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第6話-不穏な影ー

翌朝、起き出して皆を叩き起こす。片付けをやらせて、それぞれ帰って行く。


じゃーまたー

また遊びに来まーす

次は手土産持って来まーす



皆が帰って一息つく。


「悪ぃな、うるさかっただろ。」


言うとキョウコが微笑む。


「いいえ、皆さん優しくて楽しそうで。また来てくれますかね。」


俺は少し笑う。


「楽しかった?」


聞くとキョウコは頷く。


「見た目はすごく怖かったですけど…」


そう言われて笑う。ちげぇねぇ。


「皆、ガタイが良いからな。俺みたいな刺青入ってる奴多いし。肉体労働だから体は頑丈だし、腕っ節も強ぇから喧嘩も強ぇし。」


キョウコが麦茶を注いでくれる。


「お仕事は慶一さんが仕切ってるんですか?」


聞かれて苦笑いする。


「あぁ、前の棟梁から仕事、引き継いでるからな。打ち合わせとかも俺がやる。俺、学がねぇから書類仕事苦手なんだけどさ、どうにかこうにか、な。」


キョウコは俺の隣に座って言う。


「お手伝い、出来るかもしれません。」


俺がキョウコを見るとキョウコはモジモジと言う。


「この家の相続だとか、家族、の事とか、雑務ずっとやって来たので…経理みたいな事とかも、全部、やって来てて…」


キョウコが顔を上げて俺を見る。


「だから慶一さんのお手伝い出来るかなって…もちろん覚えないといけない事もたくさんあると思うんですけど…」


俺は少し笑う。


「そっか、じゃあ頼む。」


キョウコの頭を撫でてやる。キョウコは嬉しそうに微笑む。麦茶を飲む。


「慶一さん、」


呼ばれてキョウコを見る。


「この家の事とか、知っておいて欲しいので、お話しても良いですか?」


そりゃそうだろうな、と思う。


「あぁ、良いよ。」



この家は代々、渡瀬家が継いで来た。ちょっと離れたとこに分家があって、ここが本家。キョウコの養父と養母が事故で死んだから、生き残ったキョウコが継いだ。結構な額の遺産もあるという。分家の奴らが遺産を渡せと騒いだらしいが、結局、それはどうにもならなかったらしい。今でも恨み言を言いに来る時もある。それから。


「この家の土地を欲しがってる不動産屋さんが居て…」


キョウコが不安そうに俯く。


「不動産屋?」


聞くとキョウコが言う。


「はい、山崎っていう不動産屋さんで、時折、ここに来てはこんな不便なところに住んで無いで、ここを売ってどこか別のところに住んだら良いって…お金はあるんだから、二束三文で良いだろう?って…」


