「だけど、晴臣くんといると、とても心が安らぐし、ポジティブになれるんだよ。彼がいてくれれば、どんなことでも出来そうな気がしている。
カフェの経営は大変なこともあると思うけど、彼と一緒なら、苦労だって楽しめると思うんだ」
叔父さんが、うなずきながら言った。
「そういうふうに思えるなら、間違いないね」
ああ、ダメだ。泣いてしまう……。
必死に涙をこらえる僕に、叔母さんが追い打ちをかける。
「最初にあなたの顔を見たとき、すぐにわかったわ。仁くん、とても幸せそうだもの」
ついに涙腺が決壊し、僕は唇を震わせながら涙を拭う。真子さんが言った。
「晴臣くん、よかったね」
「あ……」
何か言いたいけれど、言葉にならない。真子さんが叔母さんたちに向かって言う。
「晴臣くん、かわいいでしょう? 仁兄ちゃんが癒される気持ち、わかるなあ」
「そんな……」
彼が初めから堂々と僕を紹介してくれたことも、今の話の内容も、叔母さんたちが初めから僕を受け入れてくれていることも、すべてがうれしくて、涙が止まらない。
初対面の人たちの前でこんなに泣いてしまうなんて、恥ずかしい。こぼれる涙を拭っていると、彼が、僕の肩に手を置いて言った。
「晴臣くんの涙は、だいたいいつもうれし涙なんだ」
真子さんが尋ねる。
「ケンカしたときは? 晴臣くん、泣かないの?」
「そう言えば、ケンカってほとんどしたことないかなあ」
「うわー、ラブラブ」
「まあね」
僕以外の人は、みんな笑っている。
「ああ、きれいな部屋だね」
彼が、今夜泊まるホテルの部屋を見回している。
「仁さん」
「うん?」
振り向いた彼に、僕は抱きついた。彼が、包み込むように抱きしめてくれる。
僕は、彼の肩に頬を寄せて言う。
「今日は緊張したけど、すごくうれしかった」
「叔母さんたち、いい人だろ?」
「うん、とっても」
「叔母さんたちがいたから、グレもせず、たいして辛い思いもせずに育って来られたんだ。今日のことも、多分叔母さんが母親に報告してくれると思う」
「お母さん、がっかりしないかな」
「うん?」
「僕のこと」
彼は優しく言う。
「がっかりなんかしないだろ。それはまあ、意外に思うかもしれないけど、叔母さんがちゃんと話してくれるさ」
「そうか……」
「今日は一緒に来てくれてありがとう。僕も、すごくうれしかったよ」
「泣いちゃって恥ずかしかったけど」
「大丈夫だよ。君の人柄はちゃんと伝わったんじゃないかな」
「そうかな」
「そうだよ」
「晴臣くん」
彼の言葉に顔を上げると、きれいな顔が近づいて来て、そっとキスしてくれた。本当の本当に、僕たちは、この先もずっとずっと一緒に生きて行くのだ。
うれしい……。
翌日、僕たちは、彼が生まれ育った、今はほかの人が住んでいるマンション、彼が通った小学校や中学校、放課後に遊んだ運動公園などを巡った。彼が友達とよく行ったという駄菓子屋の跡地は、今はコンビニになっていた。
この道を、ランドセルを背負った彼が歩いたのか、ここで友達と遊んでいたのかと思うと、なんだか胸がいっぱいになる。
道路を挟んでコンビニの向かい側にたたずみながら、僕は言った。
「子供の頃の仁さんを見てみたいな。きっと小さい頃からイケメンだったんだろうね」
彼が笑う。
「そんなこともないと思うけど、今度アルバム見る?」
「ホント? 見たい見たい!」
「じゃあ晴臣くんのも見せてよ」
「ああ、うん。いいよ」
ちょっと恥ずかしいけれど、彼にならば子供の頃の自分を見てもらいたい気もする。
「へえ、楽しみだなあ」
「僕も」
やがて11月になり、彼の誕生日がやって来た。
「いらっしゃい」
チャイムを鳴らすと、彼が笑顔で迎えてくれた。ドアを開けるなり、おいしそうな匂いが漂って来る。
