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第11話 相違点

「探偵」の消失より数時間後。

俺が目を覚ますと其処は見知らぬ、それでも温かみを感じる部屋だった。

「どうやら、起きたようだな」

自分の身体を見渡して治療された後に気が付く。この人に敵意はないらしい。

「…何者なんですか?」

念の為に警戒しつつ目の前の男性に質問すると乾いた声で返ってきた。

「俺の名は工藤刃。職業は、全国に散らばる漁りってトコだな」

「廃材漁り…?」

「自己紹介は以上だ。…で、お前あんな死に場所で何をしていた?」

刃と名乗る男性は呆れたような不審そうな表情で俺を見た。

「…事件の依頼を受けて…向かって…最終的に…死にました」

「死んだ…あぁ、探偵ってことだな。じゃあ、お前は助手って訳だな?」

そう尋ねられたので頷くと刃さんは溜息を吐き煙草に火を点けた。

「辛かったな。その様子じゃ、目の前で死んだんだろ?」

「…。あの場所は_どうなったんですか?」

「封鎖された。危険区域として判断されたんだ。相手も殲滅したが…逃げられた」

そう吐き捨てると俺が此処に来るまでの経緯を説明してくれた。


あの後、俺が師匠の死を見た後に空爆を受けて離れたところで倒れていたらしい。

「此奴、こんな場所で寝てやがる。しかも、意識があるじゃねぇか」

念の為に脈を取ったがやはり生きている。俺は近くで作業をしている仲間を呼んだ。

「片野。此奴、まだ生きてるぞ」

何だと?そう大声を上げて駆け寄ってきた。

「派手に怪我をしてるし返り血を浴びてるが脈もあるし心臓も動いてる」

「それなら、早く本部へ送ろう。俺が背負うからお前は連絡してくれ」


「…そうして俺は生き残ったって訳なんですね」

「あぁ、そうだ。別に命の恩人だって崇めてくれても構わないんだぞ」

「崇めるかどうかは…また別ですけど。まぁ、でも助けてくれてありがとうございます」

「素直に感謝してくれても良いんだけどな?…因みに何だが、探偵の名前は何だったんだ?」

「…影野綾目。俺の師匠で…俺を救ってくれた恩人、でした」

隣を見てももう彼女は居ない。どれだけ彼女の名前を叫んでも彼女は応えてくれない。

どれだけ、彼女を探しても…どれだけ会いたくても…彼女はもう…。


ー人が死ぬということはそういうことなのだ。


「…泣きたきゃ泣け。男の涙に価値はないが_誰かを想う気持ちには…価値がある」

そう、ですね_。そう答えようとして言葉が途切れた。考えずとも溢れてくる。

止めどなく流れる涙を俺は…堪えることが出来なかった。

何で俺だけが生き残ったんだと。何で師匠が死ななければならなかったんだと。

何度、後悔しても_もう変えられない。…事実となってしまったのだ。


「運命なんて…クソ喰らえだ」


そう目の前で泣く少年を横目に俺は連絡を入れた。

傍から見てもその様子からして相当なショックだったのだと見て分かる。

「(その若さで体験をするとは…。少年も残酷な人生を歩んだものだ_)」

その年で興味本位に覗いた深淵は深く…闇そのもので…覗くことへの代償を伴った。

覗いたことによる代償は…余りにも大きく、辛く_そして、儚いものだった。

『何も返信して来ない辺り、少年は無事な様子だと判断して良いんだな?』

片野の確認に俺は少し悩んだ末に返信する。

『体調面は問題ない。でも、今日の会議の出席は無しにしててくれ。疲れたんだ』

勿論、疲れたというのは建前で彼を想ってのことだった。

彼の容態を外見で判断するのはお門違いだ外見と中身を伴ってない場合も大いにある。

唯でさえ、辛辣な現実に直面したのだ。心が無傷で済むはずないだろう。

それから少年が落ち着くまで俺は書類を読んでいた。

「…ありがとうございました。落ち着きました」

「そうか。無理をしてないな?してないなら…少し話をしたいんだが」

「…大丈夫です。続けてください」

「そうか。なら、聞くが…その前に少年。名前はなんて言うんだ?」

「宮乃…瑛都。漢字はそのままです」

「…成程な。因みに、お前は家族と住んでるのか?」

「住んでません。上京してずっと独り身で住んでます」

「そうか。…なぁ、お前次第だが良かったら俺の事務所に住まないか?」

そう言った途端、黙ってしまった。そりゃそうだよな。と俺自身も自嘲する。

大切な人を失って…唯でさえ現実逃避したくなるのに俺は引っ張り出した。

だが、残酷なことに何時までも幻想に浸ってられないのだ。

「…それは」

「お前からすれば現実の話をするのは嫌なことだろうが…考えてみてくれ」


それから俺は瑛都の家の近くまで送り届けた。

「送ってくださり、ありがとうございました」

車を降りた瑛都に言われ俺は首を横に振った。

「別に構わん。御礼をしたいのなら俺のところで住むことを考えるんだな」

俺は何時でも待ってるから。そう言うと瑛都へ名刺を渡し、別れた。


「まぁ、こんな感じで俺は刃さんとの出会ったんだ」

「…そう、だったんですね」

俺は先輩の表情を見たが余り変わらないように見えた。内心はどうなのだろうか?

