体を離して体を投げ出す。あぁタバコ吸いてぇ。そう思い、体を起こしてタバコを取り出し火をつける。キョウコは息を切らしてまだビクビクと体を震わせている。そんなキョウコの頭を撫でる。キョウコが体を横にして自分の手を顔の下に入れて俺を見る。ポロッと涙が落ちるのを見て驚く。
「は?何泣いてんの?」
聞くとキョウコは少し微笑んで言う。
「何でもない…」
俺は灰皿にタバコを押し付けて火を消し、キョウコの腕を引っ張り上げ、抱き締める。
「泣くなよ。」
キョウコは俺に寄り掛かり、俺の腹に手を回す。またポロッと涙が落ちる。
「だから、何で泣くんだよ。」
キョウコの頭を撫でる。
「服、乾いたら慶一さん、帰っちゃうから…」
ギュッと胸を掴まれた気がした。あぁ、そうか。抱くだけ抱いといて、俺、何にも言ってねぇ。
「か、買い物!付き合ってやるって言っただろ。」
キョウコを抱き締める。いや、俺、何言ってんだよ、違うだろ、ちゃんと言え、俺!キョウコの顔を上げさせて言う。
「お前、俺の事、好きだろ。」
いや、俺!何言ってんだよ!キョウコは俺を見てまた涙を流す。俺はその涙に触れて言う。
「安心しろ、ちゃんとお前の事、好きだから。明日も明後日もその先もずっとお前の作る飯、食うから。だから泣くな。」
キョウコが俺に抱き着く。
「一緒に居てくれるの…?」
キョウコが泣く。胸が熱くなる。泣かないでくれ、頼む。キョウコを抱き締める。
「居るよ、居てやるから、泣くな。お前に泣かれるとどうしたらいいか分かんなくなる。」
キョウコは泣きながら言う。
「慶一さん、好き…」
俺はキョウコの頭を撫でて言う。
「俺も好きだよ、キョウコ。」
布団のある部屋に来る。布団を一組敷いて、二組目を敷こうとするキョウコに言う。
「布団、一つで良いだろ。」
俺は布団の上に寝転がり、キョウコに手を差し出す。
「来いよ。」
キョウコは少し嬉しそうに俺の所へ来て、俺の隣に横になる。雨が降っているせいで少し寒い。俺はキョウコを抱き寄せて腕枕してやる。
「あったかい…」
キョウコが呟く。
俺はキョウコを腕に抱いたまま、思っていた。何でキョウコはこんなに寂しそうなんだ?俺以外にもキョウコに興味を持つ奴なんて、今までたくさん居ただろ…。
「なぁキョウコ。」
キョウコは俺の腕の中で俺を見上げる。
「お前、俺で良いのかよ。」
言うとキョウコは少し驚く。俺は笑って言う。
「驚く事じゃねぇだろ。こんなどこの馬の骨か分かんねぇ奴、怖くねぇの?」
キョウコは俺の浴衣の中に手を差し込んで、直に俺の肌に触れて言う。
「怖くないです、慶一さん、すごく優しいから…」
俺はそう言われて焦る。
「な、優しくなんてねぇだろ、お前の事、押し倒したんだぞ?」
キョウコはクスクスと笑う。
「笑い事じゃねえだろ!」
言うとキョウコは俺に寄り添い言う。
「慶一さん、私に傘、渡してくれたから。自分はずぶ濡れなのに。」
そう言われて俺は恥ずかしくなる。
「だって、お前、すぐ風邪ひいちまいそうだったから…」
キョウコは俺の胸板に頬を乗せたまま言う。
「私、養子なんです。」
は?養子?
