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最初の発見者

 まともな睡眠を得られないまま、また一日が経過してしまった。

 その余波は日中の三ノ者達の話し合いに出てしまい、見るからに体調が悪そうなシファは周りから心配され、ハリョンにそんなに具合が悪いなら宿へ帰って寝ていろ! と注意を受けて晴れて自由の身にされた。

 けれど、エランの監視付きだった。

「すみません、エランさん。あの場に居たかったでしょう?」

「うーん、今日も長くなりそうだなって思ってた所だったからね! こちらも助かったよ! それにしてもシファちゃんはどうしてそんなに調子が悪いの? 薬か何か飲む?」

 それは極度の睡眠不足のせいでして……とは言えないし、憑いているという健偉や香婉のせいにもできない。

「いいえ、それより私、チョム・チャンソンの……」

「ん?」

 何やら賑やかな音が聞こえて来た。

 こんな昼間からどんちゃん騒ぎか? とそちらの方を見れば、都の中心地で始まった素敵な催しにここら辺に居た人達があっという間に観客になって、おおー! と歓声を上げている。

「行きましょう!」

「え?」

 エランの方から手を繋がれ、シファはエランと共にそれを見る為に走らされた。

 もうかなりの人垣だ。だが、見ることはできる。

 しばらくそれを眺めていれば、一層の歓声に包まれた。

 何と人の顔がパッと一瞬で変わったのだ。まるであの時見た美しい男から爺仙人になったような――。

「あれは!?」

「変面って、シファちゃんは初めて? これを見るのは」

「ええ……まるで憑かれた時のようです」

「あははははー!」

 と突然エランが笑い出した。

「え? 何です? 何がおかしいんです?」

「いやぁ! 傑作! シファちゃんは本当おもしろい!」

「そうでしょうか……私、ずっと宮廷内の三ノ者にもなりたくて一生懸命にやっていました。だから、人が知っている事を聞いているだけで知らない事の方が多いんじゃないかって思っているんです」

「それはまあね……遊びも知らないでいると大変になる。でも何でシファちゃんはわざわざ宮廷内の三ノ者になったの? まあ、宮廷内の三ノ者になれば、自ずと宮廷外の三ノ者にもなれるけど。私はそれで三ノ者になったの、もらえるお金も良いし、何より昔から結婚や子供を産むといった女の幸せよりも三ノ者になった方が親に喜ばれるしね! 男女問わずなれるもの」

「ああ……私も、そうです……」

 少しの躊躇いがあったのは本当の事をもう言ってしまおうかと思ったからだ。けれどそれは自分の過去の中で一番言ってはいけないこと。富朱の問題を青登の人に聞かせる事はできない。それが今までハリョンの後ろで見て来た三ノ者の集いのやり方。表向きでしか仲良くはできない。

「どうしたの? そんな悲しそうな顔しないで……目の下のクマ、見れば寝不足だってことは分かるわよ!」

「え? 気付いてましたか……」

「ええ、話はシドンさんから聞いています。本物のチョム・チャンソンの本は読ませられないけれど、それを写した物ならこの近くにあります」

「え!?」

「行きましょう、それを調べさせまいとハリョン様は躍起になっていたのだから。それさえ終わってしまえば、ハリョン様は自由! そうすれば、私は――!」

 浮ついた考えが垣間見えたが、この好機を逃せるはずがない。

「エランさん、ここ……」

 またしてもエランの手によって導かれたのは明るい薄紫色の服を着た一人の女の人しかいない静かな書庫だった。

 綺麗に整理整頓が出来ている。

「ここはね、青登の三ノ者なら自由に出入りができるの!」

「すごい数ですね」

「そうね! で、こちらのお姉さんが宮廷内外の三ノ者でもあるナクヒさん」

 そう言われて、片付けるのを止め、にっこりとこちらを微笑んで見てくれたのはその明るい薄紫色の服を着た上品そうな女の人であり、あまりシファと変わらない年齢のようだった。

「どうしてお姉さん?」

 シファの疑問に言い出しっぺのエランが答える。

「私より偉いし、一つ上なのよ」

「ああ……」

 じゃあ、私ともそうかも! となったシファにナクヒは言う。

「えっと……この方は?」

「ああ! 見れば分かると思いますが、富朱の新しい宮廷内外の三ノ者となったシファさんです。ほら、今、あの三ノ者の集いが急に決まって、この青登で開かれているでしょう? だから来られたんです。あと、ナクヒ姉さん、チョム・チャンソンの本、見せてあげてよ! 見たいんだって! あの本はね、四つの国の三ノ者がそこに集まって一生懸命に夜通し探したの。それでナクヒ姉さんが富朱の地中から掘って掘って、掘りまくって最初に発見したの! 大発見よ! それがこれ!」

 とナクヒが持って来た本を奪い取り、エランはシファに手渡した。

「チョム・チャンソンの本、写しだけどね!」

「ありがとう! 読んでも?」

「もちろん! ここにある本は三ノ者なら誰でも自由に見られる! ねっ、ナクヒ姉さん! 富朱の三ノ者だって、それは変わらないよね?」

「そうね……でも……」

 とナクヒはそれを快く思ってないようだった。

「姉さん! シドンさんには許しをもらっています!」

「エ?!」

 それはシファも初耳だった。本当だろうか……。

「だから読ませてあげてよ……。ただの四つの国ができるまでの話なんだからさ……皆知ってる」

「そうね……」

 と歯切れ悪くナクヒは言う。

 もう待っていられないとシファはその本をばっと開いてしまった。

「あっ、見ちゃった……」

 というナクヒの声はもう静かになった。

 そこには本当にこの四つの国に住んでる字が読めない者でも親から聞かされて知っている話があった。


 その昔にあった佳国は王の血を継ぐ男子のみしか王位が与えられない決まりになっていた。

 誰もその決まりを変える者はいなかった。

 だから、佳国最後の王となってしまった王は一人も王子がいないことで苦しみ、自分が王になれたその不治の病に侵され、老いにも苦しんでいた。

 そんな時にやって来たのが王の旧友、チョム・チャンソン。

 彼の『末の世が見える』という摩訶不思議な力が働き、王に『この世もあと短き命でございますな』と言い、佳国はあなたと一緒にこの世からなくなると告げ、その王に見ることができない佳国最後を見て、新しい世を記録せよと約束させられ、ついの別れが来た。

 そうして武力ではなく、平和的に出来た四つの国の事をチョム・チャンソンは死後、その王に語ったという――。


 次へ次へと読み進めて行くうちにシファの鼻は蜜柑の香りに包まれた。

「みかん?」

「ミカンと言えば、誰かがその果物を食べながら読んだとかでそんな匂いが付いてしまったという話がありましたねー」

 とエランは言う。

「最近よ、それは。それよりシファさん」

「はい」

「読み終わったのなら、この話をどうぞ」

 とナクヒが差し出して来たのは一つの書物だった。

「何です? これは……」

「富朱のお話です。今の王の前の王の時のものでしょう。そこに富朱と青登と名付けられた理由やらが書いてありました」

「ここで読んで行っても?」

「ええ、ここでなら良いわよ。ただし、そのクマが気になるわ。しっかり寝ている? エランもこんな子を連れて来て……」

「大丈夫です! 私、それよりもこの話が読みたいです!」

 シファは知識欲を優先した。その結果、夜も遅い時間まで読み続けることになった。

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