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各国の三ノ者達

 その建物へはエランが言う通り早く着いたのかもしれない。

「馬は?」

「大丈夫です、他の者が世話をしております。ここからは私よりドンフィさんの方がよろしいでしょうか。シドンさんはもう中で仕切っていますので」

 そうだな……と言うハリョンの顔はもう冷静だった。

「では、呼んで来ますね」

 エランはまた笑顔のまま、その素っ気ない人が数十人は入る建物の中へと入って行った。

「ハリョン様」

「何だ」

「本当に私は憑かれているのでしょうか。そんな気はしません。でも、美男から爺仙人になった者はこの目で見たのです。エランさんはそういうのを見る目を持っているのでしょうか」

「不安なのか?」

「ええ、声も聞いているのです。ですが、その声はハリョン様ぐらいの年齢の男の声でした。ハリョン様は私にムラムラしますか?」

「なっ、とんでもない質問をして来るな……」

 明らかに引かれた。それでもシファは言う。

「香婉ですよ」

「分かっている。心配せずとも訊いてやる」

「え?」

 エランに言われたのか一人の濃い青の服を着た二十歳そこそこの男がやって来た。けれどたぶんハリョンよりは身分が低い。

 その男は声高らかに言った。

「ハリョン殿! お久しぶりです」

「挨拶は良い。シドンを出せ」

「えっ……」

 その男はシファよりも困った表情をした。

 それからしばらく経った。少々お待ち下さい! と言って中に入ったままの男は出て来ない。外で待つことになってしまったシファは微動だにしないハリョンに訊いた。

「ムラムラの件は答えてくれていませんねー」

「つまらないからとほじくり返すな。それともきっぱりと『しない』と断言してほしいのか?」

「それはそれでこちらがちょっと傷付きます。私も一応、女です」

「だろうと思って言わないでやった俺の気遣いを考えろ。きっとシドンは出て来る。あの中では今、各国の三ノ者がそれぞれの国の現状報告をし合っているはず。それを中断してなのだから逃げられないようにしてやれ」

「それは私の素手で大の男を気絶させる技を見せる時ですね!」

「気絶させるのはせ。せめてすぐに立ち上がれるくらいのにしろ」

「はい!」

 と良からぬ算段を企てていれば、さっき来た男よりも少し明るめそうなそれでも黒に近そうな青の服を着た優男そうな者が駆け足で出て来た。ハリョンの方が年下な気がするが。

「ハリョン様! 申し訳ございません! 何か、ドンフィかエランがやらかしましたか!?」

「ドンフィはお前を呼び出す為に使った。エランだ。あやつは幽霊やらが見えるのか?」

「いいえ! と答えたい所ですが、そういった物を扱う者です!」

「だとよ」

「だとよ……じゃないんです! ハリョン様! これでは! これでは、私が怖くて寝れなくなるじゃないですか! それに、捕まえる前にハリョン様に謝ってしまいました。これでは逃げる心配もありません」

「そうだな……シドン、お前、この件をどのように処理する?」

「それは……」

「俺としては寝泊まりする場所を用意してほしい」

「二つですか?」

「いいや、そんな金はない。一つで良い」

「え……」

「分かりました! 至急用意させていただきます!」

 シドンはかなりハリョンに従順らしく、颯爽と駆けて行ってしまった。

「これで寝る所の確保は出来たな」

「待ってください! ハリョン様! これでは!」

「何だ? お前は怖いのだろう? なら、一緒に寝れば良い。そうすればお前は怖くないし、金が浮く。お前の給料では大変なんじゃないのか? 全てを自分の金で……というのは。まあ、野宿をした仲だ。それを思い出せば俺は一つもお前に手を出さなかった。ということは……だ」

「それは……」

 こちらの体調が良くなかったから手を出さなかっただけで、今は元気だ。状況が違う。それをも汲み取っているのだろうか、この人は――。

 もう言ってしまおう!

