「華菜は、いつも一人で抱え込みすぎだよ。いや、他の人なら、一般的に一人で抱え込まないことまでも、華菜は抱え込むところがある」
彼女は、じっと話を聞いている。
「そして今華菜が悩んでいることは、一人で抱えるにはあまりにも大きすぎることだよ」
「だからって、どうして悠希の問題でもあると言えるの?」
彼女の唇は少し震えていた。
「華菜がさっき言ってたよね? 『もう後には戻れない』って。あれは言い換えれば、『助けて』という言葉だと思えた。少なくとも、今僕はそう感じている。助けを求められたなら、もう僕はこの問題の関係者だよね」
「何を言ってるの?」
彼女は、かなり困惑している。
でも、僕は話すことをやめなかった。彼女を安心させるためなら僕は何度でも言葉をかける。
『言葉』は、それだけでは小さな力しかないかもしれない。
でも、他のことと組み合わせることで、力を大きくできる可能性があるかもしれない。
「僕は、華菜が苦しんでいるのをもうほっておけない」
「悠希。優しすぎるよ」
彼女の言葉から『苦しさ』があふれてきた。
彼女は誰かに優しくされることも怖いかもしれない。
でもそれを怖がるのは、彼女も優しい証拠でもあると僕は感じた。
相手のことを思っていなければ、きっとなんとも思わない。だって相手が自分のためにどんな感情になっても、自分には関係ないことなのだから。
でも、彼女の優しさは、他人に大きく傾いている。いや、たぶん他人しか向いていない。いつも相手のことを思い考えている。
少しでもその優しさが自分に向けばいいのにと僕は思った。優しさを自分に向けることは、おかしなことではない。
自分を一番知っているのは自分だ。感情が簡単なものではないことはわかっている。自分を褒めるのって意外と難しいのも知っている。
でも、だからこそ他人だけでなく、自分にも優しくしてほしいと僕は思う。
「優しいのは、華菜だよ。自分が苦しいのに、今僕のことを気にしてくれてるのだから。僕もそばにいるんだから一緒に考えさせてよ。僕は、華菜を救うんだから」
彼女は、僕の目をちらっと見た。
今彼女は悩んでいるのだろう。
彼女の手を握りたいと、僕は強く思った。
「問題解決法を今思いついた。解決法というよりは考え方に近いけど、誰かと比較したり常識などの社会のきまりのようなものに、自分の悩みを無理に当てはめて解決しようとする必要はないと思う。だって苦しんでいるのは華菜自身なんだから。華菜を基準に考えなきゃ、きっと問題は解決なんてできない」
「私基準でいいの?」
彼女はやはり驚いていた。
僕も前まで人に合わせて、自分の考えや思いを殺してきた。
社会とは残酷で、自分の思ってることを正直に言ってもいいことなんて何一つなかった。
僕は社会に痛みつけられているうちに、自分の主張を言わないことが正しいかのように思うようになっていた。
間違っているのに、それに慣れることは本当に怖いことだ。
そんな僕の考えを変えたのは、彼女だった。
「いいんだよ。実は僕も少し前まで同じように考えていた。でも、華菜のおかげで変われた。華菜がどうしたら幸せになれるか考えていたら、僕は変われたんだよ。本当にありがとう。人や世の中にすべてを合わせる必要はない。それらが気になるのはわかるよ。でもそれらは本当に困った時に、自分を助けてはくれないのだから。自分のためにならないことに精神を使うのは、それこそもったいないことだよ。それになかなか苦しみから抜け出せないなら、思い切って今までのやり方を変えてみるのもアリだと僕は思う。僕も協力するから、華菜がどうしたら気持ちが少しでも楽になるか一緒に考えようよ」
「私の気持ちが楽になるかあ」
「そうだよ。それが一番大切なんだから。華菜は、これをしてる時は苦しいことを少しは忘れられるってことある?」
相手を理解するには、その人を知ることが大切だと僕は気づいた。
独りよがりの考えじゃ、誰も救えない。
「私は、わからないよ」
「わからない??」
僕は、急かしたり責めるために聞き返したのではない。
言葉を繰り返すことは、相手を落ち着かせることもあると彼女と話していてわかったからだ。
「私も私なりにだけど、辛いことにたいしてこれまで色々なことを試してきた。でもどれも効果はなかったから。だから、自分のことなのに、どうしたらいいのか全然わからないのよ。本当にこんな自分が大嫌い」
彼女は、両手で顔を隠した。
「難しいよね。それに簡単にできたらずっと悩んでないよね。僕は短所や弱点があることは悪いこととは全く思わないよ。それらも含めて華菜という一人の人間だと思っている」
「私は、そんなふうに考えたことないし、考えられないよ」
「これは僕の考え方だから、『同じように考えてみたら?』とは言わないよ。そんな考え方の人もいることを頭の隅においてくれるだけでいい。まずは、辛いことがあったらまずは僕に『辛い』と言うのはどう?? 僕は一生懸命考えるから。僕はどんな時も、何を聞いても、華菜を怒ったりしないから。もちろんすぐにじゃなくていいよ。ゆっくりでいいから僕を信じて、華菜の気持ちや思いをもっともっと話してくれないかな?」
僕は、彼女の心の扉を再びノックした。
扉が開くことを祈った。
「それは、私のこと全てを悠希に教えるということ??」
扉は開き、返事はやっと返ってきた。
でも、僕はまた、思いがすれ違うのを感じたのだった。