不動産屋か。山崎って聞いた事あるな。


「今までは私一人だったので…追い帰せなくて…」


俺はキョウコを抱き寄せる。


「そっか、分かった。」


キョウコの頭を撫でる。


「もう大丈夫だ。そいつら来ても俺が追い帰してやる。」



大工仕事に精を出す。今日は家からちょっと離れた日本家屋の修繕依頼だ。梅雨が始まる前にと修繕を頼まれた。


「いや、慶一くん、悪いね、いつも。」


そう声をかけて来たのは、この家の親父さん。


「いや、こっちこそ。いつも頼んで貰って助かってます。」


出して貰ったお茶を飲む。


「そういや、山本さん、ちょっと聞きたいことあるんスけど。」


聞くと親父さんが聞く。


「何だい?」


俺はキョウコから聞いた名前を口にする。


「山崎っていう不動産屋なんですけど。」


そう言うと山本の親父さんの顔が曇る。


「山崎ね、あんまり良い噂は聞かないな、昔ながらの不動産屋で、今ではなかなか悪どいこともしてるって聞くよ。何かあったのかい?」


聞かれて俺は苦笑いする。


「まぁ。今、住んでる女の家がその山崎っていう不動産屋に土地を売れって言われてるらしくて。」


山本の親父さんが溜息をつく。


「そうか。でもまぁ、慶一くんが付いてるなら大丈夫だな。山崎のとこも良くは無いが所詮はカタギだ。やる事はたかが知れてる。」


そう言う山本の親父さんはカタギでは無い。昔から俺の事を可愛がってくれている、いわゆる本物のヤクザだ。


「何かあったら言いなさい、力になる。」


言われて笑う。


「親父さんに借りは作りたくねぇなぁ。」


山本の親父さんがふっと遠くを見る。


「俺にも慶一くんみたいな息子が居れば、な。」


俺は笑う。


「また組継げって話スか?」


山本の親父さんが俺を見る。


「慶一くんが首を縦に振るだけで良いんだがな。」


俺は笑って言う。


「俺みたいなハンパ者には無理ですよ、それに、親父さんとこにも若い衆は居るじゃないスか。」


親父さんが溜息をつく。


「アイツらじゃ話にならん。」


そこでひょこっとリョウタが顔を出す。


「俺、慶一さんが継ぐなら付いて行きますよ。」


俺は笑ってリョウタに言う。


「うるせぇよ、仕事しろ、仕事。」



山本の親父さんは俺がグレていた頃に出会って、俺の跳ねっ返りっぷりを気に入ってくれていた。だから大工をやるって決めた時も棟梁と話し合いになった。俺はヤクザになる気は無かった。気に入らないものをぶん殴っていただけだから。大工の仕事を始めてからは真面目に仕事した。その仕事ぶりを気に入っていつも山本の親父さんは家の修繕依頼をして来る。最初は法外な額の報酬を渡そうとして来た。俺が断わると謝礼金だの何だのと色々渡して来るようになった。実際、助かっている。大工と言えどヤクザの家の修繕なんてやりたがらないとこが多い。山本の親父さんは自分の息のかかったとこには全部俺を指名して仕事を依頼してくれる。有り難かった。何故こんなにも気に入られてるのか、全く分からなかった。腕っ節が強いからなのか、小さいけど工務店を切り盛りしているからなのか。別の何か、か。



「なぁ、親父、そろそろ良いだろ?」


聞くと親父が唸る。


「まぁなぁ、三回忌も済んだところだしなぁ。」


親父は土地に、俺は女に興味がある。


「挨拶くらいしなくちゃなぁ。」



その日、俺はちょっと帰りが遅くなった。キョウコにはその旨伝えてはあるけど。車を敷地内に入れようとするとそこには一台の高級車が停まっていた。ん?何だ、これ。誰か来てんのか。俺は脇に車を停めて、玄関を開ける。そこには如何にもボンボンです、という出で立ちの男が一人、キョウコの腕を掴んでいた。は?そう思った瞬間には体が動いていた。瞬時に男の腕を捻り上げる。


「テメェ、キョウコに何してんだよ!」


男は痛い、痛いと大声を上げる。


「っせぇなぁ!答えろ!!」


言うと男が半泣きで言う。


「不動産屋ですよ、ご挨拶に伺ったんです…」


ご挨拶?


「ご挨拶だぁ?じゃ何でキョウコの腕掴んでんだよ、ああ?」


男はしどろもどろになる。コイツを見た瞬間に分かった。コイツはきっとキョウコが好きなんだろう。土地の売買だのは口実で、コイツの目的はキョウコだ。俺はソイツの腕を捻り上げ、投げるように離して言う。


「失せろ!!!」


男は転がるように玄関を出て行く。


「キョウコ、大丈夫か?」


聞くとキョウコは俺の胸に飛び込んで来る。


「おっと…」


受け止めて抱き締める。


「何かされたのか?」


聞くとキョウコは首を振る。微かに震えているのを感じる。


「怖かったな。」



あんなにひ弱な男でもキョウコには脅威だ。俺なら片手で足りるけど。山崎か、ちょっと調べてみる必要がありそうだなと思う。



あんなチンピラが家に住んでるって?聞いてない。今までずっと一人だったじゃないか!これじゃあ無理矢理にでも押し掛けて足入れしようと思っても無理じゃないか!だから早めに手を下すべきだったんだ!後悔しても遅い。何か策を考えろ…アイツが居なきゃ抵抗なんて出来ないだろ…ヤッちまえばこっちのもんだ。



俺はそれからあちこちに話を聞いた。山本の親父さんは悪どい事をやっていると言っていたけど、噂にたがわず、昔ながらのやり方で土地を転がしてるみたいだった。嫌がらせをして、住めなくして、二束三文で買い取る。でもアイツらがやる嫌がらせなんて俺からしたら大した事は無かった。キョウコも元々、周りから距離を置かれているので、嫌がらせが効果を発揮していないようだった。不幸中の幸いか。今回は俺が追い出したからしばらくは大丈夫だろう。


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