「おい、何で来たんだ?」
翌日の昼休み。俺が昼食を取ろうとしたら推理が寄って来た。
「よいしょっと。うん?あ、そんなに欲しそうに見てもあげないよ?」
楽しみに取ってたんだから。俺の質問を無視しながらそう答えた。
「要らないし見てない。そもそも何で此処で食べるんだ?」
「探偵と助手はセットなんだよ。…そう、御飯と味噌汁のようにね」
「…下手な比喩表現は止めるべきだと助手から助言しておく」
そう突っ込みながら俺は弁当を取り出した。
残念ながら俺は推理に時間を割けるほど暇じゃないのだ。
「霧切に対する俺の認識はどうやら間違っていたようだな」
「それはどういう認識だったの?」
「霧切は天才で男の告白を幾度なく断る高嶺の華だと思ってた」
「告白は探偵をやる以上、面倒だしね。あ、天才なのは事実だよ?」
「…天才なのも幻想なんじゃないのか?」
「はぁ…。本当に君は冷たいね。もっと優しくするべきだと思うよ」
そういうと彼女は前の席を借りると俺の方に向けると座り直した。
途端に騒然とする教室。彼女は探偵なのに状況が見えてないのだろうか?
「…まさかと思うが此処で食べるなんて言い出さないよな?」
「食べるに決まってるでしょ?それくらいの状況は把握しなきゃ」
訂正。状況は把握していたようだ。最も、空気を読めないだけだったらしい。
どう、私の弁当は?と俺の要望を無視して彼女は弁当を見せ付けてくる。
「彩りを考えてる辺り…推理も料理は出来るんだな」
「出来ないよ。『召使』に任せてるんだ。召使と書いてメイドと読む」
「…召使なんて居るのか?だったら、召使に助手を任せるべきだろ」
領主と召使。探偵と助手。関係は違えど立場は同じだ。そう思ったが…
「君は分かってないね。召使と助手を持つのが探偵の筋なんだよ」
「俺の生きてる経験上、聞いたこともない話だな」
助手と召使を掛け持ちする探偵なんてそれこそ前代未聞だ。
「前にも後にも居ない。正に現代に名を轟貸せる探偵ってことだね」
思わず呆れたがそれで彼女は満足しているらしいし放っておくことにした。
因みに…あの後の周囲について言及しなかったが…何も言わずに察して欲しい。
何故か?否、男子の嫉妬の視線で殺されるから。…口に出さなくても分かるだろう。
「君って、どんな時も本当に冷静だよね」
「それはお前の中では褒め言葉なのか?」
「私の中での認識としては助手がボケる存在だと思っていたんだけどなぁ」
探偵小説では探偵が冷静で助手が騒ぐ…みたいな形を言っているらしいが。
「…立場が逆転して良かったな。因みに、その理論なら俺が探偵でお前は助手だ」
「…助手が探偵を超えるのは探偵小説では禁止されてることなんだよ」
「…十戒に記載してない内容だった気がするんだが?」
あくまでそれは探偵小説を演じるだけの話だよ。そう彼女は笑う。
「まぁ、少なくとも感情は表に出すべきだよ。読者はその反応が面白いんだしね」
「残念だが…此処は現実だ。演出はあくまで本の中だけであって此処にはない」
「…その卵焼き美味しそうだね」
急に話を変える辺り何も言い返せなかったのだろう。
「因みにだが、形だけも探偵なんだろ?事務所…はないとして拠点はあるのか?」
「あるよ。まぁ、余り公にはしてないんだけどね」
「…あるのかよ。というか公にしてないのかよ。探偵やってるんだろ?」
因みに私の召使が管理してるんだ、と胸を張った。…張れる要素は0なのだが。
「…もうその召使が助手で良いと思うんだが」
