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第48話 彼と生きて行く

 食事を始めながら、彼が話す。


「まだ何年も先になると思いますけど、そのときは、晴臣くんにも一緒にやってもらいたいと思っていまして」


 叔父さんが、目を見開いて僕を見た。


「そこまで具体的な話になっているんだね」


「はい……」


 少し照れくさくなって、僕は目を伏せる。叔父さんは、くるくるとフォークにパスタを絡めながら言う。


「目標があるのは素敵なことだと思うし、二人の将来のこともちゃんと考えているって知って、僕もうれしいよ。晴臣くんは、たった一人のかわいい甥っ子だから、幸せになってほしいしね」


「あ……」


 なんだか鼻の奥がツンとしてしまう。彼が静かに言った。


「晴臣くんとの将来のこと、真剣に考えています。彼のご両親が知ったら、きっとショックを受けるんじゃないかと思いますけど、僕としては、この先もずっと、彼と一緒に生きて行きたいんです」


 ああ、もうダメだ。涙がこみ上げて、パスタが喉を通らない。フォークを置いて涙を拭う僕を見ながら、叔父さんは微笑む。


「まあね、息子の恋人が同性だと知れば、両親が驚くのは普通のことだと思うけど、そういう話になったときには、僕も全面的にバックアップするよ。


 でも、どうなの? 今すぐ挨拶に行くって決めてるわけでもないんだろう?」


 彼が答える。


「そうですね。なかなかきっかけがないということもありますけど、カフェを開く目途がついたときには、ご両親に挨拶に行くつもりでいます」


「そうか……」


 つぶやいてから、叔父さんは僕に言った。


「よかったね、こんな素敵な人と出会えて」


 胸がいっぱいで、僕は黙ってうなずくことしかできない。


「おっと、食事を続けよう。ほら、僕の作ったカルパッチョも食べてみてよ」



 今まで、僕はずっと、いつもかすかな不安を胸の奥に抱きながら過ごして来た。彼のことが大好きだし、彼も僕のことを大切にしてくれるけれど、いつかこの幸せな夢が醒めてしまうときが来るのではないかと。


 ある日突然、彼は僕のもとを去り、僕はまた一人ぼっちになってしまうのではないか。幸せを知る前ならばまだしも、彼との愛の日々を過ごした後でそうなってしまったら、その後の人生を、いったいどうやって生きて行けばいいのか、いや、もう生きて行けないのではないかと。


 でも、そんなことはもう考えなくていいのかもしれない。彼は臆することなく二人の将来について叔父さんに語り、叔父さんも、それを受け入れ、祝福してくれている。


 もちろん、両親に認めてもらうことは難しいかもしれないけれど、それでもこうして応援してくれる人もでき、僕は一生、彼と生きて行くのだ。



 ようやく気持ちが落ち着き、僕は食事を再開した。




 彼が食後のデザートをトレーに載せて運んで来た。僕はトレーをのぞき込む。


「アイスクリーム?」


「アフォガードだよ。エスプレッソじゃなくて、濃いめのレギュラーコーヒーだけど」


「へえ、こんなの初めて」


 それは、バニラアイスに、温かいコーヒーをかけて食べるイタリアのデザートで、叔父さんの好物だという。ガラスの器に、スプーンで掬ったアイスクリームが盛りつけられていて、ピッチャーに入ったコーヒーが添えてある。


「おっ、いいねえ」


 叔父さんが揉み手をする。すっかり元気になった僕は、アイスクリームにコーヒーをかけながら言った。


「仁さん、アイスクリームディッシャーを持っているんだよね」


「へえ、まあるく掬えるやつ? 本格的だねえ」


「はい。どうしてもほしくなって、ネットで買ってしまいました」


「カフェでも役立ちそうじゃない」


「おいしい!」


 コーヒーをかけたアイスクリームを口に入れて思わず声を上げると、二人が笑った。なんて幸せな午後だろう……。




「ああ、料理もデザートも、とてもおいしかった。それに、君たちの話を聞いて、僕も幸せな気持ちになったよ」


 そう言って、叔父さんは満足そうに微笑んだ。彼が言う。


「こちらこそ、僕たちのことを認めていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。こんな話を打ち明けたのは、今回が初めてなんです」


 仁さんも、叔父さんを信用して、すっかり心を開いているのだ。僕も隣でうなずく。


「へえ、僕が君たちの夢を聞いた第一号? それは光栄だな。


 そう言えば、うちの会社は食器や料理用具なんかも輸入しているんだ。まだ気が早いかもしれないけど、カフェを開くときには、僕も何か協力させてもらえるかもしれないよ」


「そうなんですか?」


 彼の目が輝く。


「その国ならではのデザインのものもいろいろあるし、せっかく夢を形にするんだから、コンセプトに合わせて、食器の一つ一つにまでこだわって選ぶのもいいんじゃない?」


「ああ、本当にそうですね。なんだかわくわくしてきました」


 そう言う彼の言葉に、僕もわくわくドキドキしてきた。カフェをやるのは、まだまだ遠い未来のことだと思っていたのに、急に現実味を帯びてきた感じだ。



「さて」


 叔父さんが、テーブルに手をついて立ち上がった。


「ちゃちゃっと後片付けしてしまおう。そうしたら、僕は部屋で昼寝するから、後は二人で好きに過ごしてよ」




 三人ですると、後片付けはあっという間に終わった。昨夜と同じように、叔父さんはさっさと部屋に引き上げて行った。


 僕たちに気を遣ってくれているのだ。彼が言った。


「これからどうしようか」


「そうだなあ……」


「散歩がてら、街をぶらぶらする?」


「うん、それがいい」



 今夜は、彼は自分の部屋に帰るので、荷物を持ってマンションを出た。僕たちは、駅へ向かう道を歩きながら話す。


「昨日、マンションを訪ねるときは、内心緊張していたんだ。でも、本当によかった。


 叔父さんといろいろ話せたこともそうだし、一緒に過ごして、すごく楽しかったよ。本当に素敵な人だね」


「うん。叔父さんのおかげで、今の僕があると思っている。


 僕を救ってくれたし、あのマンションで暮らしていなければ、空の写真を撮ろうなんて思わなかっただろうし。そうじゃなかったら、仁さんとも出会えなかったから」


 僕たちは微笑み合う。


「そう言えば、もうすぐ出会って一年だね」


「そうだね。長いようで、あっという間だった気がするなあ」


 彼が言った。


「一周年の記念に、何かしようか」


「ホント? うれしい」


「何かしたいことはある?」


「ええと……あっ、一周年の記念にってわけじゃないけど、前から思っていたことがあるんだ。あのね、僕も少しは料理ができるようになりたいなあって。


 そしたら、カフェをやるときも、少しは仁さんの役に立てるかもしれないし。もちろんお客さんに出す料理は仁さんが作るだろうけど、野菜を刻むとか、ちょっと炒めるとか、そういうお手伝いができたらなって」



「へえ、そうなの」


 彼の言葉に顔を上げると、優しい微笑みでこちらを見ている。


「そんな風に考えてくれているなんて、うれしいな」


「えへへ」


「じゃあ、次の週末は、僕の部屋で一緒に料理をしようか」


「ホント?」


「うん。晴臣くん、料理したことはあるの?」


「小学校の調理実習でやったことはあるよ。カレーだったかな」


「じゃあ、カレーを作ろうか」


「うん!」

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