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第8話 過去より断てぬ威厳

「大丈夫なのか?見る限りじゃ休憩した方が良いと思うんだが」

「…大、丈夫です。まだ、休憩…する、必要は_」

俺は荒くなった呼吸を整えながら先輩の隣にまで頑張って追い付く。

今は宮乃先輩と乃体力作りに励んでいるのだが…如何せんキツ過ぎる。

別に体力がない訳じゃない…と言うより持久力はクラスでもある方だ。

だが、それ以上に宮乃先輩が異次元だった。

「(…走り始めて1時間なのに涼しい顔で走れるなんて信じられねぇ)」

そう思いつつも何とか喰らい付いていた。それから暫く走っていると

「ちょっと休憩しよう。流石にキツそうだしな」

そして俺と宮乃先輩は近くの公園で休憩することにした。

「自販機で飲み物買うけど…要るだろ?奢ってやるから好きなの言ってくれ」

「…アクエリで」

妥協しようと思ったが此処は素直に自分の欲求に従うことにした。

ほらよ。とアクエリを受け取り喉に流し込むとようやく息を吐いた。

「随分と疲れてるな。まぁ、最初だしそりゃそうか」

「…先輩は普段もこんな練習をしてるんですね。後、速過ぎだと思うんですけど」

「まぁ、普段は。…そうだな、正確な時間は分からないが3時間は軽く走ってる」

どうやらこの人とは控えめ言って化物らしい。そう思ってると

「勿論、ぶっ続けに走ってる訳じゃないよ?ちゃんと休憩を挟んで、だ」

と勘違いしているのを察したのか付け足した。…何方にしろ俺には出来ないことだ。

「先輩は何でそんなに頑張れるんだ…。あ、すみません。砕けました」

「気にするな。実際、俺も先輩呼びはよそよそしくて嫌だったんだ」

そうして暫く黙り込み…ゆっくりと口を開いた。

「…この走り込みは俺の師匠との訓練だったんだ。まぁ、師匠は死んだけどな」

死ん…だ。その言葉を噛み締め…ゆっくりと意味を理解した。

「あの組織と関連してたり…」

そう尋ねると宮乃先輩は軽く頷き_諦めのような表情を浮かべた。

「事務所に入る前は師匠と探偵業をしてたんだ…今はもう閉じたけどな」


3年前。

「この依頼を受けるって本当なのか?到底、受けられる内容は思えないんだが」

彼女は俺の師匠でありこの事務所の探偵だった。

「私は探偵ですから。どんな仕事でも依頼されたら受ける義務があるんです」

そういうと彼女は紅茶を手に取った。

「この依頼をこなすことで相手は喜ぶ。それが…私たちの役目でしょう?」

だから、君が仮に否定的だとしても私はこの依頼を受けることにする、と_。

その時に止めれば良かった、そう何度も後悔することになるなど…。


…誰が予想出来ただろう?


 ♦︎


」日。

「…の意思、を…?」

「それだけが私の最期の願いですから。ですから…」

もし、叶えてくれたのならまた会えますよ。そう彼女は笑った。

そうして、ふっと師匠は微笑み_静かに目を閉じた。

「師、匠?」

そう声を掛けたが…彼女は返事をしなかった。

降り頻る雨の中、俺は…亡骸となった師匠の身体を抱き締めるばかりだった。

師匠との唐突な別れは残酷なモノだった。俺の腕に抱かれ彼女は…のだ。


あんな日常が崩れ去るなんて誰が_。誰が…想像出来たのだろう?


