慶一くんは借りを作りたくないと言ったけれど、気になった私は山崎に圧力をかけておこうと思った。山崎の事務所に行く。
「これはこれは、山本の親分さん。」
平身低頭とはこの事だろうなと思う程に頭が低い。
「今日はどういった御用で?」
山崎はブクブクと太った醜い男だ。私腹を肥やすとは良く言ったものだ。
「いや、変な噂を耳にしてな。お前、渡瀬の土地に関心があるそうじゃないか。」
言うと山崎の顔色が変わる。
「まぁあの土地が欲しいのは分かる。だがな、あの土地には俺の可愛がってる跳ねっ返りが今、住んでるんだ。」
山崎はおずおずと聞く。
「跳ねっ返りと申しますと?」
俺は笑って言う。
「俺が特別、目を掛けた男だ。行く行くは後釜に座って貰おうと思っている。」
山崎を睨む。
「この意味、分かるよな?」
山崎はダラダラと汗をかいている。
「あの男が俺の後釜に座るとなると、あの土地は俺の組の別邸になる、という事だが。お前はそれでもあの土地、欲しいか?」
聞くと山崎は首をブンブン振って言う。
「滅相もございません!」
俺は笑って言う。
「そうか。なら安心だな。」
立ち上がって山崎をひと睨みする。
「二度は言わないぞ?手、出すなよ?」
俺は組の若い衆に言う。
「行くぞ。」
若い衆が付いてくる。
「祐希、あの渡瀬の土地はダメだ…」
親父が急に言う。
「何でだよ!」
言うと親父がガタガタ震えながら言う。
「あの土地は山本組の息が掛かっている。手を出したらタダでは済まん。」
山本組?この辺を仕切ってるいる大ヤクザの?
「今日、山本組の頭がわざわざ釘を刺しに来た。」
何で山本組が…。そこでハッとする。あの男だ。あの男が山本組と繋がりがあるんだ。
「あの土地も家も女も、手を出すなよ?いいな!」
俺は言い返す。
「でも!俺は!あの女が!」
そこまで言うと親父が俺を殴る。
「手を出すなと言ったんだ。山本組を怒らせたらここいらで不動産屋なんて出来ん。最悪の場合は埋められるぞ?」
何日も何日も考えた。でもやっぱり俺はあの女が欲しい。連れ去ってしまえば良い。連れ去って俺のものにしてしまえば。そしてあの女からあの男に別れるように、家を出て行くように言わせれば、万事解決じゃないかと思う。善は急げだ。
山崎の動きは全く無かった。あのドラ息子を追い返してから、何日も経っている。諦めたんだろうか。もしそうなら安心だ。
その日、俺は大工仕事で郊外にいた。キョウコは俺が事務仕事を教えてから、メキメキ仕事を覚えてくれて、事務仕事も捗っている。事務仕事をキョウコがやってくれるなら、俺は現場に集中出来る。キョウコも何か仕事を与えられて嬉しそうにしていたなぁとふと思う。役に立ちたいと言ってくれた。キョウコは居るだけで良いのに。
「マズイですよ、祐希さん…」
俺は部下にそう言われても引く気は無かった。
「良いから言う通りにしろ!」
不動産屋の部下と、いつも嫌がらせを頼んでいる町のチンピラたちを引き連れて、俺は渡瀬の家に向かっていた。その日はあの男が不在なのを事前に知っていた。居ないならやりやすい。渡瀬の家に着いて、男たちと共に渡瀬の家に土足で入る。
「女はどこだ!女を連れて来い!」
ドタドタと家中を歩き回り、女を見つける。女は抵抗した。けれど俺は構わず女を連れ去った。
事務所に連れて行く訳にもいかなかったが、ちょうど良く、事務所の最上階が空いていた。俺はそこに女を連れ込む。何も無い空きスペースに、ソファーだけ置いてある。そこに女を下ろさせる。あぁ、俺の欲しかったものだ…これで俺はこの女もあの家も土地も手に入れられる!そう思うとゾクゾクした。
家に帰る。今日は仕事道具と書類の件でダイスケも一緒だった。何かおかしいと思った。家に明かりがついてない。胸騒ぎがして俺は家に走り込む。玄関が開けっ放しになっている。廊下には土足で入った後も。
「キョウコ!どこだ!キョウコ!」
俺は狂ったように家中を探し回る。居ない、キョウコが居ない。
「慶一さん、これ。」
ダイスケが何かを俺に差し出す。それは家に侵入した誰かが落とした物。不動産屋のバッチだった。
「あの野郎…!」
俺は怒りでどうにかなりそうだった。キョウコが拐われた。間違い無い。
「慶一さん、俺も行きます。」
ダイスケが言う。俺は笑って言う。
「いや、お前は残れ。俺に万が一の事があったら、後はお前にしか頼めない。」
ダイスケの肩を叩く。
「後は頼む。」
俺はそう言って走り出す。キョウコ、待ってろ、今、助けに行くからな!
