食事を始めながら、彼が話す。
「まだ何年も先になると思いますけど、そのときは、晴臣くんにも一緒にやってもらいたいと思っていまして」
叔父さんが、目を見開いて僕を見た。
「そこまで具体的な話になっているんだね」
「はい……」
少し照れくさくなって、僕は目を伏せる。叔父さんは、くるくるとフォークにパスタを絡めながら言う。
「目標があるのは素敵なことだと思うし、二人の将来のこともちゃんと考えているって知って、僕もうれしいよ。晴臣くんは、たった一人のかわいい甥っ子だから、幸せになってほしいしね」
「あ……」
なんだか鼻の奥がツンとしてしまう。彼が静かに言った。
「晴臣くんとの将来のこと、真剣に考えています。彼のご両親が知ったら、きっとショックを受けるんじゃないかと思いますけど、僕としては、この先もずっと、彼と一緒に生きて行きたいんです」
ああ、もうダメだ。涙がこみ上げて、パスタが喉を通らない。フォークを置いて涙を拭う僕を見ながら、叔父さんは微笑む。
「まあね、息子の恋人が同性だと知れば、両親が驚くのは普通のことだと思うけど、そういう話になったときには、僕も全面的にバックアップするよ。
でも、どうなの? 今すぐ挨拶に行くって決めてるわけでもないんだろう?」
彼が答える。
「そうですね。なかなかきっかけがないということもありますけど、カフェを開く目途がついたときには、ご両親に挨拶に行くつもりでいます」
「そうか……」
つぶやいてから、叔父さんは僕に言った。
「よかったね、こんな素敵な人と出会えて」
胸がいっぱいで、僕は黙ってうなずくことしかできない。
「おっと、食事を続けよう。ほら、僕の作ったカルパッチョも食べてみてよ」
今まで、僕はずっと、いつもかすかな不安を胸の奥に抱きながら過ごして来た。彼のことが大好きだし、彼も僕のことを大切にしてくれるけれど、いつかこの幸せな夢が醒めてしまうときが来るのではないかと。
ある日突然、彼は僕のもとを去り、僕はまた一人ぼっちになってしまうのではないか。幸せを知る前ならばまだしも、彼との愛の日々を過ごした後でそうなってしまったら、その後の人生を、いったいどうやって生きて行けばいいのか、いや、もう生きて行けないのではないかと。
でも、そんなことはもう考えなくていいのかもしれない。彼は臆することなく二人の将来について叔父さんに語り、叔父さんも、それを受け入れ、祝福してくれている。
もちろん、両親に認めてもらうことは難しいかもしれないけれど、それでもこうして応援してくれる人もでき、僕は一生、彼と生きて行くのだ。
ようやく気持ちが落ち着き、僕は食事を再開した。
彼が食後のデザートをトレーに載せて運んで来た。僕はトレーをのぞき込む。
「アイスクリーム?」
「アフォガードだよ。エスプレッソじゃなくて、濃いめのレギュラーコーヒーだけど」
「へえ、こんなの初めて」
それは、バニラアイスに、温かいコーヒーをかけて食べるイタリアのデザートで、叔父さんの好物だという。ガラスの器に、スプーンで掬ったアイスクリームが盛りつけられていて、ピッチャーに入ったコーヒーが添えてある。
「おっ、いいねえ」
叔父さんが揉み手をする。すっかり元気になった僕は、アイスクリームにコーヒーをかけながら言った。
「仁さん、アイスクリームディッシャーを持っているんだよね」
「へえ、まあるく掬えるやつ? 本格的だねえ」
「はい。どうしてもほしくなって、ネットで買ってしまいました」
「カフェでも役立ちそうじゃない」
「おいしい!」
コーヒーをかけたアイスクリームを口に入れて思わず声を上げると、二人が笑った。なんて幸せな午後だろう……。
「ああ、料理もデザートも、とてもおいしかった。それに、君たちの話を聞いて、僕も幸せな気持ちになったよ」
そう言って、叔父さんは満足そうに微笑んだ。彼が言う。
「こちらこそ、僕たちのことを認めていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。こんな話を打ち明けたのは、今回が初めてなんです」
仁さんも、叔父さんを信用して、すっかり心を開いているのだ。僕も隣でうなずく。
「へえ、僕が君たちの夢を聞いた第一号? それは光栄だな。
そう言えば、うちの会社は食器や料理用具なんかも輸入しているんだ。まだ気が早いかもしれないけど、カフェを開くときには、僕も何か協力させてもらえるかもしれないよ」
「そうなんですか?」
彼の目が輝く。
「その国ならではのデザインのものもいろいろあるし、せっかく夢を形にするんだから、コンセプトに合わせて、食器の一つ一つにまでこだわって選ぶのもいいんじゃない?」
「ああ、本当にそうですね。なんだかわくわくしてきました」
そう言う彼の言葉に、僕もわくわくドキドキしてきた。カフェをやるのは、まだまだ遠い未来のことだと思っていたのに、急に現実味を帯びてきた感じだ。
「さて」
叔父さんが、テーブルに手をついて立ち上がった。
「ちゃちゃっと後片付けしてしまおう。そうしたら、僕は部屋で昼寝するから、後は二人で好きに過ごしてよ」
三人ですると、後片付けはあっという間に終わった。昨夜と同じように、叔父さんはさっさと部屋に引き上げて行った。
僕たちに気を遣ってくれているのだ。彼が言った。
「これからどうしようか」
「そうだなあ……」
「散歩がてら、街をぶらぶらする?」
「うん、それがいい」
今夜は、彼は自分の部屋に帰るので、荷物を持ってマンションを出た。僕たちは、駅へ向かう道を歩きながら話す。
「昨日、マンションを訪ねるときは、内心緊張していたんだ。でも、本当によかった。
叔父さんといろいろ話せたこともそうだし、一緒に過ごして、すごく楽しかったよ。本当に素敵な人だね」
「うん。叔父さんのおかげで、今の僕があると思っている。
僕を救ってくれたし、あのマンションで暮らしていなければ、空の写真を撮ろうなんて思わなかっただろうし。そうじゃなかったら、仁さんとも出会えなかったから」
僕たちは微笑み合う。
「そう言えば、もうすぐ出会って一年だね」
「そうだね。長いようで、あっという間だった気がするなあ」
彼が言った。
「一周年の記念に、何かしようか」
「ホント? うれしい」
「何かしたいことはある?」
「ええと……あっ、一周年の記念にってわけじゃないけど、前から思っていたことがあるんだ。あのね、僕も少しは料理ができるようになりたいなあって。
そしたら、カフェをやるときも、少しは仁さんの役に立てるかもしれないし。もちろんお客さんに出す料理は仁さんが作るだろうけど、野菜を刻むとか、ちょっと炒めるとか、そういうお手伝いができたらなって」
「へえ、そうなの」
彼の言葉に顔を上げると、優しい微笑みでこちらを見ている。
「そんな風に考えてくれているなんて、うれしいな」
「えへへ」
「じゃあ、次の週末は、僕の部屋で一緒に料理をしようか」
「ホント?」
「うん。晴臣くん、料理したことはあるの?」
「小学校の調理実習でやったことはあるよ。カレーだったかな」
「じゃあ、カレーを作ろうか」
「うん!」