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第49話 カレーライス

 その日、待ち合わせた僕たちは、スーパーに向かった。カレーの材料を買うためだ。


 カートを押しながら、彼が言う。


「カレーに入れる肉は、晴臣くんは何派?」


「あー、僕はなんでも好きだけど、お母さんが作るのは鶏肉が多いかな」


「モモ肉?」


「そう。仁さんは?」


「僕もなんでも好きだけど、普段作るときは豚肉かな。豚小間をザクザク切って入れると、すぐ火が通るから」


「へえ、そうなんだ」


 僕は感心する。料理をする人は、火の通りなども考えて食材を選ぶのか。


「今日はなんの肉にする?」


 僕は、彼の質問に即答する。


「今日のカレーは、全部仁さんのやりかたで作りたい」


 彼が微笑んだ。


「そう。じゃあ、肉は豚小間にするとして、ほかに入れるものはどうする?」


「ほかに入れるもの?」


「うん、オーソドックスなジャガイモとニンジンとタマネギのカレーにするか、ちょっと目先の変わった野菜を入れるか」


「たとえば?」


「爽やか系だったら、トマトとかズッキーニとかナス、エスニック風だったら、モロヘイヤと豆とか、ほかにもジャガイモの代わりにカボチャを入れると、甘くて優しい味になるよ」


「へえ、すごいね。全部作ったことあるの?」


 彼、あははと笑う。


「まあね。ルウもスパイスにもこだわって一から作ってみたりもしたけど、結局は市販のルウに落ち着いた」


「そうなの?」


「あれは誰でも簡単においしいカレーが作れるようになっている優れものだよ。使わない手はない」


「あー、なるほどね」


 母が作るのは、いつも市販のルウを使ったカレーだけれど、たしかにいつ食べてもおいしい。


「じゃあ、今日はとりあえず、基本のカレーを作ろうか」


「うん!」




 いつもは、久しぶりに部屋で二人きりになると、ひとしきりイチャイチャしたり、ときには、もっと先まで進んだりするのだけれど、今日は二人とも料理モードだ。


 すぐにキッチンで手を洗って作業に入る。


「じゃあ、まずは野菜を洗って皮をむこう」


「はい」


「まずはニンジン。ピーラーを使って、こんなふうに」


 彼のお手本を見た後、僕はニンジンとピーラーを手に取り、慎重に皮をむいていく。


「そうそう、ゆっくりでいいからね」



 彼に教えてもらいながら、皮をむき、野菜を切った。換気扇を回していても、タマネギを切るときは涙がぽろぽろ出たけれど、彼がキッチンペーパーで優しく拭ってくれた。


 そんなふうにして、彼の指導のもと、無事にカレーが出来上がった。特別に難しいことがあったわけではないけれど、初めて自分でカレーを作ったことがとてもうれしい。




 出来たカレーを皿に盛りつけていると、彼がスマホを取り出して言った。


「記念に写真を撮っておこう」


「え?」


「晴臣くんが初めて作ったカレーだからね」


「なんだか恥ずかしいな」


「何言ってるの。すごくよくできたし、盛りつけ方もいいよ」


 ごく普通に、ご飯の横にカレーをよそっただけだけれど。だが、早くも写真を撮りながら彼は言う。


「ほら、晴臣くんも撮りなよ」


「あ……じゃあ、せっかくだから」


 初めて彼に教えてもらいながら作ったカレーだし。



 隠し味にウスターソースを入れたカレーは、ほどよい甘みと酸味があって、とてもおいしかった。食べながら、彼が聞いた。


「おいしくできたね。作ってみて、どう?」


「仁さんが丁寧に教えてくれたからだけど、初めて自分でちゃんと作ったし、すごくおいしくて、なんて言うの?……あっ、達成感! 


 今まで仁さんが作るのをそばで見て、出来たものを食べるのもすごく楽しかったけど、自分で作ると、また別の楽しさがあるっていうか」


 僕は達成感と満足感でいっぱいだ。彼が優しく言う。


「そうなんだ。そんなふうに思ってもらえてうれしいな」


「えへへ。また今度、違う料理も教えてほしいな」


「もちろんだよ。晴臣くんが料理を好きになってくれたならよかった」


「うん、すごく好き。……仁さんも」


 どさくさに紛れて言うと、彼はとろけるように微笑んだ。


「君はホントにかわいいね」


 そう言う彼も、たまらなく魅力的だ。ああ、こんなにも優しくてセクシーで素敵な人が、僕の恋人だなんて……。




 デザートに彼が、今日はオレンジ味のクリームソーダを作ってくれた。バニラアイスには、たっぷりのオレンジソースがかかっている。


「あー、おいしい。お腹いっぱいなのに、このアイスだったらいくらでも食べられちゃいそう」


 ソーダもさることながら、オレンジソースとバニラアイスのハーモニーがたまらない。アイスを一口たべて、ソーダを一口飲んで、アイスを一口……無限ループだ。


 そんな僕を見ながら、彼が言う。


「この頃、将来開くカフェについて、いろいろ考えるんだ」


 僕は、スプーンを持つ手を止めて彼を見る。


「店内に君の写真を飾ることに決めているだろ?」


「うん」


「僕は君が撮った空の写真が大好きだから、装飾もメニューも、それに合わせたものにしたいと思ってさ」


「えっ、どういうこと?」


「君の写真の特徴は、雲が主役っていうところだよね」


「うん……」


 たしかに、僕は雲が大好きで、空というより、雲の造詣に魅せられて写真を撮っているところがある。


「だから、食器は白くて丸みがあって、雲をイメージしたものにしたらいいんじゃないかとか、メニューも、雲をイメージした、メレンゲやエスプーマを使ったものとか、クリームやホワイトチョコを使ったふわふわで白いスイーツとか」


「すごい……素敵」


 僕の写真に合わせて考えてくれていることもとてもうれしいし、彼のセンスやアイディアに感激した。さらに彼は言う。


「少し前に、たまたまネットで調べたら、雲はフランス語で『ニュアージュ』っていうんだ。きれいな響きだと思わない?」


「思う! 柔らかい感じがするし、すごくきれいだね」


「それで、店名にするのはどうかなと思って」


「『カフェ・ニュアージュ』。あ……いいよ、すごくいいよ」


 感激し過ぎたせいか、なぜか涙がこみ上げる。彼は微笑む。


「ちょっと前まで、カフェを開くのは、まだまだ遠い先のことだと思っていた。でも、君と出会って、君と一緒にやりたいと思うようになって、それからどんどん夢が具体的になって行ったんだよ」


「うれしい……」


 泣くところではないのにと思いながら、結局、僕は泣いてしまう。


「全部晴臣くんのおかげだよ、ありがとう」


「そんな……僕のほうこそ、仁さんの夢に加えてもらって、どんなにうれしいか」


 声を震わせて泣く僕に、彼がティッシュの箱を差し出してくれた。我ながら、なんでこんなところで大泣きしているのかと思うが、やっぱり、すごく幸せだ。




 食事の後片付けをした後、僕たちはベッドで横になった。淫らなことをするためではない。


 まあ、してもいいのだけれど(え?)、料理をして、食べて、お腹いっぱいになって、僕は眠くなってしまった。思わずあくびをした僕を見て、彼が少し休もうと言ってくれたのだ。


 彼は、後片付けを引き受けるから先に寝ていいと言ってくれたのだけれど、それは拒んだ。家に帰るまでが遠足、後片付けをするまでが料理だと思ったから。

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