「ハリョン様! 私! もう大人です! ハリョン様だって成人してるじゃないですか! だから自分の事は自分でっ」

「それ以上は言うな。悪評が立つ」

 悪評って! 私が平民出身だからですか! と言ってやりたい所だったが、何やら人がぞろぞろと出て来てしまった。

 これは大声で叫んだせいか? とシファが不安になっていると一人の大柄そうな信白を表す茶色の服を着た熊みたいな男が大声を出して、皆より一足先にずんずんとやって来た。

「これはー! ハリョン殿ー! お久しぶりですなー! いやいや、そこのちょんと小さいお嬢さんはハリョン殿の可愛い部下ですかー?」

「そうです」

 にっこりとハリョンは嘘とは言えなそうな快い返事をした。

「では、彼女が富朱の新しい宮廷内外の三ノ者の」

「シファです。よろしくお願い致します」

 とペコっとシファは乗じて挨拶をした。力試しの前の顔見せだと思って好印象を植え付けておこう。

 ハリョンはそれ以上、何も言わなかった。

 自分の言葉を最後まで言えなかった二番目にやって来た薄荷緑の服を着た幸薄そうな青年が言葉を継ぐ。

「ですか、私は玄類の宮廷外の三ノ者、ヒョンソンです。ハリョンさんも元気そうですね」

「ああ……宮廷内のは居ないのか?」

「いらっしゃいますよ。今回はソンウさんが来ています」

「そうか……」

 とハリョンはいつの間にか出来上がりつつある人垣の中から孔雀緑のような質の良い服を着た三十歳前後の落ち着いた感じのある女性を見た。その人がソンウなのだろう。軽く会釈をする。そして、そのまま目を移したのか。ハリョンは声を出した。

「おっ、これは……ジュオク殿。ソンスも来ていたのか?」

「は、はい!」

 鮮やかな紅の服を着た二十五歳過ぎの男は緊張した面持ちで返事をした。

「ジュオクさん……」

 と隣に居たそのジュオクよりも明るい朱色の服を着た年若い男は言う。

「初めまして、ごきげんよう。私がソンスでこちらはジュオクさんです。見ての通り、富朱の宮廷外の三ノ者です」

「よろしくお願いします」

 とシファが言えば、それまで緊張していた鮮やかな紅の服を着た男、ジュオクが急に活気付き。

「そんな挨拶は良い! ソンス! それよりもだ、こうして我々、富朱の宮廷外の三ノ者の中で偉い一番と二番が来ている意味、それが分かりますかな? ハリョン殿!」

「ええ、シファを見に来たのでしょう? 挨拶にも行かないから」

「そうだ」

 しれっと言うハリョンにシファは心中穏やかではなくなった。

 そんなぁ……そんな事、言われてませんよ! 私! という顔が癇に障ったのか、ジュオクが急に不敵な笑みを浮かべた。

「では、明日行われるはずだった、この娘さんの力試し、今、ここで問いましょう! いかがですか? ハリョン殿」

「よしなに」

「え! ちょ……」

 これではエランさんの言っていた話とは違うではありませんか!? と言うような状況ではなくなったようだ。すでにシファとハリョンの周りには人垣が出来上がっており、その奥の方に居たエランがごめんねーというような表情でこれから行われる事を見守るようだった。

「相手はこのソンスで良いでしょう。宮廷内外の三ノ者となれば、当然。ずっとなりたいと願っては落ちて来たもの! それをこの娘さんが一発でなられた! ということは! それ相応の!」

「演説は良いから、さっさと始めろ。どうせ、シドンが戻って来るまでなのだから」

 それはどういう意味ですか? と問う前にソンスがシファを捕まえようとして来た。

 ここは護身で行くべきか――と悩む前に体がひょいっと動く。

 流れるような動きで対応できたと思うのだが、なかなか決定打に繋がらない。

「逃げるなっ!」

「ハリョン様ー! 行って参りまし……た?」

 何故こうなっているのか分からないシドンを見て、ハリョンはサッとシファとソンスの間に入り、片手でスッとソンスを制した。

「ここまでだ、シドンが戻って来た。見ての通りの新参者、まだまだなのはお分かり頂けただろう。こんな者でも良かったら、すぐにでも挨拶に伺ったが、それでは不満足だろう。頭の方は良いのだがな」

