キョウコの元に戻る。アツシにボコられた東条はヒィヒィ泣いている。俺はキョウコを抱き寄せて言う。
「帰んぞ。」
キョウコを連れて歩き出す。皆が付いてくる。
「慶一さん、怪我、大丈夫ですか?」
キョウコが聞く。俺はキョウコに微笑む。
「大丈夫だ。心配すんな、俺は頑丈なんだ。」
倒れている人間を踏み越えて、屋敷を出る。門の前には黒塗りの高級車が数台停まっていた。先頭の車の後部座席の窓が開く。顔を出したのは山本の親父さんだった。
「親父。」
言うと親父が言う。
「乗れ。」
後部座席のドアを親父の側近が開ける。俺たちが乗り込むと親父が側近に言う。
「後始末して来い。」
俺とキョウコは親父と同じ車に乗る。
「全く…お前は何してんだ。」
親父が呆れて言う。
「知らねぇよ、向こうが喧嘩売って来たんだ。俺は売られた喧嘩買っただけだろ。」
言うと親父が笑う。
「まぁそれでこそ、俺の息子だな。」
親父は目を細めて俺を見る。
「それにしても…大分やられたな。」
俺は慌てて言う。
「不意打ち食らったんだよ。縛られてボコられたんだ、仕方ねぇだろ。」
親父が笑う。親父は笑うのを止めて俺をギロッと睨む。
「ちゃんとカタ付けて来たんだろうな?」
俺は笑う。
「まぁな、でも俺は親父じゃねぇから、タマはとってねぇよ。」
親父がまた笑う。
「俺ん家寄ってけ。」
親父が言う。
「やだよ。」
言うと親父が溜息をつく。
「柴田先生を呼んである。いくら頑丈でもちゃんと診て貰え。」
そしてキョウコを見て言う。
「惚れた女にそんな格好させとくな。俺ん家にある服、着せてやれ。」
はぁーと溜息をつく柴田先生。
「慶一くん…やっと前の傷が治ったとこだったのに…」
そう言われて俺は頭を下げる。
「すんません。」
柴田先生は俺の手当をしながら言う。
「他の人たちも手当しなきゃならん。」
俺は笑って言う。
「先生、懐温まりますね。」
先生が俺の頭をペシッと叩く。
「生意気言うんじゃない。」
俺は抗議する。
「痛ってぇ…俺、怪我人ッスよ?優しくしてくださいよ。」
柴田先生はわざと俺の傷を押す。
「ほら、もう良いだろう。しばらく喧嘩は禁止だぞ。」
先生が言う。
「了解。」
俺が立ち上がるとキョウコが来る。キョウコは深緑色の着物を着ている。俺も柴田先生も溜息をつく。キョウコは俺の元に来て俺に寄り添う。
「慶一さん。」
言われて俺はハッとする。
「ま、まぁまぁだな。」
言うと柴田先生が笑ってキョウコに言う。
「似合ってるって正直に言えば良いのにな。」
カッと顔が熱くなる。
「大丈夫です、分かってます。」
キョウコが俺にくっついて言う。
「ここに居ろ。」
親父が言う。
「やだね。」
俺がそう言うと親父がまた言う。
「ここに居ろ。」
俺がまた言う。
「やだね。」
そこでキョウコがクスクス笑う。俺はキョウコの頭を撫でる。
「…仕方ないな、じゃあ送らせる。」
家に戻ってしばらくはキョウコにゆっくり療養するように言われて、大人しく従った。仲間たちの怪我は大したことは無く、程なくして仕事に向かってくれた。キョウコは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、時には柴田先生も診察に来てくれた。東条家は親父の後始末によって、鳴りを潜めた。親父のとこの若い衆が出入りして、統括しているらしい。一週間程、療養した俺も柴田先生から太鼓判を押して貰い、現場仕事に戻った。
それからの日々は温かく、平和な日々だった。