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十七章 「過去編① 吉川 美琴とのお話」

「今から話すことは、僕と元カノのある話だよ。聞いていて、気分が悪くなったらすぐに言ってくれていいからね」

 僕はそう前置きをした。

 本当はどこまでの話を恋人に話すべきなのか僕はわかっていない。何を話さなければいけなくて、何は話さない方がいいという明確な線引きは世の中にないから。

 一層のこと誰かが明確に線をひいてくれたらいいのにと思う。

 元カノの話を現在の彼女にするのはあまりよくないのはなんとなくわかっている。しかし、あの日の話はかなり特殊な内容だから、彼女にも伝えておくべきことかもしれないと思った。

「もしよかったら、華菜が何を感じたか教えてほしい。また、僕という人間を今一度見定めてくれてもいい」

「うん」

「実は、華菜の涙を見てすぐにその話を華菜にできなかったには、もう一つ理由があったんだ」

「もう一つの理由?」

 彼女は意外そうな顔をしていた。

「うん。僕は前に元カノの涙を見たことがあって、その時に元カノをを救うことができなかった。いや、僕が何もできなかったからさらに傷つけて、取り返しのつかないこととなった。華菜の涙を見た時、正直元カノのことを思い出した。そして、また救うことができないかったらどうしようと思うと華菜に対して、発言するのも行動するのも怖くなった。人は何かある度に考えて成長するとよく言われるのに、僕は前と全然変わっていなくて弱いままだ」

 彼女は何も言わず、話を聞いてくれている。

「華菜にとって、涙とはどんなもの??」

「涙? 感情の塊かな」

 彼女は突然話が変わったのに、しっかり答えてくれた。

「そうなんだね。いや、きっと僕の考え方が変わってるだろうね。僕は、涙は美しくて人を魅了するって思う。あんなに透き通ったものは、他にはなかなか見つからないと思う。でも涙は、美しいと感じさせるだけの強い感情があるから流れるんだよね。僕は昔も、華菜の時も、それに気づけていなかった」

 僕は彼女に、元カノとの出会いなどをまず簡単に説明した。

 そして、あの日何が起きたか話し始めた。


 学校の屋上で、僕が美琴をやっと見つけて声をかけた後のことだ。

 空は、雲一つなく晴れ渡る。

 美琴は、それから僕のことをじっと見つめてくるけど、何も言葉にしない。

 僕は、僕でその間何もできずにいた。

 ただ時間だけが、流れていた。

 美琴のもとに近寄ることも、何か言葉をかけることさえもできていなかった。

 今が緊急事態だということはわかってる。美琴のしようとていることはわかった。

 わかったけれど、どうしてそんな気持ちになるのかいくら考えても僕にはわからなかった。

 彼女から悩みを最近打ち明けられたりもしていない。むしろ、最近いつもより明るいなと思っていた。

 そんなことは今の緊急事態を無事に乗り越えられたら、いくらでも考えられるのに僕はそんなことが気になっていた。

 理由がわからないのは、怖かったから。

 美琴はそんな僕をみて、ゆっくりと言葉を発した。

「悠希、私を愛してる?」

 僕は、すぐに頷いた。

 この気持ちだけは、間違いのないもので自信がもてるから。

 僕のその姿を見て、美琴はまた涙を流した。

 その涙の美しさが、僕の心を惑わせる。

 どうしてまた泣くのだろうか。

 僕の反応は何か間違いを犯していたのだろうか。

 美琴のことがわからない。

 その時、僕は強く美琴に『恐怖』を感じた。

 それは今まで感じたことのあるもの中で、一番大きいものだった。

 頭の中は激しいパニックで、脳も正しいシグナルを送れないようになっていたのだろう。

 僕は、無意識に数歩後ずさってしまった。

 その姿を見て、彼女は儚い表情をして「さようなら」と言った。

 いや、たぶん美琴はそう言葉を発した。正直僕にはっきりとは聞き取れなかった。

 美琴は、僕に背中を向けて歩き出した。そして躊躇いもなくそのまま屋上から飛び降りた。

 落ちていく美琴の姿を見て、僕はやっと正気を取り戻した。

 慌てて、美琴の元に走っていった。動かない足をどうにか動かして前に進んだ。

 でも、僕の手が美琴の手を掴むことはなかった。

 何も掴むことができなかった僕の手は、ぶらりとたれていた。

 屋上からは、もう届かない美琴がずっと見えている。

 僕はその場でひざまづいた。

 言葉にならない音が、僕の口から次々にでた。

 でも、悲しいはずなのに、いくら涙を出そうとしても涙は流れてこなかった。

 僕の感情は、本当にどうなっているのだろう。

 地面を何度も叩いた。痛さなんて感じなかった。

 感情だけでなく、このまま僕すべて壊れてしまえばいいのにと思ったけど、残念ながらそんなことは起きない。

 美琴のせつない表情、涙、ゆっくりと落ちていく姿が僕の脳内に再び浮かんできた。

 その時、僕はやっと気づいた。

 僕さえしっかりしていれば、美琴は死なずにすんだ。僕が救えたはずだ。僕はあんなに近くにいた。僕が行動さえしていれば、救えた命だ。

 僕が、美琴の命を奪った。

 それから僕は、一人で美琴が死にたくなるほど苦しんでいた理由を考えた。

 でも、僕には全く思い浮かばなかった。

 美琴は、何に苦しんでいたのだろう。

 どうしてそれを僕に言ってくれなかったのだろう。

 わからないまま、また時間だけが過ぎていった。


「情けないことに、僕は美琴が自殺した理由をいまだにわかっていない。あの後も何度も何度も考えたけど、答えは見つかっていない」

「そうなのね」

 彼女ははっきりと正しいか間違ってるかを言わなかった。

 いや、既に聞いたことのある話のような表情でもある気がする。

 どうしてだろう。

 僕の判断で、一人の人の未来を奪ったことは確かなことだ。

 誰かに責められても、いくら僕が後悔しても、また今後どんなに僕が正しいことをしても、そのことは変わらない。

 許されることなんて絶対にない。

 僕は、罪を一生背負っていくしかないのだ。

「すべて僕が悪かった。話には、まだ続きがある。そのせいで、華菜を苦しめることにもなった」

 僕は神様の前で罪の告白をするかのように再び話し始めた。




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