「華菜がそばにいてくれれば、何が起きても僕は不幸と思わないよ」
「私がそばにいれば?」
彼女は、手を口にあてていた。
驚くことを僕はわかっていた。彼女は今まで自分がそばにいることで人を不幸にしてきたと思っているから。
でも、驚かせるだけじゃなく、僕には今回お話をすることで変えたいものが明確にあった。
ただ結論を伝えれば、会話とはよいものではないと僕はわかった。結論に至った流れやその理由も合わせて伝えることで相手は安心できる。
「華菜は僕にとって『天使』だよ。出会った時から華菜はずっと僕を照らしてくれている。うまくできないことが多い僕にとって、華菜は本当に光って見えた。それはきっと『堕天使』が心に棲みついているためだけじゃない。華菜自身が確かに輝きを放っていた。華菜は気づいていないかもしれないけど、これまで僕は何度も何度も華菜に救われてきたから。それは大きなことから小さなことまで様々なことがあった。だから、そばにいると誰かを不幸にしてしまうなんて悲しいことは言わないで。華菜は、僕を何度も救って幸せにしてきたことは、紛れもない事実だよ」
「悠希」
彼女は涙を流しながら、僕の名前を呼ぶ。
「それに、たとえ自分にとっては人生は『苦しみ』であっても、他の人が同じように見えているかわからないよ。相手の心は深く関わらないと見えないから、『苦しみ』は表面的には見えないと思う。または、心まではわからなくても、華菜が頑張って生きてる姿に勇気をもらえている人はいるかもしれない。心のうちを知った僕にも、華菜は今も輝いてみえるよ。そして、僕の一番の『幸せ』は、華菜といることだ。『僕のそばにこれからもいてくれない?』とお願いをするよ。僕の人生に華菜がいないと想像しただけで、胸がすごく痛くなる」
彼女のことをたくさん知った。
でも彼女はやっぱり神秘的で、『天使』という表現がぴったりだと今でも僕は思っている。
「『天使』だなんて、褒めすぎだよ」
彼女の顔は、一瞬で真っ赤になった。
その後で彼女は、僕の話したことをゆっくりと受け止めていった。
「本当にずっとそう思ってるんだから」
僕は彼女の疑問に思うことに答えながら、そう言った。
「そうだったんだね。私なんかをそんな風に思ってくれていて本当にありがとう」
「『私なんか』とか、自分を下げる言い方をしなくていいんだよ。華菜は立派に生きているのだから。華菜が、自分を否定することが前から気になっていた」
彼女は自分自身を表現するときに、ネガティブな言葉をよくつけたす。
『言葉』にすれば、本当にそんな風になったり思えてきてしまうこともよくある。
『言葉』を大切にしてきた僕だからこそ、そのことを彼女に伝えたいと思ったのだ。
「それは、本当に私は大した人じゃないから」
「『言葉』って不思議なもので、奇跡を起こすこともできれば、たった一言で事実を捻じ曲げることもできてしまう。だからこそ、僕は華菜には否定的な言葉を自分に向けて使ってほしくない」
「わかった。頑張って意識する」
「僕もいるから一緒に頑張ろうね。あっ、話を『不幸』のことに戻すね。僕は辛いことや大変なことが起きても、『不幸』とすぐに捉えないよ。慌てるとは思うけどそこで立ち止まるのは、もうやめた。それに、今の僕たちならきっと真剣に向き合えば、変えられることやものもあるから」
「そうだね」
「さらに、華菜と話すと一人では浮かばない様々な考え方を知ることもできるとわかった。僕たちは確かに同じではない。でも違うからこそ、相手のことを理解したいと思うし受け入れたいと悩むんじゃないかな。その時間は、たとえどんな結果になっても決して無駄なものではないと僕は思う。大切な相手のことを想っていた時間なんだから」
「想う時間かあ」
彼女はまるで僕の言葉を心に刻むようにゆっくりと繰り返していた。
お互いに強く想い合っていても、それがうまく重ならないことはどうしてもある。
でも、その人なりに相手を想っていたことは確かなことで、間違いはどこにもない。
ただその時は、相手に届かなかっただけだ。
諦めなければ、きっとその想いは相手に届くと僕は信じている。
「『不幸』という言葉についても、僕は改めて考えてみた。僕の考えを聞いてくれる?」
僕はこのお話をすることも、言葉に関するお話に関係していると思っている。
「いいよ」
「一般的に不幸とされることは、たくさんあるし種類も多い。その中には避けることができないことも確かにある。でも、これまで華菜の身の回りで起きた様々な『不幸』は、全ては華菜のせいじゃないと僕は感じた。不幸とされることが多いのであれば、人が起こすものだけじゃなく、たまたま起きるものがあってもおかしくはないから。きっと原因がわからないものもあったと思う。起きてしまったことを変えることはできない。僕たちは過去に戻ってやり直せないから。でも、そのことに対する捉え方なら変えることはできる。『不幸』にずっと縛られる必要性はないと、僕は思う。落ち込む時はもちろんあると思うし、そんな時間はあってもいい。でも、前を向いて明るく生きることも同じぐらい大切なことだと僕は思う。それにこれからは僕も華菜を何度も救い出すから大丈夫だよ」
「悠希が不幸になりそうにないとわかってよかった」と彼女は笑ったのだった。
僕は、話をすることで彼女を笑顔に変えたかったんだ。
苦しいことが多かったからこそ、これからは笑顔になる回数を増やしたいと僕は思った。
そして、その笑顔を見て僕はあるとっておきの考えが閃いたのだった。