の心配はするな! 今までだって死なない程度の食事は出来ていただろう? それにシドンがちゃんとやる。いくら青登の三ノ者だからと言ってもそこは抜かりないよ」
「え?」
「証拠となる物は残さないだろう、奴だって」
「証拠?」
「自分が加担した事の責任は持つさ。荷物はこっちに送り返すだろうし、俺の所に来たカゲだって生かすだろう。あいつは富朱をまだ手放すつもりはないからな」
「どういう意味ですか?」
「だからこそ、あのカゲを使えたということだ」
意味が分からないままシファはもっと聞きたいことを聞くことにした。
「上手くはぐらかせたとお思いでしょうが」
「まだ何かあるのか?」
「ハリョン様は今、おっしゃいました。緊急事態だと、それはどういった意味でしょうか?」
「はあ……話を聞いてなかったか?」
「いいえ、聞いていました。けれど分かりません。何故、そんなに急ぐのです? 馬を奪うように乗り……棠妃様の件が気になるからですか?」
「……」
ハリョンは言葉もないようだった。
「今からもし、無事に富朱に帰れたとしても数十日以上はかかってしまいます。このまま早馬に乗り続けてもです」
「それは分かっている。それより自分の命が惜しくはなかったのか? 罰として三ノ者は毒を飲む時があるが、前もって分かっていれば解毒薬を先に飲んでおいて、その場をしのぐなんてこともできるが。ナギョン様……あの方にお会いした時はその解毒薬を飲む暇がなかったはず」
「あの方は! 遊び人だとおっしゃっていました。自分の正体を知ったら、私の命はなくなると。つまり、あの方は私を最初から殺そうとは思っていなかったはずです!」
「だったら何で、あの毒を手に持っていた? わざわざ酒瓶に入れ……俺と会っていた時はそんな匂いはなかった。邂逅ではなく、待ち伏せていたのではないか? お前を」
「えっ……?」
「そういうお方だ、あの方は」
あの長髪の男の人がそんな方だったなんて……という驚きと共に耳に入って来た言葉にたじろいだ。
「毒を飲もうとしてたのは何故だ?」
「それは、えっとぉー……」
自分の事を聞かれ、あの方から何かしらの情報が聞き出せそうな気がして……とは口が裂けてもシファは言えなかった。
「ハリョン様の件がありましたので……」
「俺の件?」
「はい、素通りするのは如何なものか? と」
「はあ……つまり、あの方は見ていたというわけか……」
「どうするんです?」
「何がだ?」
「だって、処罰がどうのって」
「大丈夫だろう。あの夫婦はこっちが三ノ者だとは思ってない。だから、素通りが出来た。そもそもあの二人は青登の者だ。富朱の俺が出るのはおかしいだろ? とってもひどかったら出ていたが、そんなにひどいとは思わなかった。普通の夫婦のやり取りだ。一方的に妻が怒って酒を飲むな! と夫に注意をする。それを夫はうるせーだのと言って回避する……というようなものだ。些細なやつだ」
「それで終わらせるのはどうかと思いますが……」
「お前はあの方に味方すると?」
「いえ、そうではありませんが。それを無くすのが三ノ者なのではありませんか? 私はこういった事を無くしたくて三ノ者になったのですが」
「じゃあ、お前がして来い。今からでも遅くはないだろう。俺は富朱に戻る!」
そう言うとハリョンはシファに背中を見せ、馬に乗ろうとした。
「え?! そんなぁ……! 私も帰りますよ! 後宮が気になりますから!」
減らず口が……とハリョンはシファを見てから馬に軽々と乗り、走らせた。
シファも慌てて自分の馬に乗り、それに続いた。