それぞれの国の問題、それはそれぞれにあった。
だが、それを解決するのはその国の三ノ者であって、ここに居る三ノ者達ではない。
そうなるとだ、シファはずっと言いたかったことをうずうずと押し殺していた。
やっと話し合いが終わったのは夜も遅い時間。
この三ノ者の集いは数日には終わってしまう。
その前にやる事がある! この青登で!
その思いがシファの前に座り続けていたハリョンにはだだ漏れだったのか、こんな事を言って来た。
「さて、食事も済んだし寝るか、一緒にな」
「エッ」
その驚きは昼間の身の危険を感じた時よりもこれでは自由に行動ができないではないか! の方が大きかった。
「は、ハリョン様! ほらぁ! ご覧ください! この宿の部屋、一つということで布団が一つしかありません」
「うん、そうだな。シドンがわざわざ、あそこから近いお手頃な場所を用意してくれたが狭い。なら、お前は野宿の時のように寝ていろ。まさかとは思うが、本気で俺と寝てくれるわけではあるまい?」
「うっ、それは……そうですが……」
「何だ? 何か言いたい事があるならはっきり言え」
「あ、あの……私もこんな良い布団で寝たいんですが!」
「お前……」
またしても引かれると思った。
けれど、ハリョンがこの場から自分を逃がし、いなくなってくれれば自由にあの事について調べることができる!
そのシファの希望は無残にも打ち砕かれた。
ぐいっと体が動かされ、ぽふっではなく、ボフッ! とふかふかの布団の上に寝かされていた。その上にはハリョンの温もりがある。
「わわっ!?」
「お前、本当に呆れた……バカな奴だな……」
「え、ちょっと?! どういう状況かお分かりですか!? ハリョン様!」
「ああ、分かっている。お前の上に俺が乗っかり、今にも始まりそうな状況だ」
「冷静に説明しないでくれます? 私、今、本当に!」
「何だ」
「あの……」
初めてを……奪われる……とはこういう気持ちか……と初めてシファは気付いた。
あの後宮の方々はこんな思いの先に居る。
一人の男の為だけに存在し、生きなければならない。
なら、彼女達の救いはどこにある……。
「私……優しくが良いですから……」
「バカか? 俺がどうしてこうしていると?」
「ムラムラのせい?」
「ムラムラって……、お前はぁー……」
溜め息と『お前は』というハリョンの聞き慣れた声が混ざり合ってそうさせるのか、このまま行ってしまっても良い――とさえ思った時。
「一応、目立たぬように行動しているつもりだ。見ただろ、昼間のあの村の貧しさ。宮廷の三ノ者と知られれば面倒。それも富朱となるとさらにだ」
「は?」
「だから、お前を夜、一人で歩かせるわけにはいかない。俺が気付いていないとでも?」
「はい?」
「何故、富朱からここに来ても俺が普段よりも貧しい者と見られるような格好で過ごしているか分かるか?」
「ええーっと……」
それについては何も思っていなかったわけではない。けれどこれは触れてはいけないような事だと思って、目をつぶっていた。
「何かくれ! と物乞いされない為ですか」
「ああ、お前の場合はそこまで高い服も着れない。それはお前が家族に仕送りをしているからだろう。それに見た目以上に高い服を着ていては
「それはないです! だって身分が!」
「そんな物、この国では意味をなさないよ。それは富朱の中だけであり、ただ住んでいる所を示す物に過ぎない。それに昼間の力試しを見るにお前は危ない。何故、宮廷外の三ノ者ではなく、宮廷内の三ノ者になれたか不思議でならない」
「それは」
「お前がそれだけの努力をしているのは知っている。王がお前を選んだ。だからお前はここにいるのだ」
「その女を抱くことはできないということですか」
「そうだ、だが、今はそうする時ではない」
「何故?」
「シドンが若い夫婦を泊めさせてくれ! と懇願したからだ。とてもスケベそうな顔をした男が出て来て、どうぞどうぞ……と言ったらしい」
「それは!」
バッ! とハリョンをシファは思いっ切り突き飛ばし退かした。
出来るじゃないか……と言った顔でハリョンはシファを見る。
「人は自分の身が本当に危なくなった時にしか動かないものだ。心得ておけ、こういう所で野宿のような事をすれば、一瞬でその身は元には戻らないと」
耳打ちするような言葉はいたくシファに突き刺さった。
「とんでもない所に泊めさせやがって! とは、ならなかったのですか?」
「時すでに遅しだったしな。お前の行動を封じるのにちょうど良いと思った」
「え! それは何の事やら……」
ハリョンの目が泳ぐシファの目をキリッと見つめる。
「わ、分かりました……死んだように寝ます。それで良いですか?」
「ああ、物分かりの良い部下で良かった」
光がない。月が出ていない真っ暗な夜はすぐに暁がやって来るだろう。
便意も寝返りも許されない。
三ノ者になる為の日々より過酷。
本当に今、くっつかないように努力をし、背中合わせで一つの狭い布団の中、あの上司の男と寝ているのかと思うと、何も考えられず、明日があるさ! ともなれなかった。