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第12話 決別

夜。俺は推理の意向でまだ推理の部屋に居た。

「お前から泊まって欲しい、なんて言った暁には冗談だと思ったんだけどな」

時刻は0時過ぎ。既に日付も超えている中、小説を片手に俺は推理に尋ねる。

「助手が寂しそうにしてたからね。私なりの配慮だと思って欲しいんだけど」

彼女は寝転びながらそう応える。もうちょっと姿を正して欲しいのが本音だ。

「(見えたら駄目な部分がところどころで見えるんだよな…)」

別に俺はそんな変態じゃないし推理をそんな目で見たことはない。本当だぞ?

自分の為じゃない。そんな姿勢を取りながらも表情は何処か明るげだった。

夜は簡単に済ませた。理由は単純で遅めで料理をする気分じゃなかったから。

それに加えて推理も食欲がないんだよね、と言っていた。

「そういえば、姿が見えない有栖さんは何処に行ったんだ?」

「仕事の為にちょっと本部へ戻るってさ。…明日には帰ってくると思うよ」

満更でもなさそうな表情を浮かべると彼女は窓の方に寄り、全開にした。

「うん、予想通りちゃんと晴れてるね。お陰で星空も綺麗に見えるよ」

軽く伸びした彼女は月の光が反射して何処か蠱惑的な印象を浮かべた。

「君も見るべきだよ。こんな綺麗な景色を見ないのは損してる」

「推理からそんな評価を聞くなんて相当なんだろうな」

推理に手招きされ読んでいた本を置くと電気を消し俺は窓の方に寄った。

「ね、言ったでしょ?」

あぁ、そうだな。そう俺は窓の外に広がる広大な星空を見て思わずそう呟いた。

滅多に夜空を見ることはない。でも、こんなに壮大な景色が広がっているのだ。

俺たちがどんな人生を送っても空は不機嫌な姿も機嫌も良い姿も見せる。

そんなお構いなしな空だからこそ、こんな壮大な景色を演出出来るのだ。

「この景色を君と見れて本当に良かったよ。ありがとうね、弘乙」

「その為に俺を泊らせたのか?」

「…まぁ、そうだね。まぁ、違うって言ったところで君にはバレちゃうだろうけど」

そう推理は頷くと近くのベッドへと潜り込んだ。

「ほら、君も見終えたらこっちに来なよ」

毛布を被りながらそんなことを言う推理にジト目を向けた。

「…頼むから襲うのは止めてくれよ?まだ、俺は孤独な青春を謳歌したいんだ」

何処か此処でこの景色ともおさらばだと思うと惜しい感情を抱えたが

抵抗しても無駄なことだとは分かっているので渋々横になった。

「君も随分と素直になったものだね。うん、凄く良い傾向だと思うよ」

「…誰の所為だと思ってるんだ?」

「私の所為だね」

苦笑しながら俺の方に向き直した彼女は…凄く可愛かった。

「どうしたんだ?急にこっちに向きを変えて」

「どうせなら君の腕に抱かれて寝ようかなと思ってね」

「…本当に襲う気じゃないよな?」

冗談を述べたが推理は構わずに腕の中に抱かれるとゆっくりと目を閉じた。

推理の身体と密着して彼女の呼吸と温もりを否応にでも感じてしまう。

それほどまでに俺は彼女に絆されていたのだと自覚した。それは何故なのか?

きっと_俺の気持ちの変化なのだ。前とは違うのが明らかになるくらいには。

明日は多少、推理に付き合っても良いかもしれない。そう思って目を閉じた。

そうして目を開けた朝。隣に置いたスマホは3時前。随分と早朝だ。


なのに…俺が目を覚ました時には其処に推理は居なかった。


「彼奴、何処に行ったんだ?こんな早朝なのに」

ふと近くの机を見ると見慣れない封筒が置いてあった。

それを見た瞬間、俺は心の中で思わず察してしまう。でも、それでも…。

「彼奴が置いて行ったんだよな_?」

封を切り中を開く。其処には推理の文字で書かれた手紙が入っていた。


まずは…ずっと、黙っててごめん。

ずっと話そうと思ってはいたんだ。でも、話せなかったんだ。

私は君以上に臆病だったから。…くだらない話だよね?

本当はもっと早く話すべきだって、ずっと心の底では思ってたんだ。

なのに、私は君に話せなかった。本当に最低だ、って心の底から思ってるよ。


これを読んでいる君がどう思ってるのかについては聞けない。

でも、代わりにあの時の言い訳をさせて欲しいんだ。


君があの時に作戦の成功よりも私の安否を優先してくれたこと。

って言っても、もう忘れてるかな?それとも最近のことだし覚えてるかな?