「別に気にすることじゃないさ。でも、弘乙。これだけは覚えてて欲しいんだ」

「覚えてて、欲しいこと…」

「どんな平凡な日常でも大事にしろ、そして…どんな窮地でも人を頼れ」

その言葉は先輩だからこその重みを感じるモノだった。

「私の方を見てるけど、私も初めて知ったからね?…黙ってた訳じゃないからね?」

「…お前のことだから平気で隠し事をしてそうだと思ってるけどな?」

心境を見透かしたようなことを言う推理だが性格上、疑うのは当然だと思う。

「(とは言っても…誰だって、辛辣な過去を話したがる奴は居ないよな)」

変なことを言ってしまった自分を思わず殴りたくなったが此処は思い止まった。

何しろ、此処は墓場だ。墓場で自分を殴るなんて不謹慎にも程がある。

「刃さんは…俺にとって…人生を変えてくれた1人なんだ」

「…だから、も否定的になるってことね」

「俺にとって其処だけは譲れないことなんだ。例え、刃さんの意見だとしても」

また俺の枠外で話を進める辺り少し疎外感を感じたが触れないでおこう。

そうすることしか俺には出来ることがなかったと言うべきなんだろうけど。


「放課後なのに随分と賑わってるんだなぁ」

用事がある先輩と別れ俺と推理は映画館へ来ていた。

理由は単純で推理が放課後の映画鑑賞をしてみたいと言い出した為である。

「ほら、もうすぐ上映されるし館内に入らないと」

「それはそうだが…それにしても、お前が恋愛映画を観るなんてな。意外だ」

「私も立派な乙女だからね。乙女は恋愛を楽しむのが醍醐味でしょ?」

「乙女は自分のことを乙女って言わないと思うん_。おい、引っ張るな!」

そうして推理に引っ張られながらも館内へと入って行った。

「私の助手として特別に食べさせてあげるよ」

何時、買ったんだ?そう突っ込み掛けたが此処は黙って貰うことにした。

そうして周囲が暗くなり上映が始まったのだが…俺は余り興味を持てなかった。

まずもって、恋愛小説などは嗜んでも映画まで見るかと言われると見ない。

勿論、そんなことを言って雰囲気を壊したくなかったので黙ってたが…。

隣を見れば推理が居る。勿論、当たり前のことだが昔では考えられなかった。

高嶺の華で、俺とは真逆の存在の彼女と探偵業を営んでいる。

誰が想像出来たのだろうか?こんな未来を、想像出来るはずもない。

そんなことを思いながらぼんやりしていると何時の間にか上映も終わってしまった。

「大分良かったね。弘乙もそう思うでしょ?」

「あ、あぁ…。良かったよな、映画」

推理にそう振られて黙ってしまう。何しろ、殆ど映画を鑑賞してなかった。

もし、映画の中身を質問されたらどうしよう。そう思っていると

「本当は映画は余り興味なかったんじゃない?」

とバレてしまった。思わず言葉を濁していると推理が呆れたような表情をした。

「それに、映画じゃなくてずっと私の方を見てたでしょ?」

凄く視線を感じたけど?そう付け足されては何も言えなくなってしまった。

「別に見てた訳じゃなく色々と考えててそうなったんだ」

と頑張って言い訳をしてみたものの笑われてしまった。…最悪だな。


映画館を出て俺と推理は少し離れた本屋へ来ていた。

「ほら、あったよ。君の買う予定だった本」

「どうも。…雰囲気的に、どうせ俺に金を払わせてお前も読むんだろ?」

君は当たり前のことを言うんだね。そう平然とする彼女にジト目を向ける。

「俺は別にお前の部下でも奴隷でもないんだからな?」

その後も色々と新刊情報を調べたりして本屋を後にした。

「君は読書することが本当に好きだよね。見掛けた時は大体、読書してるし」

「読書は心を落ち着かせるのに有効な行為だからな。当たり前だ」