「いい匂い!」
靴を脱いで部屋に上がる僕に、彼が尋ねる。
「なんだかわかる?」
「ええと、この匂いは……ビーフシチューとか?」
彼が目を見開く。
「すごい、よくわかったね」
「えへへ。実ははっきりとはわからなかったけど、煮込み料理かなあと思って、だったらビーフシチューかなって」
「すごい推理力だね」
「そんなことないけど」
「誕生日にビーフシチューは地味な気もしたけど、じっくり煮込んで作って、晴臣くんに食べてほしかったんだ」
「うれしい、すごく楽しみ。それからこれ」
まずはケーキの箱を差し出す。去年の彼の誕生日にも注文したお店で、特別なケーキを作ってもらったのだ。
「後のお楽しみに取っておいたほうがいいのかもしれないけど、早く見てもらいたくて」
「ありがとう。それじゃ、さっそく見せてもらうよ」
彼は受け取った箱をうやうやしくキッチンカウンターの上に置く。
「わあ……」
箱からケーキを取り出した彼は、そのままじっと見つめている。
「……どうかな」
彼が、ケーキから目を離さないまま言った。
「すごい。素敵過ぎて、手が震える」
それは、空を模したホールケーキだ。淡いブルーに色付けしたクリームをまとったスポンジの上に、雲を表したふわふわのホイップクリームが絞ってあり、銀色のアラザンがセンス良く散りばめられている。
中央に、額縁のような意匠の「Happy Birthday Jinnosuke」のホワイトチョコのプレート。担当のパティシエと何度も打ち合わせをして作ってもらったものだ。
「気に入ってもらえた?」
「もちろんだよ」
彼が、感激したようにこちらを見ながら言った。
「こんなに素敵なケーキ見たことないよ。晴臣くんの空の写真をそのままケーキにしたみたいだ」
「仁さん鋭い。実は、ケーキ屋さんに僕の写真を見せてイメージを伝えたんだよ」
「そうなんだ……。すごくうれしい」
「よかった」
彼が喜んでくれて、僕もすごくうれしい。
「じゃあ、ついでと言ってはなんだけど、これも渡しちゃおうかな」
「うん?」
僕は、包みを差し出しながら言う。
「誕生日のプレゼントだよ。仁さん、28歳のお誕生日おめでとう」
「わあ、空尽くしだね」
彼が、箱から取り出したシャツを胸に当てる。
「わかった?」
「もちろんだよ」
それは、空色と白のブロックチェックのネルのシャツだ。
「僕、前から仁さんにはこういう色合いが似合うと思っていたし、白い部分の柔らかく起毛した風合いが、ふわふわの雲みたいだなあって」
「この色、僕も大好きだよ。そう言えば、去年もらった部屋着も、白とブルーのボーダーだね」
「ああ、そうだね」
「ありがとう、すごくうれしい。大切に着るよ」
「うん」
シャツを、入っていた箱の上に置いて、不意に彼が、ひしと僕を抱きしめた。そして、そのままの姿勢で言う。
「僕がどれだけ感激しているか、晴臣くんにわかってもらえるかな……。君を好きになって本当によかった。
君はいつだってかわいくていい子だけど、こんなに心のこもった素敵なプレゼントをくれて。僕のために一生懸命考えて用意してくれたんだと思うと、うれしくてたまらないよ……」
彼の言葉に、胸が熱くなる。
「僕も、すごくうれしい。去年に続いて、今年も仁さんのお誕生日を一緒に祝えるなんて。
仁さんのことが大好きだし、僕を恋人にしてくれたことも、僕の写真を気に入ってくれたことも、それをカフェに飾ってくれることも、何もかもが全部全部うれしくて、その気持ちをプレゼント込めたんだよ。
仁さんが喜んでくれて、最高に幸せ」
彼は腕をほどいて、切なげな表情で僕を見る。そして、むさぼるようにキスをして……。