 そう言って苦悶の表情で耐え続けるソンスをパッと自由にしてやった。

 はあ、ハア――とソンスは深く息をしている。そんなに強い力だったのだろうか。ただ手で手を捕まえられていたように見えただけなのに。

 そんな疑いの中でジュオクはおずおずと言う。

「あ、では明日は!」

「まだ続ける気か?! くだらん! こちらは最小部署で二人しからんのだ! それなのに怪我でもさせられては敵わない! さっさと終わらせ、溜まった仕事を終わらせたいのだ! 今、富朱の宮中には三ノ者が居ない状態。それがどんなに心休まる事ではないのか、分かるか?! ジュオク!」

「は、ははぁ! 申し訳ございません!」

 そもそも、このジュオクという人は富朱の貴族ではない。こういう態度を年下にされても相手は貴族と分かっているなら反抗することは出来ないし、分かっておらずともそのくらいの判断は三ノ者なら一見してしなくてはならない。

 だから――。

「は、始めしょうかね? 続き。あ! エラン! お前はシファさんに軽くで良いから、この三ノ者の集いに集まった方々の紹介でもしていなさい。ナクヒ、いや、誰か! ハリョン様にお茶を!」

 まるで、わがまま貴族みたいになってしまったではないか――と一言ぼやいてハリョンはシドンの方に行ってしまった。

「私、あともうちょいだと思っていました……が……」

 何をおっしゃる?! という表情でシドンに言われたエランはシファの前に進み出て来て言う。

「あれじゃ勝てなかったよ、爺仙人様も呆れて出て来なかったんじゃない?」

「あ! そうか! その健偉様がお強かったら、私、勝てたかも!?」

「いやいや、体を任せるのはどうかと思うけどねー」

 そんな怖い事を言われて、シファが怖気付いた所でエランがその場に居た三ノ者を順々に紹介して行った。

「玄類と富朱は良いよね。青登は……まあ、今回ここが集まる場所となってるのもあって、たくさん人が居る。さっき、シドンさんを呼びに行ったのが宮廷内の三ノ者で二番目に偉い方であるドンフィさん。一番目はシドンさんね!」

「あの……」

「何?」

 おずおずとシファは訊く。

「青登の三ノ者は、そのどのくらい?」

「ああ……本当は教えちゃいけないんだけどね。たくさんだよ。宮廷内も宮廷外でもたくさんの三ノ者がいる。ハリョン様もここに居た頃は宮廷外の三ノ者だったんだけど、まあ、その頃はこの青登も宮廷内の三ノ者はいなかったからね。その数ある青登の三ノ者の中で一番上に君臨していたんだって。さっき、人垣の後ろの方でこそこそと囁かれていたよ。ハリョン様にまつわる話が」

「それはどんな……」

「名無しのハリョンがどうのこうのって、たぶん思うにたくさんありすぎて所属する所には一つ一つ店の名前みたいなのがあるんだ。それがないから『名無し』と言われていた――。あ! 信白の方達がまだだったね! 早くしないと行っちゃう! あそこはそんな一昔前の青登のように今でも宮廷内の三ノ者がいないんだ。武力こそが一番! って所があるからね。それでも面目として宮廷外の三ノ者はある。シファちゃんも見たでしょ? あの茶色の服を着た大柄なひと、ホソンさん。あれで信白の宮廷外の三ノ者としては二番目。信白は黄色を基調にしているって知ってるよね?」

「はい……」

「それで行くと、橙色の服を着た若干若めの男の人がシンウォンさんで、琥珀色の服を着た活発そうなお姉さんがスンヒさん。たぶんスンヒさんはジュオクさんと同じくらいの年齢だと思ってる。あ、信白の宮廷外で一番偉い三ノ者はホジンさんっていう男の人だよ!」

 などと聞いているうちにそこの二人も入れ! と声が掛かり、これも勉強……と意見を求められることもないまま話し合う三ノ者達の話を聞くことになった。

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