「私には、『人を不幸にする力』がある」
彼女は、そう話し始めた。
現実離れしていて不思議な話なのに、彼女がそう言うとなんだか本当のような気がしてくる。
「信じられないだろうけど、この力は思い込みや勘違いの類じゃないよ。本当に私には力がある。実際にお母さんも元カレも私のせいで不幸になった。お母さんが私を嫌って様々な方法で嫌がらせをするようになったのも私のせいだ。だってお母さんは、ある日突然冷たい態度に変わったから。元カレのことも同じよ。前にも少し言ったけど元カレも最初は悪い人ではなく、優しい普通の人だった。でも私と一緒にいることで段々おかしくなっていった」
「それは、たまたま不幸なことが重なったということではないんだよね?」
彼女の話を否定しないで、僕は彼女に同調しようとする。
僕はまだ、彼女のことでわかれていない部分も多くあるだろう。その状態で否定するのはおかしいから。そもそもどんな状態かわからないのに、否定をするのは相手に失礼だ。
「うん。たまたまじゃない。これ以外にもこれまでの人生で、私はたくさんの人を不幸にしてきた。学校の担任の先生は、何人も突然体調を崩したり、心の病になった。私がクラスにいるだけでだよ? 一番仲の良かった従姉妹は突然自殺をした。アルバイト先で仲良くなった人は、事故にあった。私に関しては、学生時代は何度もいじめにあったし、仕事でもなぜか大事なときには必ず大きなミスした。どう考えてもたまたまにしては、多すぎる。それにこんなに不幸にまみれた人生なんて聞いたことないでしょ?」
「うん、そんなに多いとまるで誰かに意図的に不幸を押しつけられているようだね」
僕は彼女の話を聞き、その者は誰かわからないけど、なぜかそのように感じた。
もちろんそんなことができる者は、一般的に考えていないのはわかっている。
それでもそんな考えが真っ先に頭に浮かんだ。
「おもしろい考え方ね。それは、完全に間違ってはいないかもね。とにかく私がそばにだけで、周りの人たちは不幸になっていった。そして、私にも不幸なことが度々起こった。自分が不幸になるのも、幸せな人が不幸になっていく人の姿を見ていくのもどちらも本当に辛かった。そして、この力には、さっき話した『堕天使』が私の心の中に棲みついていることも関係している」
「えっ、そうなの!?」
僕は、二つの話が繋がるとは思っていなくてつい大きな声を出してしまった。
それを彼女は違う意味でとったようで、自嘲気味に笑いながらさらにこう言った。
「そもそも心の中に私以外の何者かがいるなんて信じられないよね」
「僕は華菜を信じてるよ。それに世の中に不思議なことはたくさんあると思っている」
彼女は、その言葉には何の反応もしなかった。
「『堕天使』はある日突然転移してきた。私自身に、『堕天使』は姿や形は転移してこなくて、『堕天使』の心だけが私に転移してきた。それは、私が小学生の頃だった。最初は何が起こっているのかわからずただびっくりした。だって本当に何の前触れもなく、それは起こったから。当時の私は少し前に寝る前につい怖いお話を読んだせいかなとか考えた。体に変化は起きないけど、心の中はどうしていいかわからず、パニックになっていた。『これは何?』と何度も思った。でも、私の思いとは裏腹に『堕天使』は、何日経ってもずっと心の中にいた」
「そうなんだね」
僕は理解したいという気持ちが伝わればいいという思いを込めて、相槌を打った。
同じ言葉を言っても、伝える相手や自分の気持ちで全然意味合いが変わってくる。
「なぜ『人を不幸にする力』と『堕天使』が関係しているかというと、『堕天使』はこの世にいる神様にとって許される存在ではなく罰を与えられる存在だからよ。だから、神様は不幸を『堕天使』に与え続ける。たまたま『堕天使』に転移された私だけど、神様からしたら私も『堕天使』と同じようなものなんだろうね。その証拠と呼べるかわからないけど、私は何も悪いことをしていないのに私と私の周りに不幸なことがどんどん起きているのだから」
「それは、辛いね」
彼女からすれば、見当違いも甚だしいとばっちりでたまったものじゃないだろう。
僕は、彼女のメンタル面が心配になってきた。
「まあ一つだけ幸いなことは、『堕天使』に私の人格を奪われたり、別人格ができることはなかったことかな。『堕天使』そのものはだいぶ弱っているみたいだから。本当にただ私の心の中にいるだけで、『堕天使』自体は、何も悪さをしてこない。でも、『堕天使』がいる限り、これから先もずっと私と私に関わった人には不幸は起こり続ける」
「『堕天使』が、華菜の心からいなくする方法はないのかな?」
僕はいつの間にか前のめりになって話を聞いていた。
「それは、私もすでに考えたことはあるけど、この件はあまりにも特例すぎて調べてもどこにもその方法は載っていない。完全にお手上げ状態よ」
僕の言葉に、彼女は困った顔をしていた。
「そういうことが今もなお華菜の身に起こっているんだね。その話信じるよ」
僕は、彼女の少し潤んだ目を見つめた。
「えっ、嘘でしょ? 証拠を見せることもできないし、どう考えても私の話はおかしなものじゃない」
彼女は、信じられない様子だ。
きっと今まで誰も信じてくれないだろうと、この話を誰にも話したことがないのだろう。むしろ誰かに話したくなかったのだろう。
その気持ちは、僕もよくわかる。
理解されない苦しみは、僕も味わってきたから。
「嘘じゃない。僕は華菜を信じるよ。それに証明できないからって、嘘と呼べないよ」
そう言いながら、僕は今まで彼女から幾度となく感じていた神秘性の謎が解けたと納得もしていた。
堕ちた天使とはいえ、天使には変わりないだろう。彼女の心に天使がいたから、彼女は他の人とは違う輝きを放っていたのだろう。
その光りは、決して偽物ではない。
「どうして悠希は、そんなに簡単に人や物事を信じられるの?」
彼女は、まっすぐ感情ををぶつけてきた。
「僕は、何でもすべて信じるわけじゃないよ。華菜だから信じるんだよ。華菜を救いたいと思ってるからだよ。華菜が困ってるならどんなに時間がかかろうとちゃんと真剣に聞くし、一緒に考えるよ」
「信じてくれるのはありがたいけど、でもなんだか変な感じ」
彼女はまだ納得がいっていないようだった。
「人を救うことが難しいのは、十分わかってるよ。僕なんかには荷が重いことかもしれない。それでも、僕は華菜を救いたい」
「だから、それはできないって、」
「それじゃあさ、僕の信じられないようなある話を聞いてみない? それで、華菜がどう感じるか教えてよ」
僕は彼女の話を初めて遮って、あの日のことを話し始めた。