本日の朝、よく晴れた早春の空の下。
富朱の都にある宮廷内、一人の十六になる少女は美しい黒髪を控えめにまとめ上げ、白と富朱の色である『赤』からなる曲裾の礼服を着、富朱王の目の前で顔を伏せたまま、礼を尽くし、立っていた。
次々に前の者達の持ち場が決まる。
だが、自分は特殊だ。
これから始まるのではない。
もう始まっている。
「次」
その声に彼女は顔を上げた。
「名は?」
王の問いに平民出身の彼女は凛として答えた。
「
その声も同じ。
「三ノ者はお前だけか」
「はい、そのようでございます」
こんなやり取りをするのは三ノ者だけ。
三ノ者は後宮に入れても、王の女にはなれない。
「今日より『
ははぁ……とも言えない。ただ礼をするだけ。宮廷外の三ノ者になるのは簡単だ。それなりの勉強をすれば貴族、平民、どの身分も関係なくなれる。
けれど、宮廷内の三ノ者はそれ以上の勉強をし、その身を自分で守れる者でなければならない。
王の手から側近へと渡った
五つの濃い桃色の花が咲いている。
桃の花。
温暖な富朱に咲かない花はない。
シファはその一枝を手に取った。
「それがお前の花だ」
「はい」
この花があることによって、後宮にも出入りが出来、平民から貴族になる。
「――これにて、
一斉に礼をする。
王が一番に去って行った。
若い王と人は言うけれど、シファにしてみれば若くない。自分より年上なのだから。
*
大広間を出て歩いていると後ろから声を掛けられた。
「シファ様!」
「何か?」
振り返って見れば、この宮廷の服飾を任せられている十五歳くらいの女の子だった。
「その花、どこに持って行く気です?」
「え、これ、くれるんじゃないんですか?」
「あげるわけないでしょ! この花を服飾に持って行って、替えてもらうんです。話聞いてませんでした? 王様がいらっしゃる前、側近の方がおっしゃっていたでしょう」
「何に?」
ダメだ、こりゃ……という顔をされる。
「
「桃玉というのは?」
もう、良いから来て! と腕を引っ張られ、シファは服飾に連れて行かれた。
*
彼女はテキパキと歩く。
服飾の仕事場はこの宮廷で一番奥より少し手前にある。
「少々お待ち下さい」
最初から開けられていた部屋を見る。
かなりの人数の幅広い女性達が彼女と同じようにテキパキと仕事をしていた。
それぞれの官吏に適した服が作られている。
確か、服飾の人達も三ノ者と同じように王の女にはなれなかったはず。
「お持ちいたしました。
そう言って、案内してくれた彼女が奥の部屋から持って来たのは富朱の色である赤色のひもで結ばれた華やかなひも飾りが付いた富朱王から与えられたばかりのあの一枝と同じ濃い桃色の五つの桃の花の柄が入った薄桃色の丸いとんぼ玉だった。
「これを通行手形か服のどこかに身に付けといてください。それが富朱王の下で働いている印になりますから」
「はあ……」
「それにしてもシファ様」
見事なとんぼ玉を服の方にやり、彼女を見る。
「よくもまあ、官吏になって、あの最小部署に来れましたね」
「え? 最小部署って言うと?」
「何も知らないのですか? あそこは今まで一人しかいなかったんです。だから今回、久しぶりに三ノ者も選ばれたんです」
そうだったのか……と思いながら外に出て気付く。ここはどこだ? ただ付いて来るんじゃなかった……と後悔した。
*
そろっと戸を開ける。
やはり、中も真っ赤だ。
この宮廷は大変広く、豪華絢爛であり、ほとんどを朱で塗られており、この富朱に住まう者全てがそうした赤系統の服を着ている。
確か青登は青系統の服で信白は黄色系統の服、玄類は緑系統の服で、それぞれの宮廷の建物やらもその国の色に準じていたはずだ。
そう、今や、赤の服を着れるのは富朱の者だけであり、その色を見るだけでどの国の者か分かる。その色の原色に近いほど、その原色からさらに黒に近付くほど身分は高く、結婚をしているかどうかは一目では分からない。
「何をしている?」
「あ!」
ガタッとお尻が少し戸に当たってしまった。
「すみません」
「迷子の子か? どこから入った」
その男の人はとても美男で普通の人間だったら惚れ惚れしていただろう。
服の色は暗紅。貴族だろうか、自分より少し年上な感じのする男をまじまじとシファは見た。
「迷子と言えば迷子ですが、今日からこの宮廷内外の三ノ者になったシファと申します!」
「そうか」
「え、あの……」
威勢の良い自己紹介はあっけなく終わってしまった。
「まあ、入れ」
すんなりと男はシファの開けた部屋の中に入って行く。もしかして。
そのまま男は自分の席となる上座の方に座ると言った。
「俺の名は
「あの、それは……大変申し訳ございませんが、この宮中がひっろー過ぎて起こってしまったことなので仕方ないと思うんです!」
「口だけは達者か……」
ハリョンはシファを見た。宮廷で仕事をしようというのだ。それなりのべっぴんであり、一丁前の明るい茜紅色の服が似合っている。
「まあ、貴族ではない平民の出のようだが、この宮廷の三ノ者になれたんだ。それなりのことは学んで来ているだろう。見れば分かると思うが、今現在、この最小部署の三ノ者には俺とお前しかいない。しっかり働けよ。まあ、明日からだと思うが」
「はい! ごめんなさい!」
しっかり謝れるようだ、この子は。
「あの……」
「何だ? もう帰って良いぞ」
シファを見れば、その口が開いた。
「何で、私の年齢知っているんですか? 一言もそんなこと言ってませんよね?」
「上司だからだ。他に何かあるか」
これだけで彼女は黙ってしまった。つまらない。