「この家の人間と血が繋がってなくて。養子に迎えられたのもこの家の使用人として、です。」
キョウコの肩を抱く。
「この家の誰からも家族として扱われてませんでした…部屋もこの家の一番奥の物置みたいな部屋で…それでも身寄りの無い私は生活させて貰える場所があるだけ、無いよりはマシだと思って生きて来たんです…だから親戚の方たちも近所の人たちも私の事は余所者扱いで…」
キョウコを見る。キョウコはポロポロと涙を零している。
「私が養子に来てから、この家には不幸な事が続いたんです。ホンの些細な事でも全て私のせいだと言われて…だから私と関わると慶一さんも、」
そこまで言われて俺はキョウコに覆い被さる。
「そんな事ねぇよ!絶対無い!」
キョウコは俺を見て泣いている。
「もし俺に不幸?良くない事?起こるなら受けて立ってやる。そんなもん、蹴散らしてやる。今までだってそうして来たんだ。」
キョウコの頬を撫でる。
「お前にそんな事言う奴、俺がぶっ飛ばしてやる。てめぇの不幸を他人のせいにすんなやって蹴っ飛ばしてやる。」
目頭が熱くなる。
「だから、泣くな…泣かないでくれ…」
キョウコが少し笑う。
「慶一さん、泣いてる…」
俺は涙を拭って言う。
「泣いてねぇ!」
キョウコを抱き締める。あぁ、あったけぇ。俺たちは似た者同士だったんだ。人から疎まれて、なのに人を求めて、温もりが欲しくて、愛して欲しくて、カラカラに乾いて…。俺がキョウコに惹かれたのはそんなキョウコの何かを感じたからなんだ…。
キョウコは建前上、良いとこのお嬢さんだ。そりゃ使用人として養子に迎えるなんて、体裁が悪いもんなと思う。キョウコはここ三年、ずっと一人でこの家を維持して来たんだろう。良く手入れされていた。職業柄、家の事は目に付く。それでも傷んでいる所はある。そんなもの、俺が直せば良い。俺はキョウコを腕に抱きながらこの閑散とした家で一人で過ごして来たであろうキョウコを思った。良い思い出なんか無いだろう。俺が想像するよりもずっと酷い目に遭ってきたかもしれない。体に傷は無い。だから体に傷を付けられるような仕打ちは受けていないと思った。スヤスヤと腕の中で眠るキョウコを見て俺は思う。守ってやんねぇと。
翌朝、目が覚めるとキョウコは居なかった。その代わりに味噌汁の良い匂いと魚の焼ける匂いがする。天井を見ながら、あー、家が呼吸してる…と思う。起き上がってリビングに行く。外はしとしとと雨がまだ降っている。リビングにはテーブルの上に灰皿、俺のタバコ、ライター、スマホ、財布。あ、スマホ見んの忘れてたわ、そう思って座ってスマホを見る。仲間からのメッセージが何件か、全部俺が通話に来ないからどうしたー?という連絡だ。そういう日もあんだろと笑いながらタバコに火をつける。キョウコがトタトタとリビングに入って来る。
「おはようございます。」
キョウコが微笑む。
「ん、オス…」
何だか気恥ずかしい。
「朝ごはん、持って来ますね。」
キョウコは何だか嬉しそうだ。良いとこのお嬢さんか。飯作れて、部屋の掃除も行き届いてて、全部キョウコがやってるんだから、大したもんだ。良いとこのお嬢さんなら無理だろうなと笑う。
飯を食うと、キョウコが俺の服を持って来る。きちんと畳んであった。
「あぁ、サンキュ。」
そう言って服に手を伸ばす。不意に昨日のキョウコの涙を思い出す。服を着ながら何だか不思議な気持ちだった。たった一晩、浴衣を着ただけなのに、服を着るとゴワゴワした。ドスンと座って言う。
「連絡先。」
それだけ言うとキョウコが昨日の真っ黒なカバンからスマホを出す。連絡先を交換して、言う。
「俺、今日休みだから。」
キョウコがキョトンとしている。スマホを見るフリして言う。
「外暑いし、ここでゴロゴロする。外、雨だし。」
ゴロッと横になる。キョウコが立ち上がり、縁側の窓を開ける。サーッと涼しい風が吹き抜ける。服、あちーな。脱ぎてぇ。起き上がって俺は言う。
「あのさ、服、あちーから、その、浴衣?持って来いよ。」
キョウコは微笑んで頷く。
「はい。」
昨日着たものとは色合いが違った。昨日のは紺色、今日のは鶯色。キョウコが着せてくれる。キョウコのは薄い青地に紫陽花が咲いていた。ゴロッと横になる。キョウコが俺の頭の近くに座って俺が脱ぎ捨てた服を畳んでいる。俺は欠伸をして背伸びをし、伸ばした手でキョウコの足を引っ張り、膝に頭を乗せる。キョウコが俺の頭を撫でる。昨日までの生活が信じられなかった。えーと、普段なら何してたっけ?暇を持て余して仲間に連絡入れて、ゲームをやるか、集まるか。今はキョウコに膝枕して貰って、それだけなのにすげー満足感だった。