女は俺を恨めしそうに睨む。
「そんな顔するなよ、これから可愛がってやるから…」
女に覆い被さり、口付けようとした時、女に蹴り上げられる。激痛が走る。
「女のクセに生意気なんだよ!」
そう言って女を引っ叩く。ここに来てから女は口をきかない。声すら上げようともしない。引っ叩いても俺を睨み返す。俺の欲しい優しくか弱い女じゃない。俺は女に覆い被さり、その服を引き裂く。また女が俺を蹴り上げる。怒りに我を忘れて俺は女を殴る。
「生意気なんだよ!女のクセに!お前は!俺の言う事を!聞いていれば良いんだ!」
何発か殴ったお陰か、女がグッタリする。
山崎の事務所ビルに着く。事務所ビルの前には既に何人かチンピラが居る。俺は構わず通ろうとする。
「おい、待てや、兄ちゃん。」
そう言って肩を掴んで来る男。
「うるせぇな、どけ!」
払うと男たちが飛び掛かって来る。反撃する。階を上がるごとに人が配置されているようだった。構う事は無い。全部、ぶっ倒して行けばいい。
最上階の扉を蹴り開ける。そこには山崎のドラ息子と数人のチンピラ、そしてキョウコが居た。
「キョウコ!」
キョウコはソファーでグッタリしている。
「おま、何でここまで!」
ドラ息子が言う。数人のチンピラが飛び掛かって来る。俺はそれを全部殴り倒す。ゆっくり歩いてドラ息子に近付く。
「あのなぁ、俺を止めたいなら、拳銃でも持って来るんだな。」
山崎のドラ息子は腰が抜けている。俺はソイツの胸ぐらを掴んで殴り付ける。何発も何発も。
「慶、一さん…」
キョウコの声で我に返る。男を放り出してキョウコに駆け寄る。
「キョウコ!キョウコ!大丈夫か…」
キョウコは殴られたのか、口から血を流している。許さねぇ、殺してやる!そう思った時。
「慶、一さん…解いて…」
そう言われて俺はキョウコを縛っていた縄を解く。キョウコはふわっと俺に抱き着く。
「キョウコ…キョウコ、ごめん!俺が付いてたのに…!」
キョウコの腕から力が抜ける。俺はキョウコを抱き留める。
「キョウコ!キョウコ!」
キョウコを背負って走る。どこへ行けば良い?考えろ、考えろ、俺!一番近くだ!一番近いとこ…俺は無我夢中で走って走って。辿り着いたのは山本の親父さんのとこだった。
「慶一さん!」
若い衆が駆け寄って来る。俺は泣きながら言う。
「キョウコを、キョウコを…」
ドタドタとうるさい足音。
「頭!」
若い衆の一人が駆け込んで来る。
「何だ、どうした、騒がしい。」
言うと若い衆が言う。
「慶一さんが!」
そう言われて振り向く。その視線の先には血だらけの慶一くんと慶一くんが背負っている女。女はグッタリしている。その光景を見ただけで全てを理解する。
「中に運べ!柴田先生を呼ぶんだ!」
慶一くんに駆け寄る。
「慶一くん、大丈夫か。」
聞くと慶一くんはボロボロ泣きながら言う。
「キョウコを、キョウコを…」
こんなに泣く程、なのか、と思う。
「分かったから、その子を下ろしなさい。ちゃんと柴田先生に診せる。」