これからどーすっかなーと考える。今住んでるアパートはすぐにでも引き払える。どうせボロアパートだ。
「慶一さん、お仕事、大丈夫ですか?」
キョウコが聞く。キョウコを見上げる。
「雨だと仕事になんないんだよ。元々今日は休みだし。たまに急ぎの仕事だと雨でもやる時はあるけどな。」
キョウコを見て思う。ここに転がり込むか。キョウコは俺の頭を撫でて幸せそうだ。
「なぁ、」
呼びかける。キョウコが俺を見る。
「俺、ここ、住んでやるよ。」
キョウコが驚く。俺は照れて横を向く。
「まーダメならそれで良いけど。」
キョウコを横目で見る。ポタッと落ちて来る滴。は?驚いて見ればキョウコが泣いている。俺は慌てて起き上がる。
「な!何で泣いてんだよ。」
キョウコはまるで小さい子供が泣くように手の甲で涙を拭いている。俺はそんなキョウコを抱き寄せる。
「だって、慶一さん、帰っちゃうなって…思って…寂しくて…我慢してたのに…ここに住んでくれるって…言うから…」
あぁ、そうか。安心したのか。一人じゃないって。
「約束しただろ、今日も明日も明後日もずっとお前の作った飯、食うって。買い物も付き合ってやんないといけないしな。」
キョウコがしゃくりあげる。
「バカだな、そんな泣くなよ…」
キョウコの頭を撫でてやる。こんなに泣き虫で今までどうやって生きて来たんだ。ってゆーか周りの男の目は節穴か?その時、ふと思い出す。あぁ、そうか。疫病神だって言われてんだっけ。この三年、一人で周りの冷たい仕打ちや視線に耐えて生きて来たんだよな。いや、もっとずっと前からか。そういうとこは俺と似てるな、と思う。
「…ったく。」
キョウコを膝に乗せて、抱き締めてやる。
「俺さ、親、居ねぇって言ったじゃん。」
キョウコの背中を撫でる。
「施設で育ってさ、喧嘩上等で毎日喧嘩してさ、中学ぐらいまではすげーグレてたんだけど。その頃にさ、今の大工の棟梁に拾われて大工始めたんだよ。大変だったけど大工楽しくてさ。仲間もたくさん出来たけど、いつも一人だった…何だかんだ言って、皆、家族居るしな。」
キョウコを抱き締めて言う。
「だからお前が一人で寂しいのも分かるよ。親の顔なんて知らねぇし、人から優しくされる事もあんま無かったし、どんなに頑張っても認めて貰えねぇ事も一度や二度じゃねぇし。何かって言うといつも親が居ねぇから、施設育ちだからって下に見られてさ。でもな。」
キョウコを見る。
「俺は自分の事を他人のせいにしたりしねぇ。どんなに不幸でもどんなに不運でも。かかって来いやって思ってる。そんなもん俺が全部ぶっ飛ばしてやる。だから。」
キョウコの涙を拭う。
「もう泣くな。一緒に居てやるから。俺も独り者、お前も独り者、お似合いじゃん。」
そう言いながら俺は思っていた。本当は違う。本当は俺がキョウコと一緒に居たいんだ。こんなに泣き虫で何でもすぐ我慢して、誰も居ないとこで一人で泣いてるキョウコを放っておけないんだ。全部俺と同じだから。小さい事で傷ついて、その傷が治る前にまた別の事で傷付いて…繰り返し、繰り返しで、でも痛みには慣れなくて。腕の中で泣いてるキョウコを大事に抱き締める。俺が守ってやんねぇと。いつか心が壊れて死んじまう。俺が守ってやんねぇと。
「あー?何?引越し?」
大工仕事の休憩中に仲間に話す。
「おぅ、女んとこにな。」
言うと仲間が驚く。
「はっ?お前、いつの間に女出来てんだよ。」
俺はニヤニヤ笑う。
「しかもデッケェ家に住んでんだせ?」
仲間がマジか!と言う。
「まぁ、何て言うの?玉の輿?」
冗談交じりにそう言う。仲間はマジかー!と笑う。
「マジな話さ、アイツ、放っておけねぇんだ。」
言うと仲間が笑うのを止める。
「泣き虫でさ、何でもすぐ我慢するし。放っておいたら壊れちまう…」
