それから俺とキョウコは穏やかな日々を送っていた。
そんなある日の夜。
キョウコと出会って二年が経つ。俺とキョウコは出会った頃から何も変わっていない。相変わらずキョウコは俺だけと過ごしたがり、俺もそんなキョウコと一緒に居るのが幸せに感じている日々の中。
その日は何でも無い夜だった。仲間との通話に気が向かなくて、キョウコと一緒に風呂に入り、リビングで寝転がる。キョウコの膝枕で寝転がっている俺に開けた縁側の窓から風が吹き抜ける。チリーンと風鈴が鳴っている。キョウコは何をするでも無く、初めて出会ったあの頃と同じように俺の髪を梳いている。
「なぁ、キョウコ、」
呼びかけるとキョウコが俺を見る。
「何ですか?」
微笑んでそう言うキョウコが堪らなく愛おしい。
「結婚、するか。」
言いながらキョウコの頬を撫でる。キョウコの瞳にはみるみるうちに涙が溜まって行く。
「また泣くのかよ、泣き虫。」
そう言って俺は体を起こして、キョウコを抱き寄せる。頭を撫でているとキョウコが言う。
「お嫁さんに、してくれるんですか…?」
あぁ、もう!何でキョウコはこんなに可愛いんだ。
「お前は俺のもんだろ。嫌か?」
言うとキョウコが俺に抱き着いて言う。
「慶一さんが良い…慶一さんのお嫁さんになりたいです…」
少し笑って背中を撫でる。
「じゃあ決まりだな。」
そう言ってキョウコを自分から離す。キョウコは俺を見て不思議そうにしている。
「ちょっと待ってろな。」
そう言って俺は立ち上がる。書類仕事に使っている部屋に行き、机の一番下の引き出しを開ける。ゴソゴソと物を退かして行き、一番下に隠してあった小さなボックスを出す。それを持ってリビングに戻る。キョウコは俺を見上げている。俺はキョウコの前にドカッと座り、そのボックスを差し出す。
「ん。」
キョウコがそれを受け取る。
「早く開けろよ。」
言うとキョウコがそのボックスを開ける。
「これ…」
中には指輪が入っている。
「まぁ、何て言うの?結婚指輪?婚約指輪?どっちでも良いけどさ、ま、そういうの。」
ポロポロと涙を零しているキョウコに笑って、俺は指輪を手に取り、キョウコの左手の薬指にその指輪を収める。キョウコはポロポロ涙を零しながら聞く。
「これ、いつ…」
俺は笑う。ずっと前から用意してあった。いつ言うか、いつ切り出すか、それだけだった。
「ずっと前からだよ、もう一年くらいはずっと持ってたな。」
意気地なしの自分に笑う。
「そんなに前から…?」
ポロポロと零れる涙が何よりも綺麗だと思う。
「キョウコと付き合い始めた年の年末には考えてたからな。」
キョウコの涙を拭ってやる。
「私で、良いんですか…?」
キョウコが聞く。俺は笑う。
「お前以外に誰が居んだよ。こうやって指輪渡して、結婚すっかって言ってんのに。」
俺はキョウコを見つめる。
「キョウコは俺で良いのか?」
聞くとキョウコは泣きながら俺に抱き着く。
「慶一さんしか、居ないの…私には、慶一さんしか…」
キョウコを抱き締めて大きく息を吸い込む。あぁ、キョウコだ。俺の大事な、キョウコ…。
翌日は二人で街に出て、結婚指輪を買った。シンプルな、普通の指輪。そのまま役所に行って婚姻届を貰って来る。その足で親父のところに行き、挨拶する。
「そうか、やっと身固めるのか。」
親父は何だか嬉しそうだ。
「結婚式はどうする?」
聞かれて俺は笑う。
「式はやるつもり無いです。キョウコと話し合って二人で決めたんで。」
親父はあからさまにがっかりする。
「娘の晴れ姿を見られないのか…」
今、この親父、娘って言ったか?
「写真くらいは撮ったらどうだ?」
親父が言う。それも考えた。キョウコの花嫁姿はきっとすごく綺麗だろう。
「それぐらいは出させてくれるよな?」
親父が言う。まぁ俺の親父を自認しているくらいだからなと思う。キョウコを見る。キョウコは微笑んで頷く。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰います。」
婚姻届を出し、写真も撮った。親父は俺たちの写真を額縁に入れて、飾っているらしい。仲間内でサプライズパーティーも開いてくれた。皆に祝福されて俺たちは夫婦になった。