一応キョウコには連絡を入れておく。親父さんと車に乗って家に帰る。
「似合ってるな、和服。」
言われて俺は自分の和服を見る。今朝、キョウコが着せてくれたものだ。
「キョウコのとこ、こういうのたくさんあるんですよ、俺、こういうの初めて着たんスけど、着慣れるとこっちの方が楽で。」
親父さんが笑う。
「そういう服着てると、カタギには見えないな。」
俺も笑う。
「俺もそう思います。」
キョウコは着替えてるかな、親父さん連れて行くって言ったからな、どんなの着てるかな。
「キョウコ。」
言うとキョウコがトタトタと走って来る。目の覚めるような真っ青の和服姿。俺の着ている和服と揃いだ。
「おかえりなさい。」
そう言うキョウコに惚れ惚れする。
「ほぅ、これはこれは。」
後ろで親父さんが感心する。俺はハッとしてキョウコに紹介する。
「あー、えーと、山本の親父さん。」
後ろで親父さんが俺の頭を引っ叩く。
「違うだろ。」
言われて俺は改めて言う。
「俺の親父。」
キョウコはクスクス笑ってお辞儀する。
「いつも慶一さんにはお世話になってます。」
親父さんが言う。
「玄関先での挨拶はもう良いだろ、慶一、中に入れてくれ。」
初めて慶一と呼ばれた事に驚きながら、俺は親父さんを中に入れる。
お茶を出してくれるキョウコに親父さんが土産を渡す。
「慶一にシュークリームとプリンが好きだと聞いてな。」
キョウコは微笑んで受け取る。
「ありがとうございます。」
キョウコが俺を見る。
「ん?」
聞くとキョウコが聞く。
「すぐにお出しした方が良いですか?」
すると親父さんが笑う。
「いや、良い。それは二人で食べなさい。」
キョウコが頬を染めて頷く。
「はい。」
何故か緊張する。
「もう身体の具合は良いのかい?」
親父さんがお茶を口にしながら聞く。
「はい、もうすっかり。慶一さんにたくさん甘やかして貰ったので。」
俺は慌てる。
「おま!言い方考えろよ!」
耳まで真っ赤だろうなと自分でも分かるくらい、顔が熱い。親父さんが笑う。
「そうか。それは良かった。」
「あれー?親父さんじゃないスか!」
そう言って庭から現れたのはマサトだ。マサトに続いてゾロゾロと仲間たちが現れる。
「お前ら、どこから入って来てんだよ。」
言うとマサトが言う。
「いや、何か入口に人が立ってたんで。」
俺は親父さんに頭を下げる。
「すんません、アイツら、」
親父さんが笑って言う。
「良いじゃないか、上がって貰え。」
キョウコが会釈して立ち上がる。親父さんから貰った袋を持って。仲間たちは縁側から家に上がり、それぞれ好きなように座る。
キョウコちゃん、それ何ー?
あー、道満堂のシュークリームじゃん!
プリンもある!
食べようぜぇ
慶一くんが慌てて言う。
「止めろ!それは親父がキョウコの為に買って来たんだから。」
その様子を見て思う。あぁ、良い仲間に出会えたんだなと。トコトコと女が戻って来る。クスクス笑っている。
「キョウコさん、と言ったかな。」
言うと女が俺を見る。
「はい。」
俺は仲間たちと戯れている慶一くんを見ながら聞く。
「アレと一緒に居るのは大変だろう?」
女は少し笑って言う。
「いえ。慶一さん、すごく優しいので。」
俺は目を細める。
「そうか。」
そこで一息ついて、言う。
「アイツは昔っから跳ねっ返りでな。ここいらでは悪ガキで有名だったんだ。警察の世話になった事も一度や二度じゃない。でも前科はついてない。俺が手を回したからな。」
女が微笑む。
「親の顔も知らず、アイツはいつも一人で生きて来た。誰にも頼らず、誰の手も取らず。アイツの心ん中には誰も入れなかった。」
女を見る。
「君が初めてだよ、俺の知る限りな。」
俺は女に向かい合う。
「慶一を頼む。」
頭を下げる。
「そんな、止めてください。」
女が言う。
「俺は今までアイツに目を掛けて来た。出来れば組を継いで欲しいとも思っていた。」
頭を上げて女を見る。
「だがな、この間の一件で俺は身に染みたんだよ。アイツはぶん殴りはしたが、誰も殺さなかった。痛め付けたが、命までは取らなかった。そこが俺との決定的な差だ。」
腕を組む。
「俺はヤクザだ。売られた喧嘩は買う。義理も通す。やられたら何倍にもしてやり返す。命のやり取りもする。でもアイツは違う。アイツは何十人ものチンピラを殴って倒して、君を救い出した。人数で言えば小さい組、一つ潰すくらいの事はやってる。だが誰も殺さなかった。俺なら一人や二人くらいは殺ってるだろう。」
慶一くんを見る。
「俺の居る世界は、時にはテメェの女よりも優先しなきゃいけない事がある。テメェの女を犠牲にしても組を立てなきゃいけない時もある。でもそれはアイツには無理だ。」
女を見る。
「君を犠牲には出来ないだろう。何よりも、テメェの命すら惜しくないと思う程に君に惚れ込んでいるんだからな。俺も長く生きているが、そんな女には出会えなかった。」
一つ、息をつく。
「これは一人の親として言う。慶一を、頼みます。」
頭を下げる。女は三指を付いて頭を下げる。
「私の方こそ、色々ありがとうございました。本来なら私の方からご挨拶に伺わなくてはいけないのに。」
女を見る。女は頭を下げたまま言う。
「私に何が出来るか分かりませんが、慶一さんのお傍に居たいと思っています。心を込めて努めて参ります。」
その姿を見て微笑む。なるほどな、と思う。慶一が惚れる訳だ。
「頭を上げてくれ、慶一に叱られる。」
言うと女が笑う。
皆が帰った後、キョウコと二人になる。
「美味いか?」
キョウコは親父から貰ったプリンを食べて幸せそうだ。
「美味しいです。」
シュークリームとプリンは死守した。親父が笑って仲間に買ってやるから食べるなと釘を刺してくれたのもある。
「慶一さんも、食べますか?」
キョウコが聞く。
「いや、良いよ。それよりも。」
俺はキョウコを抱き寄せる。
「俺はこっちのが食いたい。」
キョウコに口付ける。口の中にプリンの味が広がる。抱き寄せているキョウコの体の力が抜けていくのが分かる。