目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第47話 今日の予定

 冷たい水がおいしい。ごくごくと飲んでから、僕は大きくため息をついた。


「僕、どのくらい寝てた?」


 叔父さんが答える。


「ほんの30分くらいだよ。さっきは少ししか食べていなかっただろう?


 お寿司も料理も、まだたくさんあるから、もっと食べたら?」


「はい、すいません」


 叔父さんが笑う。


「いいって、気にしない気にしない。こんなのはよくあることだよ」


 思わず彼の顔を見ると、彼も微笑みながらうなずいた。




 叔父さんと彼はビールを飲んでいるけれど、僕は、今度は冷たいお茶を飲みながら食事を再開する。さっきは、たしかお寿司を3貫ほど食べたところで記憶が途切れている。


 醜態をさらしてしまった後で、少し恥ずかしかったけれど、お腹は物足りなかった。まだふわふわした感覚がいくらか残っていたけれど、お寿司も、叔父さんが作ってくれた料理も、とてもおいしかった。



 食事が終わると、叔父さんは、後片付けは自分がすると言った。躊躇する僕たちに、「今日は僕がホストだから気にしないで」と。


 そして優しい叔父さんは、さらに言ったのだった。


「片づけが終わったら、すぐにシャワーを浴びて、今夜は部屋で音楽を聴いてくつろぐつもりなんだ。後は二人で好きなように過ごして」




 叔父さんは、後片づけを終えて、さっさと引き上げて行った。ソファから二人で後ろ姿を見送った後、彼がぽつりと言った。


「本当にいい人だね」


「うん」


 彼がそっと肩を抱いてくれたので、僕は彼にもたれる。


「それに……」


 言いかけて、彼はくすりと笑った。


「なあに?」


「晴臣くんはいつも、自分の気持ちを隠すのが下手だからって言うだろう?」


「うん」


「どうやら、僕も同じみたいだ」


「え?」


 それでは叔父さんに、僕たちの関係が……?


「まあ、それだけじゃないんだけど、真子のときと同じかな」


「どういうこと?」


「さっき、君が倒れてしまったとき、僕が背負ってここに運んだんだ」


 そう言って、ソファをポンポンと叩く。


「ごめん」


「ううん、それはいいんだけど、かがんだ拍子に襟元からネックレスがこぼれ出て……」


「あっ……」


「それで気づかれてしまったみたいだ。君を寝かせてテーブルに戻ってから、『晴臣くんとお揃いだね』って」


 そうだ。真子さんには、スマホのチャームがきっかけで二人の本当の関係に気づかれたのだった。


「でも、思わず絶句した僕に、『晴臣くんが、見違えるように明るく元気になった理由がわかったよ。君がいつもそばにいてくれるからなんだね』って言ってくれた。


 赴任先の同僚にも同性のカップルがいて、よくホームパーティーにも招かれたそうだよ。幸せそうで堂々としている彼らを見て、性別にこだわることはないと実感したと言っていた」


「じゃあ……」


「うん。僕の晴臣くんに接する態度を見て、僕の気持ちもわかったって。


 君になら、安心して晴臣くんを任せられると思うから、これからも、ずっと仲良くしてやってほしいって言ってくれたんだ」


「あ……」


 不意に涙がこみ上げる。そんな僕を見て、彼が微笑んだ。


「叔父さんにお礼を言いたかったのに、僕も柄にもなくぐっときてしまって、何も言えなくなってしまった。


 でも、すごくうれしかったし、今まで以上に、うんと君を大切にしたいと思ったよ」


 こぼれた涙を慌てて拭うと、彼がくしゃくしゃと髪を撫でてくれた。


「君は覚えていないと思うけど、さっき倒れたときに肩に手をかけたら、君が抱きついてきて離れないから、ちょっと焦ったよ」


「じゃあ、それで最初に気づかれちゃったのかも……」


 無意識のときに本音が出てしまったということか。やっぱり僕は、気持ちを隠せないんだ……。


「結局わかってもらえたんだから、これでよかったんだよ。でも、お酒の飲み方には気をつけないとね」


「ホントにごめん」


「いいよ、なんだかんだ言っても、酔った晴臣くんもかわいかったし」


「あ……」




 僕たちは遅い時間まで、そのままソファで話しながら過ごした。二人でゲストルームや僕の部屋に行くのは、さすがに気が引けたからだけれど、それはそれで楽しかった。




 翌朝、自分の部屋を出て行くと、叔父さんと彼がキッチンで朝食の支度をしていた。


「おはようございます」


「おはよう」


「ああ、おはよう。二日酔いは大丈夫かい?」


 叔父さんがおどけて言う。僕も笑いながら答える。


「全然なんともないです」



 朝食は、トーストとスクランブルエッグとサラダとコーヒーだ。食べながら、叔父さんが言った。


「二人は、今日の予定はあるの?」


 僕と顔を見合わせてから、彼が答える。


「まだ何も決めていませんけど」


「だったら、今日のお昼ご飯をみんなで作って食べるっていうのはどう? もちろん君たちがよければだけど、昨夜、久しぶりにちゃんと料理したら、なんだかすごく楽しくてさ。


 笹垣さんも料理が趣味だって言うから、一緒にどうかなあと思って」


 彼が、僕に笑顔を向けてから答えた。


「楽しそうですね」


 叔父さんが僕を見る。


「晴臣くんはどう?」


「もちろん賛成です。僕はお手伝いをがんばります」


「よし、決まり。じゃあ、後でみんなで買い出しに行こう」




 昼前に、三人で近くのスーパーに行った。以前から、いつも僕が買い物をしているところだ。


 僕はカートを押す役目を引き受けた。入り口の自動ドアを抜けながら、叔父さんが言う。


「晴臣くんは、何が食べたい?」


「うーん、麺類かなあ」


 彼が言った。


「パスタなんかはどう?」


「うん」


「いいねえ。じゃあ、パスタは笹垣さんにお任せして、僕は海鮮かお肉で、何か一品作ろうかな」


「サラダと、簡単なデザートも作りましょうか」


「そうだね」



 彼と二人きりで過ごして、二人で彼の作った料理を食べるのも楽しいけれど、そこに叔父さんが加わり、みんなでわいわいするのも、とても楽しい。真子さんと過ごしたときもそうだったけれど、きっと気の合う人同士だからこそなのだと思う。


 彼のことも叔父さんのことも大好きだし、その二人が仲良くしていることがうれしい。いつもとはまた違った幸せを感じる。




 彼が作ったのは、ブロッコリーとカリカリベーコンと半熟玉子の色鮮やかなパスタ、叔父さんが作ったのは、鯛のカルパッチョだ。



 皿に盛りつけられたパスタを見て、叔父さんが言った。


「おいしそうだねえ。見た目もすごくきれいだ。盛りつけも素敵だし、まるでカフェで出て来る一品みたいだね」」


 彼と僕は、思わず顔を見合わせて笑った。そして、彼が言う。


「ねえ、言っちゃってもいいかな」


 それを聞いた叔父さんが言う。


「えっ、なんだい?」


 彼が話し始める。


「実は僕、カフェを開くのが夢なんです」


「そうなの? いいじゃない、君なら明日にでも開けるよ」


「今はまだ、貯金をしながら勉強中ですけど」


「へえ、そうなんだ。楽しみだね」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?