冷たい水がおいしい。ごくごくと飲んでから、僕は大きくため息をついた。
「僕、どのくらい寝てた?」
叔父さんが答える。
「ほんの30分くらいだよ。さっきは少ししか食べていなかっただろう?
お寿司も料理も、まだたくさんあるから、もっと食べたら?」
「はい、すいません」
叔父さんが笑う。
「いいって、気にしない気にしない。こんなのはよくあることだよ」
思わず彼の顔を見ると、彼も微笑みながらうなずいた。
叔父さんと彼はビールを飲んでいるけれど、僕は、今度は冷たいお茶を飲みながら食事を再開する。さっきは、たしかお寿司を3貫ほど食べたところで記憶が途切れている。
醜態をさらしてしまった後で、少し恥ずかしかったけれど、お腹は物足りなかった。まだふわふわした感覚がいくらか残っていたけれど、お寿司も、叔父さんが作ってくれた料理も、とてもおいしかった。
食事が終わると、叔父さんは、後片付けは自分がすると言った。躊躇する僕たちに、「今日は僕がホストだから気にしないで」と。
そして優しい叔父さんは、さらに言ったのだった。
「片づけが終わったら、すぐにシャワーを浴びて、今夜は部屋で音楽を聴いてくつろぐつもりなんだ。後は二人で好きなように過ごして」
叔父さんは、後片づけを終えて、さっさと引き上げて行った。ソファから二人で後ろ姿を見送った後、彼がぽつりと言った。
「本当にいい人だね」
「うん」
彼がそっと肩を抱いてくれたので、僕は彼にもたれる。
「それに……」
言いかけて、彼はくすりと笑った。
「なあに?」
「晴臣くんはいつも、自分の気持ちを隠すのが下手だからって言うだろう?」
「うん」
「どうやら、僕も同じみたいだ」
「え?」
それでは叔父さんに、僕たちの関係が……?
「まあ、それだけじゃないんだけど、真子のときと同じかな」
「どういうこと?」
「さっき、君が倒れてしまったとき、僕が背負ってここに運んだんだ」
そう言って、ソファをポンポンと叩く。
「ごめん」
「ううん、それはいいんだけど、かがんだ拍子に襟元からネックレスがこぼれ出て……」
「あっ……」
「それで気づかれてしまったみたいだ。君を寝かせてテーブルに戻ってから、『晴臣くんとお揃いだね』って」
そうだ。真子さんには、スマホのチャームがきっかけで二人の本当の関係に気づかれたのだった。
「でも、思わず絶句した僕に、『晴臣くんが、見違えるように明るく元気になった理由がわかったよ。君がいつもそばにいてくれるからなんだね』って言ってくれた。
赴任先の同僚にも同性のカップルがいて、よくホームパーティーにも招かれたそうだよ。幸せそうで堂々としている彼らを見て、性別にこだわることはないと実感したと言っていた」
「じゃあ……」
「うん。僕の晴臣くんに接する態度を見て、僕の気持ちもわかったって。
君になら、安心して晴臣くんを任せられると思うから、これからも、ずっと仲良くしてやってほしいって言ってくれたんだ」
「あ……」
不意に涙がこみ上げる。そんな僕を見て、彼が微笑んだ。
「叔父さんにお礼を言いたかったのに、僕も柄にもなくぐっときてしまって、何も言えなくなってしまった。
でも、すごくうれしかったし、今まで以上に、うんと君を大切にしたいと思ったよ」
こぼれた涙を慌てて拭うと、彼がくしゃくしゃと髪を撫でてくれた。
「君は覚えていないと思うけど、さっき倒れたときに肩に手をかけたら、君が抱きついてきて離れないから、ちょっと焦ったよ」
「じゃあ、それで最初に気づかれちゃったのかも……」
無意識のときに本音が出てしまったということか。やっぱり僕は、気持ちを隠せないんだ……。
「結局わかってもらえたんだから、これでよかったんだよ。でも、お酒の飲み方には気をつけないとね」
「ホントにごめん」
「いいよ、なんだかんだ言っても、酔った晴臣くんもかわいかったし」
「あ……」
僕たちは遅い時間まで、そのままソファで話しながら過ごした。二人でゲストルームや僕の部屋に行くのは、さすがに気が引けたからだけれど、それはそれで楽しかった。
翌朝、自分の部屋を出て行くと、叔父さんと彼がキッチンで朝食の支度をしていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「ああ、おはよう。二日酔いは大丈夫かい?」
叔父さんがおどけて言う。僕も笑いながら答える。
「全然なんともないです」
朝食は、トーストとスクランブルエッグとサラダとコーヒーだ。食べながら、叔父さんが言った。
「二人は、今日の予定はあるの?」
僕と顔を見合わせてから、彼が答える。
「まだ何も決めていませんけど」
「だったら、今日のお昼ご飯をみんなで作って食べるっていうのはどう? もちろん君たちがよければだけど、昨夜、久しぶりにちゃんと料理したら、なんだかすごく楽しくてさ。
笹垣さんも料理が趣味だって言うから、一緒にどうかなあと思って」
彼が、僕に笑顔を向けてから答えた。
「楽しそうですね」
叔父さんが僕を見る。
「晴臣くんはどう?」
「もちろん賛成です。僕はお手伝いをがんばります」
「よし、決まり。じゃあ、後でみんなで買い出しに行こう」
昼前に、三人で近くのスーパーに行った。以前から、いつも僕が買い物をしているところだ。
僕はカートを押す役目を引き受けた。入り口の自動ドアを抜けながら、叔父さんが言う。
「晴臣くんは、何が食べたい?」
「うーん、麺類かなあ」
彼が言った。
「パスタなんかはどう?」
「うん」
「いいねえ。じゃあ、パスタは笹垣さんにお任せして、僕は海鮮かお肉で、何か一品作ろうかな」
「サラダと、簡単なデザートも作りましょうか」
「そうだね」
彼と二人きりで過ごして、二人で彼の作った料理を食べるのも楽しいけれど、そこに叔父さんが加わり、みんなでわいわいするのも、とても楽しい。真子さんと過ごしたときもそうだったけれど、きっと気の合う人同士だからこそなのだと思う。
彼のことも叔父さんのことも大好きだし、その二人が仲良くしていることがうれしい。いつもとはまた違った幸せを感じる。
彼が作ったのは、ブロッコリーとカリカリベーコンと半熟玉子の色鮮やかなパスタ、叔父さんが作ったのは、鯛のカルパッチョだ。
皿に盛りつけられたパスタを見て、叔父さんが言った。
「おいしそうだねえ。見た目もすごくきれいだ。盛りつけも素敵だし、まるでカフェで出て来る一品みたいだね」」
彼と僕は、思わず顔を見合わせて笑った。そして、彼が言う。
「ねえ、言っちゃってもいいかな」
それを聞いた叔父さんが言う。
「えっ、なんだい?」
彼が話し始める。
「実は僕、カフェを開くのが夢なんです」
「そうなの? いいじゃない、君なら明日にでも開けるよ」
「今はまだ、貯金をしながら勉強中ですけど」
「へえ、そうなんだ。楽しみだね」