「華菜のことを、また考えられていなくてごめん」
そう言いながら、僕は彼女に謝ってばかりだと気づいた。
僕は、謝ることは嫌ではない。
でも、謝られることも人によってプレッシャーに感じることもあるのだろうか。
何度も申し訳ない顔を見ることを、気まずく思う人もいるかもしれない。
「謝ることじゃないよ」
彼女は、はっきりとそう言った。
でも、それは僕をかばっているのではないとすぐにわかった。
彼女の意志は、強くて変わらないようだ。
僕は、空を見上げた。
僕は、一体どうしたらいいのだろう。
彼女の気持ちや思いを聞き、彼女のためにどうしたらいいか考えてきた。それらはすぐにはうまくできなかったけど、少しずつ彼女の心に近づいている気がしていた。
でも、僕はまた間違えたようだ。
いや、彼女の言う通りで、誰かが誰かを救うことは本当にできないのだろうか。
答えはまだわからない。でも、僕は救えないことにどうしても納得することができなかった。
いつのまにか太陽は沈み、うっすら暗くなってきている。
彼女を探しに外に出た時は、まだ昼間だった。それから彼女を見つけ、今もずっと話をしている。
かなり長い間外で話していると僕は気づいた。
話し合いをすることはとても体力のいることだし、さらに外にいるとどうしても気を張って疲れてしまうものだ。
「まだ話は終わってないけど、寒くなってきたから僕の家に戻らない?」
「うん」
彼女が僕の言葉を受け入れてくれたから、僕たちは家に向かって歩き出した。
帰っている間手は繋いでいたけど、僕たちは特に会話をしなかった。きっと彼女も疲れていたのだろう。
僕は、その間に救うことについて考えていた。
彼女にプレッシャーを与えず、救うにはどうしたらいいのだろうか。
彼女の辛いこと、抱えているもの、彼女の気持ちを知った。
僕が頼りにしていた『言葉』だけでは、彼女を救うことはできなかった。
また、いくら思いが強くても、それが相手に届かないようでは意味がないとわかった。
もしその思いをちゃんと何かの行動にすることができれば、彼女の心に届くのではないだろうか?
常識にとらわれず客観的にもう一度彼女の苦しみについて考えてみることで、あることに僕は気づいた。
彼女を探している時ははてしない時間のように感じていたのに、帰りはすぐに家に着いた。
家に着いて暖房をつけて、彼女に温かいコーヒーを出した。
僕は、彼女の隣に座った。
「華菜がさっき言っていた言葉のことだけど。確かに相手の全てを知っても何も変わらないかもしれない。頑張ってもそれは無駄になるかもしれない。僕は夢見がちで、現実的なタイプではない。だからこそ僕にだけできることってあると思った。そして、いつかは一歩踏み出さなければ、『苦しみ』は『現実』から消えないよね。華菜を追い詰めたくてこんなことを言っているんじゃないよ。『現実』は、あまりにも無慈悲で厳しいものだから。華菜とは程度が違うだろうけど、それは僕も今まで生きてきてよく味わってきた。『現実』は目を背けていれば、なんとかなるものじゃない。でも、それを一人で解決しようとする必要はないと僕は思うんだ。誰かに甘えたり頼ることは、全然悪いことでもおかしなことでもないよ」
「そうなのかな」
彼女は、まだ迷っている。
「普通の方法でダメなら、僕は別の方法を考えるよ。常識にとらわれない考えや新しい切り口で考える行動することで、まだ華菜を救う方法があるかもしれない」
彼女は、僕を見つめてくれた。
僕はずっと気になってることがあった。
「それよりも、教えてほしいことがあるんだけど、いい?」
「何?」
彼女は、急に身構えた。
「華菜はいつも何をそんなに恐れているの??」
「私が恐れている? それこそ感情の読み間違いだよ」
彼女はすぐにそう言ったけど、僕と急に目を合わせなくなった。
明らかに動揺している。
その言葉と態度が、彼女の苦しみを表しているようだ。複雑で、ぐちゃぐちゃに絡み合っている。
「僕は、実は華菜と話していて何度も違和感を感じていた。最初はそれが何かわからなかった。でも華菜を知っていくうちに、考えていくうちに、それが『恐れている』という感情だと確信が持てた」
僕は、さっき彼女の表情を見てようやくわかった。
「あまり聞いていて気分がよくないかもしれないけど、少しだけ付き合ってほしい。華菜は僕と話している時に、『言葉』ではなく『表情』でそれらを表現していた。華菜が僕のことを否定した時寂しいような悲しそうな顔をその後によくすること。僕の言葉を受け入れながらどこか納得のいかない表情を見せること。僕も華菜もおかしなことは言っていないのに目を曇らせることがたまにあること。それは、バラバラなことじゃなくて一つの繋がった思いだったんだよね。すべて何かを恐れているからしているだと思った。もし僕でよければ何を恐れているか教えてくれないかな」
彼女は何も言葉にしなかったけど、ゆっくりと首を縦に振ったのだった。