「あ、慶一!」
声を掛けられて振り向く。そこには茶髪をなびかせた女が居た。
「あ?」
誰だっけ…そう思っていると女は駆け寄って来て俺に抱き着く。
「超久しぶりじゃーん!元気してた?」
その女は俺をマジマジと見て言う。
「何、この格好、浴衣とか着て、一瞬誰だか分かんなかったじゃん。」
今日は地元の祭りに来ていた。年末になると忙しくなる。その前に今日は仲間たちとちょっとした飲み会をしようという事になっていた。飲み会の前に祭りに顔を出したのだ。もちろんキョウコも一緒だ。屋台の焼きそばとイカ焼きを買う。親父の息の掛かった屋台にも一応顔を出しておかないといけないからだ。若い衆は俺を見てタダで済まそうとしたけれど、俺はちゃんと支払った。その辺はちゃんとしておかないといけない事ぐらいは俺でも分かる。後はお好み焼きでも買い出して、仲間が集まる場所へ帰るだけだった。俺が何も言わないでいるの見て、女は笑う。
「やだ、私、忘れられてる?」
いや、マジで誰だっけ?そう思っていると女が不服そうに言う。
「マユカだよ、アンタの元カノ。」
名前を言われてやっと思い出した。
「あー!マユカか。」
思い出して改めて見る。マユカは俺が大工を始めた頃に出会って付き合っていた元カノだ。見た目派手で結構遊んでいた記憶がある。へそ出しの服を着て、胸を強調している。
「何か、慶一、良い男になってるじゃん。」
マユカはニタニタと笑う。
「うるせぇよ。」
不意にキョウコが気になった。キョウコはどこだ?
「何、買い出し?こんなにいっぱい買って、何すんの?」
マユカは俺の持っている袋を覗き込んでいる。
「あー、飲み会すんだよ、大工の仲間と。」
マユカが笑う。
「アンタ、まだ大工やってんだ?」
そう言われてムッとする。
「やってるに決まってんだろ。」
少し離れた所にキョウコが居た。キョウコはベビーカステラを買いに行っていた。手元にベビーカステラの袋を持っている。
「悪ぃけど、行くわ。」
俺はそう言って歩き出す。
「何、誘ってくんないんだ?」
マユカが俺の顔を覗き込む。
「何でお前、誘うんだよ。意味分かんねぇし。」
マユカが俺の腕を掴む。
「いいじゃーん、久々に会ったんだしさ。その大工の仲間?にも会わせてよ。」
俺は袋を持っているせいでマユカの手を振り払えない。
「触んなよ、面倒くせぇ。」
立ち止まってマユカに言う。
「あのさぁ、俺、女と来てんの。お前と居るとこ、見せたくねぇんだわ。」
マユカは笑って言う。
「何、何、そんなに大事にしてんだ?」
イラっとしてマユカに向き合った瞬間、マユカが俺にキスして来た。俺は驚いてマユカを押す。
「お前、何して…」
そこでハッとする。キョウコが居たであろう場所を見る。キョウコが俺とマユカを見ていた。マユカが俺に近付いて言う。
「何、あの人が慶一の女?」
あぁ、ダメだ。絶対、キョウコは泣く。そう思ったのに、キョウコは俺とマユカを見て、小さく会釈すると歩き出してしまう。
「キョウコ!」
俺は慌てて走り出そうとする。そんな俺の腕をマユカが掴む。
「何なんだよ!お前さっきから!」
マユカは不機嫌そうに言う。
「あんな品のあるお嬢さん、慶一には合わないよ。」
いい加減、腹が立つ。
「お前、いい加減にしろや。」
言いながらマユカを見る。マユカは少し驚いて手を離す。
「何、マジになってんの?」
マユカが苦笑いする。俺はそんなマユカを置いて走り出す。キョウコはどこだ?祭りの会場からは家が遠い。歩いて帰る訳無い。絶対に泣いてる。クソッ、両手が塞がっていてスマホも出せない。一旦、車まで行って荷物を置こう。そう思って車まで走る。車に荷物を載せて、当たりを見回した時、少し離れたところにキョウコが居た。
「キョウコ!」
キョウコはベビーカステラの袋を抱き締めて、立ちすくんでいる。駆け寄ってキョウコの腕を掴む。キョウコは俺を見上げてほんの少し微笑む。
「ここからお家まで遠いから、どうやって帰ったら良いのか分かんなくて…」
何で笑うんだよ、絶対、見てただろ。いたたまれなくて俺はキョウコを抱き締める。
「慶一さん…」
抱き締めるとキョウコが微かに震えているのが分かる。あぁ、我慢してるんだ、泣くのを我慢してる…。
「我慢なんかすんな、泣いて良い。」
言うとキョウコがしゃくり上げる。
「慶一、さん…ズルい…いつも、泣くなって、言うのに…」
キョウコを抱き締めて安心している自分が居た。
「アイツな、元カノなんだよ。」
キョウコを抱き締めたまま言う。
「もう何年も前に別れた女。名前も思い出せないぐらいの、浅い付き合いの女。」
キョウコの頭を撫でる。
「見てたよな?さっきの。」
不意打ちだったとしても、俺がキョウコ以外の女とキスしたんだと思うとやり切れない。
「慶一さん、からじゃ、無かった…」
泣きながらそう言ってくれるキョウコが愛おしい。
「俺が自分からキスすんのはお前だけ。」
そう言ってキョウコの顔を覗き込む。キョウコの顔を上げさせ、口付ける。俺のキョウコ。俺の可愛い女。
飲み会で皆とワイワイ飲む。夜が更ける。お開きにして片付けて、皆が帰って行く。台所で洗い物をしているキョウコを抱き締める。キョウコは水を止めて俺に身を委ねる。浴衣の合わせから手を入れてキョウコの胸を揉む。無理やり顔だけ振り向かせて口付ける。
風呂に入り、寝室の布団の上に寝転がる。
「そういや、キョウコ、誕生日いつ?」
聞くとキョウコは苦笑いする。
「正確には分からないんです…」
キョウコは俺に寄り添い言う。
「あー、俺と一緒か。」
言うとキョウコが俺を見上げる。
「俺も親に捨てられてっから、正確には分かんねぇんだよ。」
キョウコは少し微笑み言う。
「私は夏生まれらしいんですけど…」
そこで俺は笑う。キョウコが不思議そうに俺を見る。
「いや、俺も夏生まれらしいんだわ。」
俺はキョウコを抱き締めて言う。
「二人で決めちゃうか、誕生日。」
キョウコがクスクス笑う。
「そうだなぁ、8月20日にすっか。」
キョウコはクスクス笑いながら聞く。
「公的にはいつなんですか?」
聞かれて笑う。
「8月20日。」
キョウコは楽しそうに微笑む。
「キョウコは?」
聞くとキョウコが言う。
「私は8月25日って事になってます。」
俺は笑って言う。
「5日ぐらいズレても良いだろ、正確には分かんねぇんだし。」
キョウコは俺の胸板に頬擦りしながら言う。
「慶一さんと同じ誕生日…」
ふと疑問に思って聞く。
「次の誕生日でいくつ?」
キョウコは俺の胸板に口付けながら言う。
「23です。」
キョウコの唇を意識する。
「慶一さんは?」
聞かれてキョウコに覆い被さりながら言う。
「俺は25。」
キョウコに口付ける。