「…無理に知能系キャラを演出しなくても良いんだよ?」

呆れる推理は無視した俺は推理と共に近くの公園に来ていた。

放課後だからだろうか?。遊具周辺は子供たちで随分と賑わっていた。

「…なぁ、推理」

「どうしたの、弘乙?急に真面目そうな表情をして」

「あの後も考えてたんだが…囮になるのはやっぱり、止めるべきだと思うんだ」

俺はずっと内側に秘めていた言葉を吐き出した。何故、今になって言ったのか?

そう問われても俺は答えられなかった。唯、言えることはチャンスは今だけだと_。

そう本能が訴えているように感じたから。そう言えば分かって貰えるだろうか?

「…何かと思えば作戦を折りに来たね。まぁ、私はそんな度胸のある姿も好きだけど」

そう彼女がはぐらかす結果は目に見えていたからそんなことで退くはずもない。

確証はない。でも、それでも彼女に危険が迫っていることには変わらないのだから。

「冗談だと思ってる風だが俺が言ってるのは本当のことなんだ」

「…それは作戦に対しての心配じゃなくて私に対しての心配なんでしょ?」

「作戦なら何度でも練れるけど…お前が死ねばそれっきりなんだぞ_」

「確かにそうだね。でも、作戦を潰す間にも…他の犠牲は増えるんだよ?」

「…そんなの、やってみなきゃ分からないだろ?」

「そうだね。でも、逆に言えばそれは立派な不安要素になってしまう」

「…それは、そうだけど。でも」

「私は作戦を頓挫させることで生まれる犠牲の方がよっぽど怖いんだ」

その言葉に_何も言えなかった。何故、作戦より先に彼女を危惧してるのか?

「そんなの、まるで自分が犠牲になって…解決するように聞こえるだろ」

囮になるのはギャンブルだと。自分の人生を賭けるような危険なことはするなと。

そう心の奥底で叫んでるのは間違いないのに、言葉にして言えなかった。

俺が推理を大切に思ってるからなのか大事な存在だからなのか。はたまた_。

「大丈夫だよ。それに、私は必ず作戦を成功出来る自信があるんだ」

「そんなの、どう信じろって言うんだ?」

「…やれやれ。君は本当に心配性だなぁ。まぁ、そんな助手も可愛いけどね」

と頭を撫でられてまたはぐらかされた。結局、俺の言葉は届かなかった。

その不安な心情を表すかのように空では暗雲が立ち込めていた。


公園を出て色々と用事があった推理に付き添った後、久し振りに推理の部屋へ訪れた。

「お久し振りですね、水野様。お元気でしたか?」

「まぁまぁです。それに、有栖さんも元気そうで良かったです」

そう会釈した有栖さんに俺も軽く頭を下げると腰を下ろした。

「話題に振るのも癪だけど…傑さんに色々と言われたらしいね」

「…流石に知ってるとは思ってたけど_。どうせ、先輩から話を聞いたんだろ?」

少しの間を挟んで俺は諦めたような口調で答えた。

知る方法として盗聴と情報収集が有り得るが前者はない。となれば…消去法だ。

情報収集を得意とする推理なら何時かは知ると思ったが…流石に早過ぎた。

「あ、瑛都を責めないでね?私が瑛都に問い質したことなんだから」

別に彼奴が口を割った訳じゃないからね?そう付け足して推理は溜息を吐く。

そうして再び珈琲を啜りながら彼女は表情に影をゆっくりと落とした。

「別に大丈夫、何も心配することはないよ。瑛都に危害は加えさせないって誓うから」

それは保証する。そういうと彼女は俺が視線に気付いたのかふっと笑みを浮かべた。

その後、その表情の変化の真意に気付けなかったことを後悔することになる。

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