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二章 「閃く」

 次の日も、僕は同じように彼女の涙のわけをどう聞き出そうか考えた。

 物事とは複雑にできていることが多く、いつも僕は苦労する。

 大前提は、彼女を不快にさせず聞くことだ。

 それすらもどうしたらうまくできるかわからなかった。

 それからもなかなかいいアイデアは浮かばず、時間ばかりが過ぎていった。

 そんな時、僕はたまたま部屋に置いてる学生時代の卒業アルバムに目が行き、そこからあるいい方法を閃いた。

 そして、僕はすぐに彼女にメッセージを送ったのだった。


「今度予定が空いてる日、久々に僕の料理でも食べに来ない?」

 僕は、彼女を『おうちデート』に誘った。

 僕たちはアクティブな方で、普段のデートは、どこかに出かけることが多い。

 彼女もおしゃれが好きだから、よくショッピングモールなどに行くことが多かった。

 だから、『おうちデート』は、僕たちにしたら珍しいし、久々なことなのだ。

 デートの頻度は、六年付き合っているカップルにしたらかなり多いと思う。

 仕事の休みの日は、必ず会っているし、仕事の日でも時間が合えば少しの時間のために僕は車を走らせた。

 どうしても会えない時は、メールや電話をして、ニ人の心を通わせた。

 そんな時間を、六年の間ずっと積み重ねてきた。

 僕は、彼女のおかげで、彼女に光りをもらうことで、少しだけ光ることができている。

 そもそも彼女に会えば、僕の心は大きく揺さぶられ、一気にさらわれていく。

 僕にも好きなことや趣味は、もちろんある。でも、それをする時間も、彼女と会えない時にとればいいとさえ思う。

 今でも出会った時に感じたあの熱い思いは変わらずあり、僕の頭は彼女のことでいっぱいなのだ。

 「彼女もそんなふうに思ってくれているといいなぁ」とか思う時があるかと聞かれたら、答えはノーだ。彼女が僕のことを好きでいてくれているだけで、僕は十分だから。


 僕は今一人暮らしをしていて、自炊もできる。

 僕は大学に入ってすぐ、一人暮らしを始めた。

 親と一緒にいるのが嫌だからではない。

 僕は、自分のことは自分でしっかりできる人間になりたいと思い、一人暮らしを始めた。

 日常生活でできないことやつまずくことが多い僕は、せめて自分の生活ぐらいはできる生活力を早く身につけておきたかった。

 親元を離れて自由気ままに遊びたいからという言葉を、同学年の友達からよく聞いた。

 でも、その人たちの思いが、僕の思いに比べて劣っていると思ったことは一度もない。

 そもそも考え方は人それぞれだし、それに優劣をつけること自体に違和感を僕は感じている。

 そして、人を貶す言葉を平気で言える人に、今後何があっても僕は絶対になりたくないと思っている。

 僕は、大学になってすぐアルバイトを始めた。

 アルバイトをすること自体に慣れ始めると、アルバイトの掛け持ちをするようになった。

 それでもまだ学生だからアルバイトだけでは生活するのは大変だった。

 もちろん、学業は疎かにしたくはなかった。

 そこで僕はどうやったら節約できるかと考えた。そうして、コンビニなどで毎食おにぎりやカップ麺を買うより、自分で一から作る方がいいかもと気づいたのだ。

 そして、すぐに料理の本を大学の図書館で数冊借りてきた。

 物事にハマるととことんやるのが僕の性格で、料理をつくり始めると、楽しくてどんどん作っていった。

 一方、彼女は今も親と同居している。

 付き合いも長いから、「同棲しない?」と僕が言ったこともあった。

 その時「親の世話があるから、できない」と彼女にはっきりと断られた。 

 その言葉を言った時の彼女の顔がいつもより明るさがなかったので、よく覚えている。

 彼女は親の話をほとんどしないから、正直どの程度の大変さがあるかは僕にはわからなかった。また、そこに恋人の僕が踏み込んでいいのかもわからなかった。

 僕はプライドは高くないと思ってるから、断られたこと自体はそんなに堪えなかった。

 ただ、「親の世話」と言われると、また同棲しないかとその後気軽に聞くのはなかなかできなかった。

 そのまま月日は流れ、今に至る。

 今回『おうちデート』することには、意味がある。

 僕は彼女の辛い話を聞こうとしてるのだから、彼女のことを考えると他の人がいない静かな環境の方が話しやすいだろうと思ったからだ。

 すぐに「いいよ、楽しみ」と彼女からは返事が返ってきた。

 それからいくつかやりとりをして、『おうちデート』の日は三日後の土曜日に決まった。

 そのメッセージを見て、僕は覚悟を決めた。

 僕があの日彼女にすぐに声をかけられなかったのは、驚いたからだけではなかったから。

 本当は、二つの理由があった。

 一つ目は、彼女の心の奥底の感情に触れることが怖かったからだ。

 正体がわからないものは、どうしても怖い。

 これだけ聞くと、ただ僕が臆病者に思えるだろう。好きな人の負の感情の一つや二つぐらい背負えなくて、彼氏と名乗ることはできない。

 でも、僕が怖いと思ったのは、そのような単純なものではなく、それには二つ目の理由が大きく関係している。

 二つ目は、前にある人の涙を見て、僕はその人を救うことができなかったからだ。

 僕は彼女のあの言葉を聞いたあの日、過去のそのことを思い出し、体は固まり言葉も出なくなった。

 情けないことは、自分でもわかっている。

 でも、『心』ってそんなに簡単なものじゃなくて、言いたいという思いはあるのに、それを声にすることができなくなる時もある。

 もし彼女にたいして、前の人と同じことしかできなかったと思うと、急に動かなくなった。 

 でも、やっぱりこの問題をほっておくことは僕にはできなかった。

 だから、今覚悟をしっかりと決めた。

 今の僕は、あの時の弱い僕じゃないと自分に何度も言い聞かせた。

 それに僕から動かなければ、彼女はきっと永遠にあの日のことを話してこないだろう。

 彼女は、あまりにも優しすぎるから。

 僕は自分に「大丈夫だ」と何度も言い聞かせて、彼女の思いと向き合うことを決めた。

 できないことの多い僕に何があるだろうと考えた時、『言葉』があるのではないかと思った。

 だから、『言葉』で彼女を救おうと思ったのだった。




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