自分の部屋から、マンションに帰り着いた報告がてら、彼に電話した。
「へえ、叔父さんがそんなことを」
「うん」
「僕も叔父さんに会ってみたいな」
「え?」
「社会人の先輩として、仕事や海外での話なんかも聞いてみたいし」
「ああ、そうだね」
僕は、戸惑いながらも返事をする。すると、彼が言った。
「今度、本当に遊びに行ってもいい?」
「えっ?」
春に、彼が真子さんと一緒に遊ぼうと言ったときと同じだ。あのとき、とても迷ったけれど、この先もずっと彼と生きて行くならば、いずれ必ず顔を合わせるときが来るのだからと思って決心したのだった。
叔父さんだって同じだ。どうせいつか彼を紹介する日が来るならば、それが早まるだけだ。
でも。真子さんは、とてもいい人で、一緒に過ごして楽しかったし、会ってよかったと思った。
だけど、彼と僕とは友達同士だと言ったにもかかわらず、あっさり本当の関係がバレてしまった。僕は感情を隠すことがとても苦手なのだ。
叔父さんにも、僕たちがただの友達ではないことに気づかれてしまうのではないだろうか……。
そんなことを考えていると、彼が言った。
「いや、ちょっと言ってみただけだよ。どうしても会いたいわけじゃないから、気にしないで」
僕が躊躇していると思ったのだろう。そこで僕は、考えていることを言った。
「最初に身内に会ってもらうとしたら、やっぱり叔父さんかなあと思っている。でも、仁さんと僕の本当の関係を知ったら、叔父さんがどう思うかなあと思って。
真子さんは応援するって言ってくれたけど……」
「そうだね。もしも叔父さんが、僕たちのことを反対したら、晴臣くんはどうする?」
僕は即答した。
「関係ないよ。誰になんて言われたって、僕はずっとずっと仁さんと一緒にいたい。
カフェのお手伝いだってしたいし。もしもここに住めなくなったら、そのときは仁さんの部屋に行ってもいい?」
彼も即答してくれた。
「もちろんだよ、大歓迎する。だけど、叔父さんが反対するとは限らないから、やっぱり一度会ってみたいなあ」
翌朝、朝食のときに、僕は叔父さんに切り出した。
「あの、友達が、叔父さんに会ってみたいって言っているんですけど」
あれこれと説明する前に、叔父さんは言った。
「そう。いいね、僕もぜひ会ってみたいな」
「ぜひ、ですか?」
叔父さんは微笑む。
「うん、なんだか楽しそうじゃない。僕はかまわないよ。
週末にでも、泊りがけで遊びに来ればいい。お寿司でも取る? ごちそうするよ」
「はあ……」
というわけで、実にあっさりと話が決まってしまった。決まった後で、僕は不安になる。
えーっ、ホントに仁さんと叔父さんが顔を合わせるの!? 大丈夫なの? その後、どうなるんだろう……。
「晴臣くん?」
テーブルの向かい側に座った彼が、微笑みながら僕の顔をのぞき込む。週末、いつものようにカフェでランチの最中だ。
今日は、この後買い物をして、夕方二人でマンションに帰る。叔父さんと三人で食事をして、なんと今夜、彼はマンションのゲストルームに泊まることになっているのだ。
それは二人にとって前進で、うれしいことのはずなのだけれど、僕は昨日からずっと緊張している。緊張のあまり食が進まない僕のことを、彼は心配してくれているのだ。
「えへ、なんだかドキドキしちゃって」
僕は無理に笑って見せる。叔父さんの反応がどうだったとしても、僕の気持ちは変わらない。
でも、やっぱり叔父さんにはわかってほしい。もしも叔父さんの反応が芳しくなかったらと思うと、食欲も失せる。
彼が優しく言った。
「大丈夫、何も心配いらないよ。ほら、このサラダ、すごくおいしいよ」
「うん」
「いらっしゃい。さあどうぞ入って」
彼を伴ってマンションに帰ると、叔父さんは笑顔で迎えてくれた。彼が途中で買って来たお土産の包みを差し出しながら、やはり笑顔で言う。
「お招きありがとうございます、笹垣と申します。これ、白ワインです」
叔父さんがお寿司を取ってくれると話したので、彼が酒屋で店主に「お寿司に合うワインを」と言って買って来たものだ。
「おっ、冷えてるね」
受け取った叔父さんがうれしそうに言った。
テーブルには、ラップがかかった大きな寿司桶のほかに、いくつも料理の皿が並んでいる。叔父さんが言う。
「久しぶりにがんばって作ったんだよ。ビールもたくさんあるけど、まずはいただいたワインで乾杯といこうか」
叔父さんが、手際よくワインの栓を抜いて、三つのワイングラスに注ぐ。海外赴任中は、週末は、よくホームパーティーが開かれていたのだそうだ。
「それじゃ、出会いと宴の始まりを祝して、乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
それぞれグラスをカチンと合わせてから、口に運ぶ。僕は初めてのワインだ。
「ああ、すっきりとしていておいしいね」
「お口に合ってよかったです」
二人が微笑み合っている横で、僕はほんの少しだけ口に含んでみる。
「どう?」
隣に座った彼が、僕の顔をのぞき込む。
「うん。……さわやかで、思っていたより飲みやすい」
「よかった」
叔父さんが言う。
「晴臣くんは、これがワインデビュー?」
「はい」
「へえ、お友達が選んだワインでデビューなんて、素敵じゃないの」
「はい……」
「さあ、お寿司も料理もたくさんあるから、二人とも食べて食べて」
叔父さんと彼は、料理談議に花を咲かせている。話が合うようでよかった。
僕は、一口ずつワインを飲みながら、お寿司を食べる。ワインは、甘さ控えめのジュースのようで、ビールの苦みが苦手な僕でも抵抗なく飲める。
叔父さんは、奮発して特上を頼んでくれたようで、マグロの中トロやヒラメのエンガワがおいしい。調子よく食べて飲んでいると、だんだん酔いが回って体がふわふわしてきた。
自分の意思とは関係なく、体が前後左右に揺れる。二人の会話が、少し遠くに聞こえる。
「あのときは、とても憔悴していて心配したけれど……」
「彼が撮った空の写真がとても素敵で……」
「久しぶりに会った彼は、見違えるように表情が明るくて……」
「とても真面目で、いつも一生懸命で……」
気がつくと、僕はソファに寝かされていて、体にタオルケットがかかっている。身じろぎすると、叔父さんの声がした。
「目が覚めたかい?」
彼がテーブルから離れて、そばにやって来た。
「大丈夫? グラグラ揺れ出したと思ったら、急に突っ伏しちゃうからびっくりしたよ」
「はあ……」
そんなことがあったのか。叔父さんもやって来る。
「ワインがおいしかったんだね」
「はい、ジュースみたいで、お寿司ともよく合って……」
叔父さんが苦笑する。
「でも、お酒だからね」
彼が言う。
「僕のせいだ。叔父さんとおしゃべりするのが楽しくて、晴臣くんのことをよく見ていなかったから」
すると、叔父さんも言った。
「僕も同罪だな。今、水を持って来るよ」
叔父さんが離れて行くと、彼が、そっと髪を撫でてくれながら言う。
「気分はどう? 気持ち悪くなったりしてない?」
「ううん」
「頭痛くない?」
「痛くないよ。心配かけてごめん」
こんな大事なときに何をやっているのかと、我ながら呆れる。叔父さんが、ペットボトルを持って戻って来た。
「水を飲んだらすっきりするよ」
「すいません」
僕が起き上がろうとすると、彼が背中を支えて助け起こしてくれた。