彼は何かと忙しいので、SNSは、僕が主に運営することになっているのだ。アカウントを登録して、プロフィールも作ってあるけれど、実際に投稿するのはこれからだ。
「12月から始めるんだよね。うまくできるかな……」
「真子たちのアドバイス通りにやれば大丈夫だよ」
「うん……」
「晴臣くん」
彼が、僕のほっぺたをぷにぷにと触る。
「今からもう緊張してるの?」
「うん」
彼が笑った。
「君は真面目だからな。でも、緊張するのは悪いことじゃないと思うよ。
初めは多少ギクシャクしても、一つ一つ丁寧にこなして行けば、じきに慣れるさ」
「仁さんは緊張してないの?」
彼が眉を上げる。
「僕だってしてるさ。だけどそれは、ワクワクが半分の楽しい緊張かな。
だって、ずっと夢だったカフェをこんなに早く開くことが出来て、しかも君の写真を飾った素敵な店舗で、君と一緒にやるんだからワクワクしないはずがないだろ?」
「そうか……」
「そうだよ。だから、緊張も二人で一緒に楽しもう」
「うん、わかった」
僕は単純なのかもしれないけれど、そう言われて、少しだけ気が楽になったみたいだ。そうか、緊張も楽しめばいいのか。
SNSは真子さんたちのアドバイスに従って、1ヶ月前からカウントダウン投稿を始めた。真子さんたちが拡散してくれて、徐々にフォロワーが増えて行った。
恥ずかしかったけれど、ときどき僕たちの写真も載せた。意外にも「いいね」がたくさん付いて、それは、以前僕のSNSの空写真に付いたよりもずっと多かった。
そうこうしているうちに、あっという間に12月も後半にさしかかった。
店内は、もういつ開店してもいいくらいに整っている。壁にはいくつかの、二人で選んだ、僕が撮った空の写真のパネルが飾られ、店内の雰囲気に合わせた素朴で温かみのある木目のテーブルと椅子が並ぶ。
クリスマスイブの今日は、そのテーブルの一つに、去年彼が買ってくれた、お気に入りのツリー型のライトを飾った。二人きりのイブを過ごすためだ。
ちなみに、去年、彼の部屋に飾ったツリーは、今はマンションの二人の部屋に飾ってある。
明日、叔父さんとマンションでクリスマスパーティーをするので、今日はシンプルに、彼がクリームシチューとレモンメレンゲパイを作ってくれた。どちらもニュアージュ(雲)の雰囲気に合わせて、カフェのメニューに入れる予定だ。
ほかにも、ホワイトチョコとバニラアイスの「ニュアージュパフェ」や、レジには雲をイメージしたメレンゲクッキーを置くことも決まっている。
テーブルの向かい側に座った彼が、店内を見回しながら、しみじみと言った。
「ついにここまで来たんだなあ」
「うん」
「君の写真、やっぱりすごくいいね。そのほかも、全部イメージ通りだ」
「よかった」
彼が、僕の顔を見て微笑む。
「何より、こうして今、君と向かい合っていることがとてもうれしいよ」
「あ……僕も」
「これから忙しくなると思うけど、どうぞよろしく」
「こちらこそ。仁さんに迷惑かけないようにがんばります」
にっこり笑ってから、彼が言った。
「そうだ。食事の前に、まずはクリスマスプレゼントを渡そうかな」
「あっ、うん。僕も」
「わあ……!」
彼がプレゼントしてくれたのは、美しい宇宙の写真集だ。
「前に、一緒に砂田正彦の小説を読んだだろう?」
それは、僕がケガをして実家に帰っていたとき、近くまで会いに来てくれた彼と本屋に行って、二人そろって買って読んだSF小説だ。その後、感想を言い合ったことも、とても楽しかった。
「あれ、すごく面白かったし、あの世界が好きなら、こういうのもいいかなあと思って」
