新幹線を降りて改札を抜けると、笑顔の真子さんと彼氏が待っていた。
「仁兄ちゃん、晴臣くーん!」
手を振る真子さんの横に立っているのは、スポーツマンタイプの爽やかな青年だ。
「こちら、淀川健壱くんでーす」
「どうも、淀川です」
ぺこりと頭を下げる健壱さんに、真子さんが言う。
「従兄の仁兄ちゃんと、恋人の晴臣くんだよ」
「初めまして、笹垣仁之助です。真子がお世話になっています」
笑顔で挨拶する彼の横で、僕も頭を下げる。
「日下部晴臣です」
健壱さんが、僕たちを等分に見ながら言った。
「お噂はかねがね伺っています」
「噂?」
彼に問いかけられた真子さんが答える。
「私の自慢の従兄のお兄ちゃんと、とってもかわいいその恋人だよって。二人の素敵な関係を見て、私も勇気を出して健壱くんに告白する気になったんだからっていつも言ってるの」
うわ、なんだか恥ずかしい。思わずうつむいた僕の横で、彼は泰然と微笑んでいる。
健壱さんが言った。
「俺も真子のこと、いいなって思っていたけど、告白する勇気がなかったから、お兄さんたちにも真子にも感謝してます」
その横で、真子さんはにこにこしながら言った。
「えへへ。それじゃ、行こうか」
健壱さんの車で、叔母さんの家まで乗せて行ってくれることになっているのだ。彼が健壱さんに言った。
「お世話になります」
僕もぺこりと頭を下げる。みんな当たり前のような顔をしていて、照れくさがっているのは僕だけみたいだ。
駐車場に停めてあった車の助手席に真子さんが、僕たちは後部座席に乗り込んだ。発車させながら、健壱さんが言う。
「お二人は、カフェを開くそうですね」
彼が答える。
「はい。来年の初めに開店する予定です」
真子さんが言った。
「すっごく楽しみ。健壱くん、開店したら一緒に行こうね」
バックミラー越しに微笑みながら、健壱さんが言った。
「宣伝は、どんな感じでするんですか?」
僕と彼は、顔を見合わせる。
「今のところは、まだ考えていないですけど」
今はまだ、ようやくメニューを検討し始めたところなのだ。
「だったら、SNSはやったほうがいいですよ。お店専用のアカウントを作って」
「はあ……」
「あれ? お二人はSNSで知り合ったって聞きましたけど」
「そうだよね」
真子さんが、後ろを振り返りながら言った。彼が苦笑しながら答える。
「そうなんですけど、今は、特に僕のほうはずっと放置したままで」
僕も、たまに思い出して投稿するくらいで、フォロワーも、ずっと横ばい状態だ。すると、真子さんが言った。
「だったら健壱くんに宣伝してもらえばいいよ。健壱くん、ちょっとしたインフルエンサーだから」
「いや、そこまでじゃないよ」
「でも、もうすぐフォロワー1万人になるんでしょ?」
「それは、こまめに投稿したりフォローしたり、いろんな人に絡みに行ったりしいてるからだよ」
「でも、もしも二人がカフェのアカウントを作ったら、私たちそれぞれフォローするし、宣伝もどんどんするよね」
「もちろん」
僕と彼は、再び顔を見合わせる。彼がつぶやいた。
「できるかな……」
僕も、あまり自信はないけれど。健壱さんが言う。
「料理の宣伝のほかに、お店のコンセプトの、空の写真を載せるのもいいんじゃないですか? それに、このビジュアルだったら、お二人の写真もバンバン載せたほうがいいですよ」
え……? 真子さんが、パンと手を叩いた。
「ホント、それいいかも。二人目当ての女性客が押し寄せるよ」
「そんな、まさか」
再びつぶやいた彼に、真子さんが言う。
「イケメン店長とかわいい系の店員がいるお洒落なカフェ。まずはそれで集客して、料理の味でリピーターを増やす。
これ、いいんじゃない?」
「だね。繁盛間違いなし」
二人は盛り上がっているけれど、彼がイケメンなのはともかく、僕は別にかわいくは……。
戸惑い、無口になった僕たちをよそに、前の二人は話を続ける。
「ねえ、カフェに行ったら、そこで私たちもたくさん写真撮って投稿しよう」
「おっ、いいね」
「仁兄ちゃんの料理、めっちゃおいしいよ」
「へえ、楽しみだな」
そうこうしているうちに、車は住宅街に入り、やがて一軒の家の前で停まった。彼が僕を見て微笑む。
「着いたよ」
にわかに心臓がドキドキし始める。僕たちとともに、真子さんも車を降りた。
「あれ? これからデートなんじゃないの?」
彼の言葉に、真子さんが答える。
「大事な席だもん。私も同席するよ」
開けたウィンドウから健壱さんが言った。
「俺、これからバイトなんで」
彼が言う。
「そうなんですか? お忙しいところ、わざわざすいませんでした」
「いえいえ、ここ、ちょうど通り道ですし」
「ありがとうございました」
彼の言葉に、僕も続く。
「ありがとうございました」
「健壱くん、じゃあまたね」
真子さんが手を振り、笑顔で答えながら、健壱さんは発車した。
玄関に向かいながら、彼が真子さんに言う。
「なんだか悪かったね」
「いいのいいの、健壱くんのこと、二人に見てもらいたかったし」
「いい人じゃないか」
「でしょ? SNSのことも、いろいろ手伝ってくれると思うよ。
彼、そういうのが得意なの。だから遠慮しないでね」
叔母さん夫婦は、笑顔で迎えてくれた。真子さんは母親似だ。
和室に通され、叔母さんと真子さんがお茶の用意をしている間に、叔父さんが話しかけてくれる。
「今日はこっちに泊まるの?」
彼が答える。
「うん。一泊して、久しぶりに育った街を歩いて見ようかと思っているんだ」
「それはいいね。あそこの駅は、改修してきれいになったみたいだよ」
「へえ、そうなんだ」
叔父さんと彼の話しぶりは、親しげでいい雰囲気だ。
みんなが揃うと、彼が居住まいを正し、僕の背中に手を添えて言った。
「日下部晴臣くんだよ。真子から聞いていると思うけど、僕の大切な人で、これから一緒にカフェをやって行く予定です」
い、いきなり「大切な人」とは……!
「あっ、日下部晴臣です。よろしくお願いします」
僕は慌てて頭を下げる。みんなが注目しているのかと思うと、顔を上げることができない。
真子さんが言った。
「春に東京に言ったとき、一緒に遊んだって言ったでしょう? 晴臣くん、すっごくいい子なの」
叔母さんが言う。
「その節は、真子がお世話になりました」
「いえ、そんな。あのときは、とっても楽しかったです」
「さあ、まずはお茶にしよう」
叔父さんに言われ、みんなは湯呑に手を伸ばす。湯呑を持つ手が震えて、僕は慌ててもう片方の手を添える。
座卓の角をはさんで座った真子さんが、僕に微笑みかけた。
「このレモンクリーム大福、おいしいんだよ」
叔母さんが、優しい目で彼を見ながら言った。
「仁くん、よかったわね。人生を共にしようと思える人と巡り会えて」
「ありがとう。叔父さんも叔母さんも、僕が同性を好きになったことに驚いていると思うけど、実は僕自身もちょっと驚いているんだ」
え……? 思わず横を見ると、彼は穏やかに話し始めた。