「それは駄目だって言ってるでしょ?弘乙くん」
やれやれと首を振る彼女に俺は呆れたような眼差しを向けたのだった。
「じゃあ、今から助手くんを私の事務所に連れて行ってあげよう」
「…何で遠足みたいなテンションなんだよ」
「それはそうと君はどうしてそんなに疲れてるの?随分と意外だね」
「それは紛れもなくお前の立ち回りの所為だろうが」
と毒突く…正確には推理の人気(存在価値と言うのだろうか?)の所為だが。
あの後、先に帰った推理を横目に見てると昼の噂を聞いた男に袋叩きに遭ったのだ。
どういう関係だの、死ねだの、殺してやるだの、呪ってやるだの…散々だった。
俺は状況説明もすることなく(逃げ)帰った推理の所為で理不尽を被ったのだ。
「それは…早急に解決しないと駄目な課題だね。助手くんが不在なのは問題だ」
「と言ってもどうするつもりなんだ?既に噂は広がりつつあるんだぞ」
「うーん_。あ、どうせなら、交際したって噂を流すのはどう?」
「馬鹿なのか?火に石油を足してどうするんだ?それとも何だ、俺を殺す気か?」
そう言うと『私も状況説明が大変だったんだよ』と言い訳にならない言い訳をしてくる。
誰が推理に何の状況説明を要求するのか?そう疑問にした時だった。
「ほら、此処だよ。私の拠点は」
そう言って推理が立ち止まった場所と言うのは…。
「拠点も何も俺の住んでるマンションじゃん…」
目の前にある建物は何度見ても俺が住んでいるマンションだった。
「ほら、早く行くよ?」
「待ってくれ。此処は俺の住んでるマンションだ。間違ってるんじゃないのか?」
「君も此処に住んでるのは知ってるよ、昨日も来たしね。そして…私も住んでる」
「…冗談だろ?」
「冗談じゃないよ?ほら、君と同じカードを持ってるでしょ」
そういうと彼女はマンションのカードキーを見せた。どうやら本物のようだが…。
「なぁ、推理。元々、此処に住んでなかったよな?」
「…住んでる、けど?…うん。小さい頃から住んでたよ」
「そんな訳ないだろ。だって、お前の住んでる部屋…俺の部屋の
「そ、そんなに気にすることじゃないでしょ!ほ、ほら。早く中に入ってよ」
そう言うとドアの鍵を開けて中に押し込まれた。
そうして中へと入ると推理と色を反転させたような姿の女性が居て…
「初めまして。霧切様の召使をしております。有栖と申します」
メイドの格好をしながら手を三角に折り深々とお辞儀をする姿は想像通りだった。
「あ、有栖。そんなに畏まらなくて大丈夫だよ?彼は、私の助手だし…」
「助、手…?つまり、将来の旦那様と…!」
違うに決まってるでしょ!と顔を赤くし憤慨しているが俺からすれば唯の冗談だ。
何しろ、推理に好かれてる自信はないし俺も好意はないからだ。
「えっと…有栖さんは推理のメイドってことで大丈夫なんですよね?」
「はい。私は霧切様の幼少期の頃から支えております」
「そうなん、ですね。え、推理に仕えるのは大変では?」
主人に仕える人への発言としては少し過激だと思ったが…
「そう、ですね。大変な部分もありますが普段の霧切様は可愛いのですよ?」
と口元に手を当て微笑むと軽く受け流した。仕草に上品さを感じる辺り徹底している。
「(これは冗談でも何でもなく本物のメイドだな)」
「ちょっと有栖?変なことは言わないでよ!助手に勘違いされるでしょ?」
そういう彼女の顔は少し赤みを帯びている…これは本当ということなのだろうか?
