美琴がいなくなった屋上で、僕はふとさっきスマホがずっと通知を知らせていたということを思い出した。
思い出したのは、きっと僕が無意識的に現実から目を背けたかったからだと思う。
美琴が死んだことを、僕は受け入れられなかった。
スマホの画面を押すと、たくさんのメッセージと着信が表示された。
僕は、それを一つずつゆっくりと確認していった。
こんなに通知がきていることは、初めてのことだった。
「悠希、今どこにいる?」
「悠希に会いたいな」
「怖いよ」
メッセージの中には、美琴がいた。
でも、その美琴からはいつもの元気さや明るさは感じられなかった。
不安で苦しんでいる美琴が、僕を探している。
着信のすべてに留守電が残されていて、再生すると今はもう聞けるはずのない声が聞こえてきた。
それは、さっきまで目の前にいた美琴の声だった。
まさかもう一度美琴の声が聞けるとは思ってもいなかったので、僕はじっくりと耳を傾けた。
メッセージとは違う内容のことを話していた。でも、伝えようとしていることは同じだった。
僕はスマホから美琴が現れるはずがないとわかっているのに、聞きながらいつの間にかスマホの先に手を伸ばしていた。
声は聞けるのに、もう美琴の笑顔を見ることができないなんて残酷すぎる。
メッセージも着信も、すべて美琴からのものだった。
しかも、それらは美琴の姿が突然消えてから、見つかるまでの間に送られたものだった。
美琴はこんなにも僕に助けを求めていたのに、僕はそれに気づくことができなかった。
ただ必死に探していた。見つけることができれば、何かできると思っていた。それが最優先事項だと疑いもしなかった。
でも、現実は彼女と対面した僕は、彼女を救うことはできなかった。
何が最優先事項だと思った。
救うどころか、僕は間違いを犯したのだから。
人間は間違いを犯す生き物だとよく言われるけど、犯してはいけない間違いというものがある。間違えてはいけない判断というものがある。
「僕が代わりに死ねなかったのかな。彼女の苦しみだけを背負っていけなかったのかな」
そう思わずにはいられなかった。
僕は、スマホの電源を切った。
今は誰とも話したくなかったから。
そもそも僕が頼られていたなんて今初めて知った。どうしてダメな部分が多い僕を美琴は頼ってくれていたのだろう。
他にいくらでも頼りになる人はいたと思う。
でも、美琴が最後に連絡をしたのも、実際に話したのも僕だった。
世の中わからないことだらけだ。
僕が「わからない」と言えば、何か変わっていただろうか。
一方で、僕を頼っているから、僕の発言や行動のために美琴が傷ついたりへこむことも多かっただろうと気づいた。
僕はそのつもりはなくても、感じ方は人それぞれだから。
また、たとえ些細なことでも、頼っている人から言われると苦しくなることもあるかもしれない。
そうであるなら、美琴は僕のせいで辛い思いになりその感情をどうしようもできなくて、死を選んだ可能性が高い。
いや、「僕のせいだ」と確信が持てた。
傷をつけ、助けを求められてもそれに気づかず、救うこともできなかったから。
美琴が自殺したのは、すべて僕のせいだ。
その後、美琴の遺書は見つからなかった。
「話してくれてありがとう。でも、『吉川 美琴』のことを、私はきっと悠希より知っているよ」
彼女は僕の話を聞き終わってから、そんな風に話しかけてきた。
「えっ、どうして??」
僕はまさかの言葉に、思考が、また止まってしまった。
「美琴は、私の従姉妹なんだ。しかも一番仲のいい従姉妹だった」
「そうだったんだ」
「うん、さすがに美琴が悠希の元カノだったことは、話を聞くまで知らなかったよ」
彼女はそのまま話を続ける。
「そして、美琴が自殺した理由を、私は知ってるよ」
「何か教えてくれる?」
そう言いながら、僕は予想外のことにどうしていいかわからない状態になっていた。
なぜ彼女が知っているのかわからないし、今僕がそれを聞くことで何か変わるのか疑問でもあった。
亡くなってしまった人を救うことはもうできない。
今僕が美琴が自殺した理由を知ることは、救いではなくただの自己満ではないだろうか。
でも、どうにもできないとわかっていても『救いたい』という思いが再び浮かび上がってきた。
「いいよ。それは美琴が私と仲良くなり、私が美琴のそばにいすぎたせいだよ」
僕は彼女の言葉をすぐに理解できなかった。
美琴が自殺した理由に、僕は関係ない?
「それは、さっき言ってた華菜に『人を不幸にする力』があるから??」
僕は動揺する心を隠しながら、彼女の話になんとかついていこうとする。
美琴の死の真相を知りたくて、僕は彼女の言葉の続きを促した。
「そう。美琴は、私と仲良くなるたびに、明るさが消えていった。それはまるで命の光りがなくなるかのようだった。それだけじゃなく、死を連想させることも何度も私に聞いてきた。このままじゃダメだとわかっていたけど、私には美琴の運命を変えることができなかった」
「美琴に、そんなことがあったんだね」
まだ僕の心は、気持ちは、正直追いついていない。
それでも、前を向きたいと思った。
「でも、私は一度だって美琴のことを忘れたことはないよ」
彼女は、突然厳しい表情で見てめてきた。
「確かに、悠希は美琴のサインに気づけなかった。でも、美琴が自殺したのは、悠希のせいじゃないよ。それは、私と関わってしまったからだよ」
僕はこの広い世の中で、美琴と華菜という二人の人間に関係性があったことをまだ理解できていなかった。
それは、もはや何か意味があるようにしか思えなかった。もしくは、ただの神様のいたずらだろうか?
そして、僕は彼女の言葉を聞き、やっと自分の甘さに気づくことができた。
「華菜が前に言っていた言葉の意味が、重みが、やっとわかったよ。華菜は、『悠希は、諦めたり忘れたりすることができていいよね』と前に言ったよね。僕は美琴のことを忘れてようとしていた。一方、華菜は一度も忘れたことはなかった。考えてみれば、『忘れる』という選択肢があることは、僕が真剣にその人に向き合っていないし、生きることだけで精一杯じゃない証拠だったんだね。本当に辛い人は、選択肢すら存在しないんだよね。僕はまた何もわかっていなかった。僕はただ華菜に美琴を重ねているだけだった」
彼女は頷きながらも、「一緒にしないで」と言ったのだった。