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青登へ

 その数日後には青登へ向かう為、身支度を整えたハリョンとシファは富朱を後にし、早馬に乗っていた。

 富朱と青登は陸路で繋がっている為だった。馬を休ませるだけの時間しかなく、目的地の半分も来た所でシファは倒れた。

 深い眠りから覚めたシファはここがどこかの森の中で自然がいっぱいだと認識した。二頭の馬はどこかで草でも食べているのだろう。姿がない。昨日も何やら少し起きてハリョンに迷惑をかけてしまった気がする。思い出そうか、どうしようか悩んでいるうちに、またうとうとし始めたが、その近くでずっと火の番でもしているのか、あまり寝ていなさそうなハリョンに気付いてしまった。

「あ……ハリョン様、申し訳ございません」

 その声でハリョンはシファが無理に起き上がろうとするのをちらっと見、また火の方に目を移し、言った。

「良い、分かっていた。こうなる事はな、少し強行過ぎた。そこで寝ていろ」

「いいえ! 私の頑張りが足りないのです! それにこんな森の中で……だなんて。ハリョン様が木の枝でも集めに行ったら最後、私は一人で……」

「大丈夫だ、昨日だって野宿だったが、こうやって火を焚き続けていれば、あのおっかない獣達は寄って来ないさ」

「おっかないなんて……」

 思い出してしまった。そうだ、何やら不吉な獣の鳴き声を聞き、騒いでしまったように思う。恥ずかしい。けれど、ハリョンはその事を真面目腐って言って来る。

「昨日のお前がそうだったろ。獣の鳴き声を聞いただけでお前は『おっかないですぅ~!』と、俺に泣いて抱き付き」

「うわっ! そ、それは言わないでくださいよ! 胸にしまっておくって言ったじゃないですか!」

「ああ、言ったとも。でも、今は良いだろ。あー、言いたいなー。こんな面倒を見る為に早く出たのではなく、さっと行って、さっと帰る為だったのになー……と」

「うっ、それは……。不覚です……」

「まあ、そんなに気を落とすな。お前が馬に乗れたという事実に驚き、ここまで来てしまった俺にも責任はある。少しばかり気になったお前の力試しがそうさせたのは言うまでもない」

「それは心配しないでください! 大の男を素手で気絶させるぐらいは心得ておりますので!」

「そうか……今よりも泣くことがないようにな。俺はあの場では慰めてやれない」

「大丈夫ですよ! それよりも青登にはもう入っているんですよね?」

「ああ。そのはずだが。まあ、あまり今は争いがないからな、この辺も。平和なもんだ。獣以外はな」

「だから! それを言わないで! ハリョン様、この青登への国境を越えた時から何か絡み方が違っています! 軽いです! 貴族のようではありません!」

「そうもなるさ。ここは富朱ではないし、一時期俺が居た場所だ」

「え?」

「だから葛の花を頂いたのだ」

「え? 葛……と言いますと、あの葛花三玉ですか? そういえば赤紫色だったような……え? じゃあ、ハリョン様はどうして富朱に戻られたのですか? いえ! その前に何故、青登になど……」

 疑問がいっぱいだらけのシファに少しは昔話をしてやる気になったハリョンは口を少し開いた。

「それはな、父に頼まれたからだ。富朱の三ノ者よりも青登の三ノ者の方が優れている。それは誰が見ても明らかであり、俺のような厳しい三ノ者は富朱にはいない。他の富朱の奴らは皆、どこか朗らかで楽しそうだ。それは富朱という恵まれた環境のせいだと思うが」

「つまり、今のハリョン様がいらっしゃるのはその青登での暮らしがあったからですか?」

「そうだ、俺は青登で三ノ者となる為に一人富朱から来て、そうなった。だから、大の男を素手で気絶させるぐらいではなく、スパッと人を殺せるくらいには技を磨いたし、甘い対処をするつもりはない。お前は運が悪いのだ」

「そうだと思います。過去にも、そう言った事がありました。妹を見捨てることはできませんでした。私はその時からこのような薄暗い色が嫌いです。ハリョン様が私をスパッとする人でなくて良かった……」

「だからと言って、スリスリと少しずつ俺に近付いて来るな。怖いのか?」

「はい」

 素直に認めた。

 パチッ! と火の音がした。

「明日……、明後日こそは早馬に乗り、青登のその集いが行われる場所に向かう。だから、今は寝ろ」

「その前にご飯……」

「まったく……、用意してやるから待っていろ」

 何だか少し優しいと感じてしまうのは自分の体調がよろしくないからだろう。

「元気になったら、私が作りますから」

「当然だ。その前に着きたいものだがな」

「え! それは私の作る料理の味が良くないということですか?」

「いいや、普通だ。もう食べている。お前が倒れるまではお前が作っていただろう」

「はい、貴族様に食べていただく平民の食事はどうなんだろうか? と思い、吐き気がしていました」

「はあ……まずまずだ。安心してこれからも作れ」

「はい!」

「というか、そんなのを気にしていてはどうしようもない。貴族の女は料理ができない! けれど私はできる! それで良いではないか」

「えっ、でも、ハリョン様の許嫁の方は料理ができると」

「誰から聞いた?」

「いえ、仲良くなった宮廷の方から」

「ほぅ、詳しく聞く気にもなれないな。その方は富朱に戻る頃にはすでに後宮に入られている」

「え?!」

「ああ、だから、今は俺は自由だ。自棄やけになってお前を襲って慰めろ! と言ってもしょうがない。まあ、お前は今は貴族だったか? 底辺の」

「あっ! わたし……もう寝ますね……また起きたら食べますので、あの、作っといてください」

「すごいな~、お前」

「う、そんな感じだったなんて知らなくて!」

「これは極秘だからな。仕方がない。後宮担当としてよろしく頼むよ。俺にはもう手出しできない事だから」

「はい……」

 真面目になった。いきなり……。

 青登の方で行われる集いにシファが参加できるのは新参者だからだ。どのくらい使える奴か見る為だとハリョンは出立する際に言っていた。

 その通りだと思う。

 それでなくては富朱から出ることは叶わないだろう。簡単に国からは出られない。富朱から青登の方に住むようになれば、ハリョンのようにその国に居た証、色が付いて回ることになる。それは仲の良い国同士なら問題ないが、そんな国はない。

「あ……、ハリョン様」

「何だ? ビクビクせずとも襲わない。前々から分かっていた事だしな。脅しだ」

「そんなぁ……簡単に言わないでください! 私……」

「名は改められ、『棠妃とうひ』と名乗ることが決まっている。だが、それまでの俺が知っている名を言うならば『在姫じぇひ』だった」

「好いておられたのですか?」

「……フッ、だとしたら泣いていたかもしれぬな。許嫁とは子供の時からの決まり。向こうだってずっと富朱に居る者が良いだろう」

 もう何も言えなくなる。言われた通りにしていよう。このまま本当に寝てしまおう。それで今日は終わるのだから。

「ハリョン様」

「何だ」

「お話ありがとうございました。私、もう一度寝て、明日には元気になってハリョン様の言う通りに」

「分かった。厄介になる前にそうしろ」

「はい」

 ――寝たか? という男の声が聞こえた。けれどそれはハリョンの声ではないと漠然とシファは思った。

 けれど確かめる気もなくてそのまま目をつぶり、翌朝を迎えた。

 早馬に乗り、目的地に着いたのはそれから十日ほど経った頃の事だった。

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