「将来の旦那様なられるので霧切様からお話されると」
だから違うって言ってるでしょ!そう推理が叫んだのだった。
「水野様。紅茶です。どうぞ」
「あ、すみません」
そう会釈してカップを手に取った。鼻の奥まで広がる風味…明らかに高級な奴だ。
「紅茶を楽しんでるところで濁すんだけど…本題に戻るよ」
その言葉に俺は現実へと引き戻される。…もうちょっとで現実逃避出来たのに。
「…そういえば、探偵の仕事をするんだったな。具体的には何からするつもりだ?」
「うーん。まぁ、取り敢えずはコレを見て貰った方が早いかな」
そういうと彼女は立ち上がり棚から1冊のファイルを取り出した。
「随分と分厚いな。これ、お前の解決した事件の数?」
「そう。私が今までで解決した事件をまとめたファイル。読んでみて」
そう手渡されたファイルを手に取り開いてみた。そして…違和感を覚えた。
「なぁ、推理。…これらの事件って内容の割に公にされてないものばかりだよな」
「まぁ、流石に気付くよね。それもそうか」
例えば9日前の夜、此処から3キロ先で爆破事件が起きていたらしい。
勿論、爆破事件なんて報道されて当然の内容だが報道されることはなかった。
常識的に考えれば爆破事件を報道しないなんてまず異常だろう。
その上、3キロ圏内なら爆発音くらい聴こえてもおかしくないはずだ。
でも、そういう話を聞かなかった。ということは…。
「探偵であっても起こってない事件の捏造は流石に良くないと思うぞ」
「…だから、言ったでしょう?ちゃんと説明しないと理解することはないと」
「だよね…ごめん、有栖…。今回ばかりは有栖が正しかった」
急に2人で会話し出したと思えばこれである。
「これが捏造じゃないなら俺にも分かるように説明してくれ」
「後悔することになるだろうけど…大丈夫?」
「え、後悔?べ、別に大丈夫だが…」
「うん。じゃあ、前提だけど弘乙ってこの世界の真実何処まで知ってる?」
この世界を何処まで知っているのか。それはどういう意味で質問したのだろうか?
「真実って何だ…?世界情勢って意味か?それとも経済についてか?」
「違う違う。私が聞いてるのは世界の
「世界の真実…?探偵で例えるなら未解決事件は仕組まれてました、ってこと?」
流石にそれは俺の考え過ぎだと笑われると思っていたのに_。
「話が分かるね。私はそれらの組織に関連した《危機》を防いでいるんだ」
「(…何だか話が大事になって来たぞ?いや、流石に冗談だよな?)」
きっと推理は俺の冗談に合わせようとしてくれてるのだと、そう思って…。
「なぁ、有栖さん。推理の話は冗談、なんだよな?」
「水野様。残念ですが…霧切様のおっしゃったことは全て本当のことです」
「え?」
「ふふーん。どう、見直した?私の凄さを。まぁ、でも驚いちゃうよね?」
私もだったんだよ、と昔を語る推理に対し段々と俺は不安が募るばかりだった。
「そんなことを言われても到底…信じられることじゃないんだけどな」
でも、推理だけでなく有栖さんまで嘘を吐くとは思えない本当のことなのだろう。
じゃあ、それだけでこの話を鵜呑みに出来るのかどうかはまた別問題なのだが。
それに仮に本当だとして何処までその《危機》は迫っているのか?
俺らはその事実(仮)を知らずに生きてて問題はないのか?
色々と質問が湧き出てくるがまず聞いておきたいことは_。
「…推理が世界の真実を知ったのは何時のことなんだ?」
「小学生…?うーん、具体的な時間は覚えてない」
「ってことは、《危機》ってのは最近話題なのか?」
「何時からなのかは知らないけど私が産まれる前から《危機》はあるよ」
それだけは間違いない、と推理は断定した。…されても困るんだが。
「《危機》の具体的に何を防いで来たんだ?」
「有名なのは第三次世界大戦の引き金を防いだりパンデミックだと思う」
「…もしかして、俺の想像以上にこの世界は《危機》に曝されているのか?」
「そうだね。まぁ、君も知ってしまった以上は穏便に過ごせないだろうけど…」
「…馬鹿な」
「君が過ごしていた日常は、とても大切なモノだったんだよ」
だから後悔するって言ったんだよ?そう寂しそうな顔を見せたのだった。