「どうもありがとう。これ、大好き。すごくきれい」
「よかった」
彼が微笑む。いつまででも、ずっと見ていられそうだけれど、
「あっ、じゃあ、僕もプレゼント」
僕は、写真集をそっと閉じて脇に置いてから、小箱を取り出して差し出す。
「へえ、なんだろ」
彼が手のひらに載せた箱を見つめる。気に入ってくれるといいのだけれど……。
「かわいい!」
それは、金属で出来た銀色のテディベアのキーホルダーだ。
「あのね、お店の鍵に付けてもらえたらうれしいなあと思って」
「いいね。かわいいしお洒落だし、重さも、持った感じもちょうどいい。
これから長く使うのにぴったりだよ。晴臣くん、ありがとう」
よかった……。ほっとしていると、彼がふと顔を上げて言った。
「そう言えば、今年はまだ晴臣くんのくまさんを見ていないな」
「え?」
「去年、テディベアの部屋着を買っただろう?」
「ああ」
「あれを着た晴臣くんが見たいな。今夜あたりどう?」
「え……」
「部屋の中だけならいいだろう?」
「……うん」
あの部屋着は、着た後、いつも彼の手ですぐに脱がされて……。その後の展開を思い出し、頬が熱くなる。
叔父さんが主催して、豪華な料理やケーキを用意してくれたクリスマスパーティーはとても楽しかったけれど、イベントはそれだけではなかった。さらに叔父さんは、僕の両親を招待しての忘年会まで企画してくれたのだ。
新年早々カフェがオープンするので、年末年始はいつものように実家に帰ってゆっくりしている時間は取れそうにない。どうしようかと思っていたから、とてもありがたい。
叔父さんは、本当に優しくて気が利く素敵な人だ。しかも、とても気前がいい。
彼が、叔父さんの勧めで予定よりも早くカフェを開くことになり、まだ貯金額が少ないことを気にかけてくれているようで、なるべくお金を使わずに済むように何かと計らってくれるのだ。
いくら給料のいい一流企業に勤めているとは言え、なかなか出来ることではないと思う。
彼と両親と一緒に過ごすのは少し照れくさいし、いつものように父が無神経なことを言わなければいいと思ったりもするけれど、きっとそういうときも、叔父さんがうまくとりなしてくれるだろう。
その日、両親は、緊張の面持ちでやって来た。
「今日はお招きいただいて、どうもありがとう」
そう言って微笑んだ母は、きれいにお化粧をしておしゃれしている。父は、叔父さんに日本酒の一升瓶を差し出した。
「大吟醸だぞ」
「悪いね。気を遣わなくていいのに」
「いくら俺でも、招かれて手ぶらで来るほど図々しくないぞ」
「ちょっとお父さん」
たしなめる母と肩をすくめる父を見て、叔父さんは苦笑している。
「日本酒は大好物だよ。仁くんはどう?」
そう言って、彼を振り返る。叔父さんや母の彼の呼び方は、いつしか「笹垣さん」から「仁くん」に変わった。
「僕は、あまり強くないですけど、日本酒の味は好きです」
そして彼は、両親に向かって言った。
「今日は僕も何品か料理を作りましたので、よかったら召し上がってください」
「まあ。それじゃあこんなの、恥ずかしいわね」
そう言って、母がタッパーを取り出した。
「これ、キンピラと煮物なんですけど」
すると彼が、ちらりと僕を見ながら微笑んだ。
「晴臣くんがいつも言っています。お母さんのキンピラが大好きだって」
「まあ……」
叔父さんも言う。
「晴臣くん、さがみ屋でも、いつもキンピラ頼むよね」
「はい」
叔父さんが説明する。
「すぐそこにある和食屋で、安くておいしいんです。今度お義姉さんたちも一緒に行きましょう」
「まあ……」
母が、僕を見てうれしそうに微笑んだ。それを見た僕もうれしい。