 ♦︎


「先輩?」

ふと横を見ると少し苦しそうな表情をしていたので声を掛けてみたのだが…。

「…別に唯の偏頭痛だ。昔からだから其処まで気にする必要はない」

それ以上、俺は何も言及することはしなかった。その日の練習は此処までだった。

「それで予定時刻よりも早く帰って来たんだ?」

家に帰ると推理がソファで読書をしていた。…景色も日常になったもんだな。

「あぁ。因みになんだが、推理って宮乃先輩の過去を知ってたりするか?」

「…知らないかな。後、あんまり人の過去を詮索するのは止めるべきだよ」

そもそも彼奴は過去の話なんてしないし。そう言うとパタンと本を閉じた。

「まぁ、君の場合は言わなくとも知ってるんだけどね」

「急に怖い発言を此処でする意味が分からないんだが…冗談だよな?」

と突っ込むもどうだろうね?と嘯く推理だった。

「それにしてもどうして急に体力作りなんて言い出したんだろう?」

「…それは、宮乃先輩から見て俺の体力がないからだろ」

「彼奴、あんまり人に強要するタイプじゃないんだよね。正直、驚いている」

「そんな先輩も来るって分かっておきながら受け身も取れなくて呆れたんだろ」

「まぁ、病弱な助手よりは強くあって欲しいし…。精々、絞られることだね」

そういうと話は終わったと言わんばかりに彼女は読書を再開し始めた。

「なぁ、推理。お前って何時勉強してるんだ?」

「勉強はあんまりしない主義なんだ。授業で殆ど理解出来てるしね」

復習も必要最低限だしそんなにしてないよ?と真顔で言ってくる。

「(つまり、天才肌って訳だ。俺には到底無理な話で参考にならねぇな)」

別に俺自身も勉強は其処まで好きじゃないしやりたくはないのだが…。

読書に参加しようと思ったものの悩んだ挙句、勉強することにした。

天才推理に付き合ったところで自分だけ赤点の未来が簡単に想像出来た。

そうして自分の為にも始めたのだが…探偵が黙ってる訳もなかった。

「助手くん。この探偵である私を差し置いて勉強だなんて良い度胸だね」

「…急に助手呼びするのは止めてくれ。後、俺は集中してるんだ」

何しろ絶賛、数学の資料を数えてる最中なのだ。数えミスする訳には…。

「…其処の5番間違えてるよ。後、7番の記述は…うん、少し不足してるね」

「間違ってるのを指摘してくれたのは有難いが…俺のお前の生徒じゃない」

「君も素直じゃないね。こういうのは素直な方がモテるんだよ?」

そう笑って返された。…妙に腹立つな。

「お前って俺に構うけどさ、俺のこと…好きなの?」

「え、違うよ?私は面白そうなモノと人間に興味を持ってるだけだよ」

多少は動揺したり_なんて思ったもののやっぱりそんなことはなく即答された。

「君もそんなことで勘違いしたりするんだね。てっきり恋愛感情がないのかと」

「…忘れてるようだし言っておくが俺だって男だ。勘違いすることもある」

そういうことじゃないんだよなぁ。と呆れた表情をすると思い出したように

「どうせ明日って暇でしょ?」

と言ってきた。…その流れでその発言するの凄く不穏なんですけど。

「…面倒になりそうな予感がするし用事を作っておこうかな」

「駄目だよ?そんなことしたら。と言うか助手の予定は私が管理してるから」

何時、俺はお前の管理対象になったんだ?と推理にジト目を向けるが無反応だ。

「明日は普段は絶対に体験出来ないことを出来る予定だったのになぁ…」

残念だ。と無駄に嘆く姿に俺は餌と分かりつつも興味をそそられてしまった。

「…具体的に何処に行くんだ?それ次第で明日の行動を決める」

「君も聞いたことのある…別荘だよ」

「別荘…ねぇ。そんな、推理の放った単純な言葉で俺を惑わせる訳ないだろ?」

「じゃあ、明日はパスってことで良いんだね?」

「行く」

俺は即答した。


翌日。俺と推理は自然を感じる別荘地…ではなく市内に居た。

「昨日、お前は別荘とは言ったのは分かってる。でも、隠語の方だったなんて…」

「君の言った通り私はあくまでも別荘と言っただけだから騙してないよ?」

念の為に説明すると別荘は警察用語であり刑務所の意味でよく使われている。

俺もその意味自体は知っていたものの…あの場面で出る言葉じゃない。

「普段なら体験出来ないことなのも間違ってない、けどさぁ」

推理の隣に並び中へ入ると警察官がそれはそれは沢山居た。

「悪事をやった覚えはないが変な気分になるな」

「実際に悪事をしてたりするんじゃないの?」

「仮に容疑を掛けて逮捕するなら不法侵入する探偵も逮捕するんだよな?」

「…此処で待ってたら来るはずだよ。あ、お茶ありがとう」

応接室に通されて暫く待っていると奥から男性が入って来た。


「よぉ、刃のガキ…と誰だお前?雰囲気的に此奴の彼氏だったりするのか?」

俺と推理の姿を見た途端、そんな暴言が飛んで来た彼の階級は…警視だった。

「(警視…警視だと?こんな失礼な人なのに?)」

警視とは警察の階級で巡査、巡査部長、警部補、警部の上に当たる階級だ。

つまり、階級から考えても優秀であるのは間違いないなのに何なんだ、この人は。

「まぁ、初対面の人は大体驚くだろうけど、この人はこのスタンスだから」

隣を見れば推理も理路平然としてるしそれは本当のことなんだろう。

「この人は日暮傑ひぐれすぐるさん。階級は…言わなくても分かるよね?」

君も自己紹介しなよ、と推理に小突かれ俺も名前を名乗った。

「探偵と助手、ねぇ_。そういや辞めたって言ってたな?あの事務所を」

「そうそう。で、探偵事務所を開くんだけど…探偵だし助手は要るでしょ?」

それで彼を助手に指名したんだよ。と推理が軽く経緯を説明した。

「成程。で、お前は何の役目があるんだ?情報は此奴の得意分野だろ?」

そう言われて俺は気付いた。俺は助手として何の役目を負ってるんだろう…と。

情報収集は推理の仕事だし実戦は宮乃先輩の十八番だと刃さんも言っていた。

「…何だ、答えられないのか?そんなガキを良く助手に選んだな、お前も」

「まだ、助手になって日が浅いんだよ。研修期間だと思ってくれたら良いよ」

俺が黙っていると推理がそう言ってくれた。

「…探偵に助け舟を出されてるようじゃ、今のままだと助手として不合格だな」

そう鼻で笑われたが事実だからこそ俺は何も言い返せない_言ええなかった。

「じゃあ、そろそろ本題に入るけど…最近になって変な事件があったりした?」

「事件は毎日起きるが変なって意味なら事件じゃないがあるにはあった」

「事件じゃなくて奇妙なこと?」

その言葉に俺と推理は互いに顔を見合わせた。…推理も心当たりはないらしい。

「あぁ、そうだ。数日前にこの警察署に変な電話が掛かって来たんだ」

「奇妙な電話って?そんなに内容が変だったの?」

そう推理が尋ねると日暮さんはポツリと呟いた。


「…ある馬鹿な探偵の調査を今すぐにでも止めさせろ、ってな」

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