プロポーズともとれる言葉を僕が言ってから、六ヶ月後のことだ。
僕と彼女は、今彼女の荷物が入った段ボール箱を僕の家で一緒に開けている。
あれからやることがたくさんあって、あっという間に月日が過ぎていった。でも、やっとすべて終わり、同棲を今日から開始することになった。
まず、彼女のお母さんにたいしては、行政の支援手続きが完了し今後の方針も決まった。
一度で全ての手続きが済めば楽なのに、行政への相談はかなり時間がかかった。
でも市役所福祉支援課の担当者に現状を話すと、親身になり様々な提案をしてくれた。
その結果、彼女のお母さんは障害認定を受け、介護老人施設に行くことになった。所謂『老人ホーム』と呼ばれるところだ。
彼女はその話を聞いた時、驚いていた。
今まで当たり前のように一緒に住んでいたのだから、驚くのも無理はないと僕は思った。どんな人でも、突然離れ離れになるとわかると、気持ちは乱れてどうしていいかわからなくなるだろう。
そして、そこまで病状もひどくないと彼女からは見えていたのだろう。
でも、担当者の人はただ老人ホームに入れてしまえばいいという考えではなかった。
その人は認知症の人の介護は長期戦になることが多いと、大変さと家族のすることを具体的にわかりやすく説明してくれた。
そのように対応してくれたから、彼女はしっかりと支援方法を受け入れ、納得できたのだろう。
二人っきりで家にずっといると、どうしても外の人と話す機会が少なくなってくる。そうなると考えはどうしても偏ったり、狭くなってくる。客観的な視点が必要だと僕は思い、前に行政に相談しようと彼女に言ったのだ。
彼女は、定期的にお母さんに会いに行くと言っていた。
次に彼女の元カレのことは、あのあとすぐに警察に行った。
彼女は被害届を出し、元カレに接近禁止命令がだされた。
僕は彼女がどのようなことをされたか警察に話している間ずっと彼女の手を握っていた。
少しでも支えになればと思い、そばにいた。
でも、警察に相談しただけでは彼女を守れないと僕はわかっている。
だから彼女の了解を得てから、彼女のスマホを買い替えて電話番号を変えてもらった。また、今彼女がいる同棲先の住所は誰にも教えなかった。
さらに元カレが同棲先をなんらかの方法で知り突然押しかけてきたとしても、彼女には絶対に会わせず追い返す覚悟を僕は強く持った。
警察のように形式なものからそうでないものまで、元カレが彼女に近づけないようになることは、なんでもした。
『ゲス野郎』に、つけいる隙を与えるほど僕は優しくない。
これらのことをしたからといって、彼女はすぐにぱっと明るくは変わらなかった。
でも前よりちょっとだけ僕を頼ってくれるようになった。
『苦しみ』は、簡単に心から消えてくれないのはわかっている。
今はそれだけで十分だった。
ちなみにプロポーズっぽいことを僕は確かに言ったけど曖昧なのは嫌だから、別の機会に改めてちゃんとプロポーズをしようと思っている。
今は、彼女の心を癒すことを何よりも優先したいから。
彼女の荷物はだいたい整理できた。
次に僕たちは同棲をするにあたって新しく買ったものの片付けをしていくことにした。
それらは数日前に、二人で買い物に行って買ったものだ。
マグカップからパジャマまで僕たちはあらゆるものをお揃いで買った。
本当は同棲するにあたり彼女が必要なものを買いに行った。でも、彼女が「これ、かわいくない?」と楽しそうに話しかけてきたから、僕もお揃いで同じものがほしくなった。
「どうしたの?」
僕はたくさんのお揃いの物を見ながら、頬がいつの間にか緩んでいたようだ。
「華菜とこれからずっと一緒にいられると思うと、幸せな気分になったんだよ。いつも僕は華菜に会いたいと思っていたから」
「私も時間があれば、悠希に会いたいといつも思っていたよ。それにこれから新しい素敵なことがたくさん起きそうな気がする」
彼女の言葉からは、ワクワク感が伝わってきた。
「そうだよ。素敵なことを二人でしていこうね」
僕は、彼女のほっぺにキスをした。
「もぅ!」
彼女の喜ぶ姿を見て、本当にかわいいなあと僕は思った。
「そういえば、僕は今まで『未来』のことを全く想像できなかった」
「そうなんだね」
彼女はすぐに真剣な顔に戻り、僕の目を見てくれた。
感情の変化をすぐに感じられるのは、すごいなあと僕はいつも驚いている。
「自分の『未来』って、いまいちどう考えたらいいかわからなくて、イメージするのがずっと苦手だった。でも、自分でも不思議だけど、華菜とのこれから先のことは、なぜかすっと頭に描くことができた。したいことも具体的にたくさん浮かんだ」
「悠希って、よく異性に言い寄られない?」
彼女は、突然質問をしてきた。
「えっ、確かになぜか今までそうだったけど、どうしてわかったの??」
彼女は、やはり心の中をのぞくことができるのだろうか。
「悠希は、意識してやってはいないだろうけど、悠希の言葉はどれもいつだってときめきにあふれているんだよ。私はいつもドキドキしてるんだから」
「えっ、そんな言い方してる? 今後は華菜以外の人にはそんな言い方をしないように注意するよ」
「そうだよそうだよ。これからは私以外にあまり優しくしすぎちゃダメだからね」
彼女は悪戯っぽくウインクをした。
「そういえば、教えてほしいことがあるんだけど、いい?」
「あっ、僕も教えてほしいことがある!」
荷物の片付けもすべて終わり、二人でソファーで休んでいる時に彼女はそう話しかけてきた。
そして、どうやら僕たちは同時に同じことを考えていたようだ。
「じゃあ、悠希からどうぞ」
「ありがとう。ずっと気になってたんだけど、大学生の時、僕の告白を華菜はどうして迷わずオッケイしてくれたの?」
僕は、自信のなさからこのことを付き合ってからずっと聞けずにいた。
「それは、悠希が私の心を揺さぶったから。辛い気持ちを誰にも見せず明るく振る舞っている私だったけど、悠希と話す時だけはその時は悩みを言うまではいかなかったけど、自然体でいれた。この人といる時だけは心休まると思った。そんな風に感じるのは本当に久しぶりだったんだよ」
「そんな風に感じていたんだね。それは僕も嬉しいよ。教えてくれてありがとう。じゃあ次は華菜の番だよ」
大したものをもっていなかった僕が、彼女の心を揺さぶったこと、他の人にはない特別さがあったことも意外だった。何が相手に響くなんてわからないと改めて実感した。
それは、神様のみが知っていることかもしれないとふと僕は思った。
「『これまで僕は何度も何度も華菜に救われてきた』って前に言ってたよね? どんな風に私が悠希を救っていたか詳しく教えてくれる?」
「もちろん」
僕は彼女にくっついて、あるお話し始めたのだった。