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十二章 「安心できる場所」

 僕はただひたすら歩いていると、いつの間にか彼女の家の前まで来ていた。

 見つけたいという強い気持ちが僕をここに連れてきたのかもしれない。

 そこで、ふと彼女が僕の家で話してくれたある思い出話を思い出した。

 彼女はその時家の近くにあるところに、よく行っていたと話していた。

 本人は自覚していないかもしれないけれど、それは自分の心を少しでも守っていたと僕は今思った。

 そうだとすれば、そこに今も彼女はいるかもしれない。いや、いると確信がもてた。

 すぐに僕は、近くに公園がないか探した。

 公園は、彼女の家の裏にあった。

 彼女が話してくれた通り、綺麗な花もたくさん咲いていて素敵なところだ。

「華菜、やっと見つけた」

 他に言わなければいけない言葉がたくさんあるとわかっている。でも、まず先にその言葉が口から自然と出た。

 見つけられて心からよかったと思ったのだ。

 彼女は思い出話で話してくれたのと同じように砂場に座り込んでいた。その背中はなんだか小さく見えた。僕は、まるで子どもの頃の彼女を見ている気分になった。

「遅いよ」

 彼女は、僕の方を振り向かず小さな声でそう言った。

 砂場の砂を手で触っている。今彼女は何を思っているのだろう。 

「ごめん。あの、その、大丈夫だった??」

 僕はたくさんある伝えたいことをうまく言葉としてつなげられず、そんな風しか言えなかった。自分でもチグハグだとすぐにわかった。

「何が?」

 彼女の声は怒ってるというより、ただ質問してる感じがあった。

「僕は、華菜にひどいことをしたから」

「あぁー、いいよ」

 彼女は、簡単に許してくれた。

 その真意まではまだわからないけど、そのこと自体が僕には意外だった。

 僕はもう許してもらえないかと思っていたから。

 大袈裟かもしれないけど、それぐらい彼女を探してる間ずっと怖かった。

 怒ってしまった僕が怖がるのはおかしいのはわかるけど、彼女を失うことがただ怖かった。

「僕は、他の人よりかなり物事に気づくのが遅いんだ」

 僕はゆっくりと話し始めた。

「そんなことは、もうだいぶ前から知ってる」

 彼女は、まだこちらを向いてくれない。

「そっか。そうだよね。あの、華菜に、謝りたい。謝らせてくれないかな?」

「いいよ」

 短い言葉なのに、僕のまとまってない話を彼女はしっかりと聞いてくれようとしているのが伝わってきた。

「僕は華菜の気持ちを一切考えず、一方的に自分の思いや聞きたいことを話したよね。それが華菜は嫌だったよね。本当にごめんなさい」

「そうだよ! 普段の悠希はいつも私のことを一番に考えて言葉にしてくれる。悠希だけは、こんな私のことを大切に、そして特別扱いしてくれる。でも今日の悠希からはなぜか私の気持ちを考えてくれている感じが全くしなかった。それがどうしようもなく悲しかった。悠希を信じたかったのに、悠希も他の人と同じかと思ってしまった自分も嫌になって、本当にすごくすごく苦かったんだから」

 彼女の苦しみが一気にあふれてきた。

 彼女はそう言いながら、やっと僕の方を向いてくれた。

 彼女の目は、真っ赤になっていた。

 キラキラした目を、僕がそんな風に変えてしまった。申し訳ない気持ちで心が一瞬でいっぱいになった。

 一方で、僕は彼女を探しながら、彼女を苦しめた理由を考えていた。僕なりの何か答えを出さなければいけないと思った。理由もわからず謝るだけじゃ、彼女は納得しないと思ったから。

 まずは、それが明らかに間違ったものじゃなくてよかったと僕は思った。

 そして、突然感情が変わるのが怖いことと同じように、彼女もいつもと違う僕が怖かったのかもしれない。

 人は様々な考え方や性格があるけれど、すべて違うわけではなく、重なる部分もあるかもと思えた。

 僕がそんな風に思っている間に、彼女はまた話し始めた。

「ここは、私の安心できる場所なんだよ。実は小学生の頃だけじゃなく、辛いことがあるといつもここにきていた。それは本当に数え切れないほどの回数だよ。この公園だけが私の味方だった。かっこ悪い私でも、体も心もボロボロの私でも、どんな時も受け入れてくれた。他の人のように、ひどいことを言ったりしたりしないし、拒むことはなかった。否定もせず、肯定もせず、ただ私の話を聞いてくれた。もちろん、助言なんてしてこない。でも、それが私の求めてるものだった。私そのものを認めてくれている気になった。一人でここに気のすむまでいると、なんだか心の中の辛いものがゆっくりと消えていく気がした。本当は消えていなくても、自分自身がそう思えただけでだいぶ心が軽くなる。だからここは、私にとって安心できる場所だよ。そして、私はこの場所で心を休めることで、今まで生きてきたんだよ」

「そうだったんだね」

 僕は、ゆっくりと彼女の隣に座った。

 彼女の抱えていたものを知れてよかったと思った。

 まだきっと辛かったことはあるだろう。でも、少しでも僕に話してくれたことが嬉しかった。

 ちょっとでも僕たちの心の距離は近づいただろうか。

 一方で、僕がしようとしていたことと彼女の求めてるものには大きな差があるとも気づけた。

 受け入れてほしい。

 それが、彼女の求めているものだった。

 『言葉』で、思いを伝えたり気遣うことではなかった。

 他人の感情や心は目に見えないものなのに、どうして僕はただ一緒にいる時間が長いというだけで、わかった気になっていたのだろうか。

 彼女ならこうしてほしいはずだと勝手に思い込んでいた。

 いや、自分ならこうされたいということを、彼女も同じようにされたいだろうと勝手に決めつけていた。

 それはあまりにも自己中心的な考え方だ。

 僕はそもそも彼女を理解しようとしていなかった。だって彼女の心の声に耳さえ傾けていなかったのだから。

 それで、彼女を苦しみから救うことなんてできるはずがない。

 今からでもまだ間に合うだろうか。彼女を救い出せるだろうか。

 何があれば、彼女を救えるかはまだわかっていない。わからないことが今後ももっともっと出てくるかもしれない。

 それでも、僕は彼女の話を聞き、彼女を救いたいと改めて強く思ったのだった。


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