あの時、君に言うことは出来なかったけど…本当に、本当に嬉しかったんだ。

でも、私は君の誘いに乗れなかった。どうして?って思うかもしれない。

これは、自分を危険に晒すことは私に対するけじめだったんだ。

君からすれば、それは理不尽だと思うのかもしれない。

そんな言葉、信じられないと思う。そうさせたキッカケは私自身の行動だから。


でも、私は君と会えて凄く嬉しかった。

君が私を罵る時もあったしご飯を食べてくれない時もあった。

それでも、君は私の隣に居てくれた。

共に同じ時間を過ごせた時間も君と食べた料理の味も、全部、楽しい思い出だよ。

君からすれば大したことじゃないかもしれないけど。

でも、私からすればとても大切で大好きな時間だったんだ。

「この任務がなければ」ってそう何度も思ってしまったくらいにはね。


もう、書ける部分も少なくなっちゃったし最後に改めて言わせて欲しい。

私との楽しい時間を過ごしてくれてありがとう。

弘乙、私の助手になってくれてありがとう。


じゃあね。君が平穏な日常に戻れることを願って        推理


「何が、じゃあね…だよ」

思わずそう吐き捨ててしまった。俺の声が彼奴に届くことなんてないのに。

助手宛へに綴られた手紙、そして、何よりもなこと。

その言葉、その行動だけで推理が何で黙って消えたのかも容易に想像出来た。

「…俺は、そんなに_迷惑なのか?」

思ってもない本音を言ってしまった。いや、思ってたんだ。…心の中では。

俺は日暮さんの言ったように、本当は要らないんじゃないのか?って。

それでも推理だからそんなことは思わないと思っていた。


…でも、そうじゃなかった。


そうじゃないなら、俺に話ていたはずだから。

裏切られた、なんて感覚はない。だって、推理は裏切るような奴じゃないから。

芯から優しい推理だからこそ、俺の安全を優先したんだろう。

「(だから、傑さんはあんな風に言ったんだ)」

警視の…日暮さんのあの言葉を。誰だってそうだ

「お前は消えるべきだ」

それは、嘘でも何でもなく本当のことだった。俺は推理に心配いた。

「お前ので死ぬ」

これも本当だった。推理は俺の為に…。正確には…皆の為に、なんだろう。

「(あの時に俺と限定したのも…諦めさせる為だったんだ)」

このまま推理の隣に居るとこうなってしまうから。

俺はあの時、日暮さんに対して不信感を覚えた。でも、それはお門違いだった。

日暮さんなりの優しさだったんだ。俺に対しての

「(実際に、俺も推理と距離を置こうとしてたしな…)」

言葉の解釈は違えど、俺は日暮さんの思惑通りの動きをしていた。

…日暮さんはこんな展開になるのを既に読んでいたのだ。

「(俺は、推理なら信じてくれるんじゃないか?)」

なんて変な解釈をしていた。俺が愚かだった…違うな、俺の弱さだったんだ。

「俺は…推理の助手になれてなかった。結局は、形だけだったんだ…」

全てを知った俺は持ち主の消えたベッドに倒れ込んだ。

今、考えれば昨日の行動は不自然なものばかりだった。

有栖さんが急に本部へ帰るのも推理の食欲のなさを演技したのもだ。

今日は泊まって欲しい、だなんて急に言い出したのも全部_。

何で急にそんなことを始めたのか?その理由は言わなくても分かるじゃないか。


彼女は…推理は…囮捜査で…つもりなんだと。


「(でも…俺にはどうしようも出来ないんだ)」

不甲斐なさを感じた。実行日は推理の行動を考えれば今日なんだろう。

「まぁ、今日と分かっても俺には何も出来ないんだけどな…」

考えてみれば俺は何も知らなかった。寧ろ、知ってる方が少ないとまで言える。

結局は知った気で居ただけだったんだ。

俺は…何の為に彼女の側に居て…助手だなんて肩書きを背負ったのか?

突然、虚無感漂う部屋に風が入ってきた。…嵐を呼ぶ風のような気がした。


は、彼奴を見殺しにする為に助手になったのか?」


「そんなの…違うに決まってるじゃないですか…!」

「…だったら、それを何で行動で示さないんだ?」

「俺にはどうしようも出来ないのに、どうしろって言うんですか?」

目の前の人物に当たって良い訳ではないとは分かっている。

でも、俺は彼や推理のようになれない。…俺は無力なのだから。

その言葉に対し不法侵入してきた彼、宮乃先輩は呆れた顔で部屋に入る。

「…当たり前のように不法侵入しないでくださいよ」

「此処は、お前の部屋じゃないだろ。何を言ってるんだ?」

「…それもそうですね。言ってから気付きました」

自分のアホさに苦笑していると先輩は黙って俺の胸ぐらを掴んだ。


「お前は、本当に何もしなくて良いのか?黙ったまま、立ち止まって」


目の前には先輩の顔があった。…まぁ、それは当たり前だけど。

「…何もしたくない、訳じゃないですけど_。もう、俺には」

何も出来ない。その言葉を区切って先輩は言った。


「何も出来ない、なんて言わないよな?そうしたら何のために俺が居る?」


胸ぐらを離した先輩の問いに俺はハッとしたように答える。

「…そうですね。先輩が居ました」

「だよな?彼奴が居なくても俺が居る。それを忘れてどうするんだ?」

例え、頼れる探偵推理が居なくても上司先輩が居るだろうと。

俺が居るのにお前が立ち止まってどうするのかと。


「なぁ、弘乙。お前は本当に何もしなくて良いのか?」


俺は、何をしたいのか?俺に、何が出来るのか?


改めて自分に問いかけた末に俺は答える。

「先輩は…本当に頼れますね」

「そうだろ?俺はそれが取り柄なんだ。其処は推理に勝る部分だと思ってる」

「確かに、そうかもしれないですね。頼ってる部分じゃ先輩の方が多いですし」

「だろ?だったら、尚更…」


俺らで糞な結末を_覆してやろう。

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