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三十章 「君よりも、君のことを」

「僕は、華菜よりも、華菜のことを大切にし愛するよ」

 僕はさっき閃いたことを早速言葉にした。

 僕は、言葉にするスピードも前の僕に比べたら早くなったと自分で感じることができた。

 もちろん、聞いた相手が嫌な思いをしないかはまずしっかり考える。

 でも、華菜についてたくさん考えたことで、スピード感が身についたのかもしれない。

 自己成長をしっかり確認できた自分を、心の中で褒めた。自分自身を褒めることは、おかしなことじゃないから。それは、他者だけができることではない。

 そして、褒めることのハードルが、多くの人は高すぎる気がする。

 小さくても、大きくても、あることができたことに変わりないのにわざわざ褒めない理由を作らなくていいと僕は思う。

 一方で、たとえ人を救う力がなくても、『言葉』の力を信じたい気持ちがどうしても僕の心の中にあるようだ。

 『自分の考え方や生き方を変えることは、簡単にはできなくてもっと難しいことだよ』と前に彼女が話していたことが、今ならよくわかった。

 でも、難しいだけで、できないわけではきっとない。

 時間がかかっても、僕は彼女のために変わる。

「私よりも??」

 彼女を見つめると、少しどういう意味かわかっていない感じをしていた。

 まだ僕は順序立てて話すことは、課題が多いようだ。

 でも、いつも『完璧』である必要性はないと思った。僕たちは『完璧』でないからこそ、もっと頑張ろうと思えるのではないだろうか。また、足りないところがあるからこそ、人は誰かと補い合いたいと思うのだと思う。それを行動に移すかはその人次第だけど、一度は助けてもらいたいと思ったことがある人がほとんどではないだろうか。

「うん。まずは、今更だけど僕は話すのが下手でごめんね。どういう意味かというと、僕が僕に向ける思いや愛情と同じ分だけ、華菜に注ごうと僕は思った。その量には、意味がちゃんとある。まず、自分を愛することをできない人は、愛するということはどんなものかわからなっていないのかもしれない。わからないから他人も愛することができない。一方、自分以上に誰かを愛することは、無理をしていると僕は思った。さらにその思いの大きさに、相手も申し訳なく感じると思う。『愛』を簡単に言葉で表現することはとてもできないと思う。『愛』は、様々な形があるから。きっと正解はない。ただ自分の愛の形を客観的に見つめた時、恥ずかしいと思うものでなければそれでいいじゃないかと思う」

「私のために『愛』について、深く考えてくれたね。そして、悠希のペースで思いを言葉にしてくれていいよ。すぐに答えられないなら、じっくり考えていいから。私はいつまでも待っているから。少し悠希の言いたいことがわかってきたけど、『私よりも私を愛する』というのは、どういう意味?」

 彼女は前よりも会話を大切にしてくれるようになった。僕のことをさらに理解してくれた。

 僕の努力が、彼女との関係を以前よりよいもののに変えることができた。

「それは、まず華菜自身が嫌いだと思う自分を、僕は受け入れて愛するということだよ。誰にでも嫌いな自分はいると思う。それ自体はおかしいことではないよ。無理に自分全てを好きにならなくていいと僕は思っている。嫌いなことを好きになるには相当体力と根気がいるから。でも、僕は華菜に嫌われて一人でいる華菜の手を握り、『大丈夫だよ』と優しく声をかけたい。次に、華菜のことを前より理解できたからこそ、華菜が傷つきそうなことを先に予測し、僕がそれを可能の限り起こらないようにする。『神様』に僕は抵抗してみよう思う。また、華菜が『堕天使』と共存するという覚悟をみせてくれたから、僕は『堕天使』と仲良くしてみるよ。『堕天使』自体はは、『不幸』を起こす為に華菜の心に棲みついたわけじゃないよね? 安全そうだと感じたのか、華菜に自分と同じものを感じたからだと僕は思った。それなら、『堕天使』は悪い子じゃない気がする」

「敵わないな」

「えっ??」

 彼女は、子どものようにそう言った。

「私の『言葉』じゃ、とても悠希に敵わないと言ったんだよ。悠希の『言葉』と『行動』が頑なな私を変えた。自分で言うのも申し訳ないけど、どちらか一方だけじゃ、きっと私の心は動かなかった。二つがうまく力を合わせることでさらなる力が生まれた。でも、どちらもちゃんと力があるものだよ。もし、どちらかの力が0なら、いくらかけ算しても答えは0だよね? それと同じで、『言葉』は、無力なものじゃないよ」

「ありがとう」

『言葉』にも力があると聞いて、僕はそんな言葉が自然と出てきていた。

 僕は、『言葉』じゃ何も変えられないと思っていたから、彼女の言葉は僕の心に強く響いた。

 もしかして、彼女は僕がそんな風に感じて始めていたことを気づいていたのだろうか。

 彼女ならそんなこともできる気がした。

「お礼を言われるのは私じゃなくて、『悠希』じゃない。悠希は、私を救ってくれたんだから」

「いや、まだ『救うこと』は、終わってないよ」

「ちゃんと悠希は私を救ってくれたよ?」

 彼女は、目を丸くしていた。

「一度華菜を『苦しみ』から救ったら、それで終わりじゃない。僕が救いたいのは、『華菜の人生全て』だから。まだまだ救ってる途中だよ。そして、これからまだ華菜の為にしたいと思ってることはたくさんあるんだから。華菜の人生が終わりを迎える時、『この人といてよかった』と心から思えたなら、僕が華菜を完全に救えたことになる。だから、まだ終わってない」

「それってもしかして…」

 彼女の口に、僕は自分の唇をくっつけ言葉を遮った。

  その瞬間、甘い香りがフワッと広がった。

 彼女の言おうした言葉が、鈍い僕にもわかったから恥ずかしかったのだ。

 そっと唇を離し、「これからも僕に華菜を救わせてくれない?」と僕は手を差し出したのだった。

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