叔父さんがビールもワインも、それに、僕のために低アルコールの缶チューハイも用意してくれた。大丈夫だとは思うけれど、ワインを飲んで倒れてしまったことがあるので、慎重に少しずつ飲んだ。
フルーツ味のチューハイは、いつかのワイン以上にジュースみたいだけれど、ゴクゴク飲んではいけないと自分に言い聞かせる。あまりお酒が強くない彼と、母ももっぱら缶チューハイを飲んでいる。
叔父さんと父が、日本酒を飲みながら最近の政治情勢などを話す横で、彼と母が和やかに話しているのがなんだか不思議だ。僕は、料理をつまみながら、みんなの話に耳を傾ける。
「これも、すごくおいしい。ホントに料理がお上手ねえ」
「ありがとうございます」
「カフェを開くんですもの、当たり前よね」
二人して、楽しそうに笑う。
「お母さんも、是非一度いらしてください」
「もちろん行かせていただくわ。そうね、開店してすぐは何かと大変でしょうから、少し落ち着いてからのほうがいいわね」
「そうしていただけるとうれしいです」
「仁くんの叔母様たちもいらっしゃるんでしょう?」
「そう言っています。それに従妹も」
母が、ちらりと僕を見た。
「晴臣も、叔母様たちにご挨拶に行ったのよね?」
「うん……」
彼が微笑む。
「僕たちのことは、すべて話しましたし、叔母たちもわかってくれています。晴臣くんと一緒の僕は、とても幸せそうだって言ってくれました」
うわ、なんだか恥ずかしい。うつむく僕に、母が言った。
「よかったわね」
「うん……」
こういうの、やっぱり苦手だ。
その夜、二人の部屋で。
「ああ、今日は楽しかったな」
彼が風呂上りに、タオルで髪を拭きながら言う。
「お父さん、ずいぶん酔っぱらってた」
久しぶりに叔父さんと盛り上がって飲み過ぎたようで、べろべろになっていた。叔父さんは泊まって行けばいいと言ったのだけれど、母がそこまで迷惑をかけるわけにはいかないと言い、叔父さんが呼んだタクシーで連れて帰った。
「でも、楽しそうだったね。叔父さんとお父さん、仲がいいんだね」
「うん。全然性格違うし、年も離れているのに」
「だからかえっていいのかもしれないね」
「そうかもね」
「お母さんも、素敵な人だね」
「そう?」
「たくさん話せて、すごく楽しかったし、当たり前だけど、晴臣くんのことを愛しているんだなあと改めて思ったよ」
「そうかな……」
「そうだよ。それで、余計に君のことを大切にしようって思った」
「あ……」
彼の手が、そっと僕の頬に触れる。
翌朝、目覚まし時計のアラームで目覚めると、体が重く、頭がズキズキする。もちろん(?)、二日酔いではないけれど、昨日から少し体がだるかったのだ。
「おはよう、晴臣くん」
彼の声は、今日も爽やかだけれど、僕は声が出ないし、頭が痛くて顔を上げられない。うずくまったままでいると、彼が言った。
「晴臣くん、どうかした?」
僕は、なんとか声をしぼり出す。
「頭痛い……」
「えっ、風邪かな」
彼の手が額に触れる。
「あれ、ちょっと熱いかも。ちょっと待ってて」
彼は起き上がると、部屋を出て行った。
やがて彼が戻って来て言った。
「熱を計ってみよう」
なんとか寝返りを打ってあお向けになると、彼がパジャマの襟元を広げて体温計を差し入れてくれた。
「もしも熱があるようなら病院に行こう」
「え……寝てれば治るよ」
「でも、年末年始で病院が休みになるから、ひどくなったら困るよ。それに……」
朝からスッキリとしてきれいな顔を見ていると、彼が言った。
「オープンの日は万全の体調で迎えてほしいし」
そうだ、カフェを開店するまであとわずかなのだ。ついに彼の夢が実現する日に、僕がケチをつけるわけにはいかない。
「わかった。ごめん……」
彼は微笑む。
「謝ることないよ。きっと病院の薬はよく効くから、すぐに治るさ」
熱は37度を超えていた。叔父さんがタクシーを呼んでくれ、僕は彼に付き添われて病院に行った。
薬を飲んで部屋に戻り、パジャマに着替えていると、彼が後から入って来た。
「ゆっくり休んで」
「ありがとう。あのさ」
「うん?」
僕は、パジャマのボタンを留めながら言う。
「夜寝るときは、ベッドを離して」
「え?」
今は二つのベッドをぴったりくっつけて並べてある。
「仁さんにうつったら困るから」
「大丈夫だよ」
「でも……。もしも仁さんにうつしたら、悔やんでも悔やみきれないよ」
彼はふふっと笑った。
「大げさだな。でも、君がそう言うならそうするよ」
「それから、空気感染したらいけないから、窓を開けて換気もして」
「でも、それじゃ君が寒いだろ? 体によくないよ」
「大丈夫。その間、しっかり布団をかけているから」
「生真面目だなあ、晴臣くんは。そんなに気にしなくてもいいのに」
「だって、絶対仁さんにうつしたくないもん」
彼は微笑む。
「ありがとう。言う通りにするから、ほら、ベッドに入って」
「うん」
年末の忙しいときに寝込むことになってしまった。いつにも増して、掃除にも力を入れようと思っていたのに。
落ち込む僕を、彼も叔父さんも優しくなぐさめてくれた。まずは風邪を治すことが大事だと。
彼と、すでに会社が休みに入っている叔父さんは、僕がするはずだった大掃除をしつつ、おせち料理の材料の買い出しに行くという。申し訳ないのと情けないのとで、ベッドで少しだけ泣いてしまった。
僕から掃除を取ったら、このマンションに住んでいられる資格がない。ほかになんの取柄もないのに……。
そうしながら、去年の秋に初めて彼の部屋を訪れたときのことを思い出した。あのときも、僕は風邪を引いて体調を崩して、ベッドでめそめそ泣いたっけ……。
ベッドの中でうとうとしながら、今までのことを思い返す。
孤独でつまらなかった毎日が、彼に出会ってガラリと変わった。あんな素敵な人と恋人同士になって、今では同じ部屋で寝起きするようになって、年明けからは、彼の長年の夢だったカフェをお手伝いするのだ。
このマンションに住み始めて、見晴らしのいい窓から見る空の写真のSNSを始めなければ、彼と出会うこともなかった。それは行き場のない僕にアルバイトを提案してくれた叔父さんのおかげにほかならない。
すぐにめそめそしたり、大事なときに風邪を引いて寝込むような情けない僕なのに、みんな優しくしてくれる。お母さんも真子さんたちも。
僕って、なんて幸せ者なんだろう……。
物音に目を開けると、彼が部屋に入って来たところだ。手に小さな土鍋を載せたトレーを持っている。
「いい匂い」
「お粥を作ったんだよ。食べられそう?」
「うん」
さっきは食欲がなくて、薬を飲む前にココアを作ってもらって飲んだのだった。僕は、ベッドの上で起き上がる。
彼は、ベッドサイドにトレーを置いて、土鍋から茶碗にお粥をよそいながら言う。
「具合はどう?」
「頭痛は少しよくなったみたい」
「よかった。でも、無理しないで」
「ありがとう。こんなときにごめん」
「気にしなくていいって」
「でも、掃除までしてもらって」