仲間が皆、しんみりする。
「ま、だから引越し手伝えよ、な?」
仲間がおぅ、任せとけ!と請け負ってくれる。
キョウコの住んでいる日本家屋はかなり大きかった。奥の寝室に使っている部屋の隣に俺の私物を入れる。庭に面している物置に俺の道具を置く。
「かー!ひれぇ…」
仲間が言う。
「所々、直さねぇといけないとこあるけどな。」
俺が言うと仲間が笑う。
「それは俺らの十八番っしょ。」
キョウコは俺の仲間たちを見て萎縮している。まぁ、普通怖いよなと思う。皆、ガタイが良くて、日に焼けて真っ黒で、柄も悪い。夏の日差しの下だからと皆、上半身裸だったり、タンクトップだったりする。それぞれ俺と同じような刺青がある。パッと見はヤクザだ。チンピラが日本家屋に住む、か。さながらヤクザの住処だなと笑える。
「っつーかさ、お前、玉の輿だって言ったけど、お前の方が稼いでるんじゃね?」
仲間が言う。まぁ、それはそうだ。一応これでも前の棟梁から仕事は引き継いでいる。書類仕事も多い。キョウコが麦茶を入れてくれる。
「お、サンキュ。」
そう言って麦茶を飲む。仲間がワラワラ集まって来て麦茶を飲む。
「あー、左からアツシ、ダイスケ、リョウタ、マサト、ハルキ、オサム、サトル。」
キョウコに紹介する。キョウコは俺の背中に少し隠れる。それぞれがウッスとかよろしくッスとか挨拶する。
「あーんで、コイツがキョウコ。」
皆に紹介する。
「いやーマジ、美人じゃないっスか!」
リョウタが言う。キョウコが俺のTシャツを掴む。怖いのか。一気に人に囲まれて人見知りしてるんだ。
「ほら、お前ら、散れ散れ、キョウコが怖がってるだろ。」
皆が笑う。
その日の夜は宴会になってしまった。引越し祝いと言ってダイスケが日本酒を持って来たからだ。台所で食う物を作ってくれてるキョウコに言う。
「悪ぃな。」
キョウコはふわっと笑う。
「大丈夫です、みんな賑やかで、楽しいです。」
キョウコが作ってくれた料理を運ぶ。
「オラ!お前ら餌だぞ、餌。」
言うと皆が笑う。餌って何だよーと言いながら。
皆が酔っ払って、雑魚寝し始める。皿を集めて台所に持って行く。
「…慶一さんの事、よろしくお願いします。」
そんな声で立ち止まる。この声はダイスケだ。
「慶一さん、あんな見た目ですけど、すげー優しい良い人なんです、俺らの事拾ってくれて、大工の仕事教えてくれて、失敗しても笑って許してくれて…影で人一倍努力してて…俺、慶一さんとは付き合い長いですけど、あんなに幸せそうな顔してるの初めて見て…キョウコさんの事、すげー好きなんだと思うんです…慶一さんには幸せになって欲しいんです、だから、よろしくお願いします。」
それを聞いて笑う。バカだな、アイツ。
「あの、私の方こそ、慶一さんに頼ってばっかりで…まだ慶一さんの事何にも知らないけど、でも…私、慶一さんが好きです…言葉は乱暴でぶっきらぼうだけど、優しくて…」
そこでキョウコがしゃくりあげる。あぁ、キョウコ泣かしたな、そう思って笑う。覗くとダイスケはあわあわしている。
「あの、キョウコさん、その、泣かないで貰えますか…俺が怒られるんで…」
思わず吹き出す。ダイスケが振り返る。
「慶一さん!いつからそこに…!」
俺は笑って皿を持って台所に入る。皿をシンクに置いて、泣いているキョウコの頭を撫でる。顔を真っ赤にしているダイスケに笑いながら言う。
「キョウコは泣き虫だからな、あんまキョウコの泣き虫舐めんなよ?」
そしてキョウコを抱き締める。
「泣くな、大丈夫、ぜんぶ分かってっから。」
背後で失礼しますと言ってダイスケが台所を出て行く。俺はキョウコを抱き締めて深く呼吸する。俺もこの家と一緒だ。キョウコが居ないと呼吸すら出来ない。
「キョウコ。」
呼ぶとキョウコが俺を見上げる。俺は少し笑って口付ける。