「わー、おいしそう! それに、すごくきれい」
彼が作ってくれたクリームソーダは、なんとほんのりと赤いソーダの上に、赤いソースのかかったバニラアイスがのっている。
「赤いソースはイチゴで作ったんだよ。ソーダにも入れたんだ」
「すごーい……。あっ、写真を撮らなくちゃ」
僕はスマホを持って来て、美しいクリームソーダの写真を何枚も撮る。
「すごくよく撮れたよ。これ、スマホの壁紙にしようかな」
僕の言葉に、彼が笑う。
「壁紙の設定をする前に、まずは飲んでみて」
「ああ、うん。いただきまーす」
僕はストローを挿して、まずはソーダを飲む。
「おいしい! ちゃんとイチゴの味と香りがするよ」
それから、アイスのイチゴソースがかかったところをスプーンで掬ってぱくり。
「おいしーい! このソース、アイスとの相性もバッチリだね」
「そう? よかった」
彼もソーダを飲む。
「うん、おいしい」
「ねっ、僕これ大好き。仁さんって天才じゃない?」
彼があははと笑った。うれしくて、僕も笑った。ああもう、幸せ過ぎるう……。
ラグに並んで腰を下ろし、テレビを見ていると、彼が、そっと僕の左腕を取った。膝に乗せて、手首の辺りを優しくさする。
「細い腕だねえ。早くよくなあれ」
僕は、彼の肩に頭をもたせかける。
「仁さんがそうしてくれたら、すぐに治りそう」
「そうだといいけど」
ふふっとわらってから、彼が言った。
「この番組が終わったら、そろそろ帰る?」
「まだ帰りたくないな」
「本当は僕もずっといてほしいけど、でも、晩ご飯は家で食べたほうがいいよ」
「うん……」
「もう少ししたら、マンションに戻るんだろう?」
「うん、叔父さんが日本に帰って来る前には」
「それまでは、親孝行したほうがいい」
「家でご飯を食べるのが親孝行?」
「そうだよ。きっとお母さんは、晴臣くんがマンションに戻ることを寂しく思っているんじゃないかな」
「そうか……」
母の気持ちまで考えてくれる彼は、本当に優しいと思う。だから僕も、素直に家に帰ることにした。
そんなふうにして、ときどき彼と甘い時間を過ごしながら、夏が過ぎて行った。
叔父さんが日本に帰って来る日取りが決まった。送って来る荷物を受け取るために、僕はマンションに戻った。
母が掃除してくれていたので、どこもきれいだ。僕は、叔父さんの寝室をすぐに使えるように整えたりしたりしながら、徐々に生活のペースを取り戻して行った。
叔父さんはとてもいい人だし、僕の恩人でもあるけれど、一緒に暮らしたことはないので、少し不安もある。まあ、最初のうちは緊張するだろうけれど、すぐに慣れるだろう。
叔父さんが帰国する前の最後の週末、僕は、彼とカフェでランチを食べていた。以前通りの習慣だ。
彼が、ガレットをナイフで切り分けながら言った。
「そうか、いよいよだね」
「うん。ちょっとドキドキする」
「叔父さんって、どんな人? もちろんいい人なのはわかっているけど」
「うーん」
僕は、彼の背後のカウンターの辺りに目をやりながら答える。
「お父さんより5歳下だったかな。でも、性格も見た目もあんまり似ていなくて、すらっとしていて勉強もできて、いい大学を出て、いい会社に就職して。
それでもお父さんと仲がいいし、口の悪いお父さんも、叔父さんのことは悪く言わないんだ」
「ふうん」
「結婚していた人も、上品できれいな人だったよ。それで、あのマンションで新婚生活を送っていたんだけど、まさかあんなにすぐに離婚しちゃうとは思わなかったな」
「そんなにすぐだったの?」
「たしか半年経つか経たないかくらいだったんじゃないかな。原因は性格の不一致って言っていたけど」
「そうか……」
そう言ったまま、彼は何か考え込むような顔をしている。
「何?」
「いや、これから晴臣くんと一緒に暮らす人だから、どんな人かなあと思ってね」
「そう」
僕は、再び目の前のガレットに取りかかる。半熟の玉子がおいしそうだ。
この後は、買い物をしてから彼の部屋に行く。今夜は泊るのだ。
その日僕は、そわそわそながら、叔父さんが帰って来るのを待っていた。すでに、予定通りに成田空港に着いたとメッセージをもらっている。
夕方にはマンションに着くという。部屋に荷物を置いたら、今日は二人で外食することになっているのだ。
部屋はここ数日、いつにも増して掃除に力を入れているし、外出の準備もして、後は叔父さんの到着を待つばかりだ。落ち着かない気持ちで、ベランダから空を眺めていると、ついにチャイムが鳴った。
僕は急いで玄関に向かう。
「おかえりなさい」
「ただいま。いやあ晴臣くん、久しぶりだねえ」
スーツケースを押しながら入って来た叔父さんは、白いポロシャツとライトグレーのスラックスが爽やかで、いかにも優秀なビジネスマンの休日といった風情だ。
数年ぶりに会っても、以前と変わらず、すらっとしていて若々しい。
「長旅お疲れ様でした」
叔父さんは部屋に上がって来ながら、あちこちを見回している。
「写真で見てわかっていたけど、本当にきれいにしてくれているんだねえ」
「あっ、はい。ちょっと前までは、お母さんも掃除に来ていましたけど」
「そうだったねえ。気を遣ってもらっちゃって、かえって申し訳なかったね」
「いえ。いつもたくさんバイト代をいただいて」
あははと笑ってから、叔父さんは僕の顔を見た。
「ケガはもういいのかい?」
「はい、もうすっかり」
「ここのエントランスで転んだんだって?」
「はい。雨上がりで濡れていて、僕も慌てていたものですから」
「なんだか悪かったね」
「いえ、そんなことは。あっ、出かける前に、お茶を飲んで一休みしますか?」
「気が利くねえ。じゃあ、いただこうかな」
「ペットボトルのですけど」
僕は冷蔵庫からお茶のボトルを出す。ソファに腰を下ろした叔父さんが言った。
「正直このマンションには、あまりよくない思い出もあるし、だだっ広いし、一人で住むのはちょっとなあ、と思っていたんだよ。でも、晴臣くんと一緒なら楽しく過ごせそうだなあ」
僕は、トレーにお茶を注いだグラスを二つ載せて、テーブルに運ぶ。
「そう言ってもらえるとうれしいですけど、やっぱりこのマンションを売らなかったのって、僕のためですか?」
グラスを手に取りながら、叔父さんは微笑む。
「そんなことはないよ。売るって言っても、マンションとなると、いろいろ難しいこともあるし、新しい住まいも探さなくちゃならないし」
「はあ」
「結局そういうことにはならなかったけど、急に何かで帰国するときなんかに、わざわざホテルを予約して泊まるより、さっと帰って来られるなら楽だと思ったし。
そのためにも、晴臣くんに住んでいてもらえると助かると思ってアルバイトをお願いしたんだよ。こうして帰って来てすぐに普通に生活できるのも、本当にありがたい」
「そうですか」
僕に引け目を感じさせないように、そんなふうに言ってくれるのかなあと思ったりもするけれど、やっぱりうれしい。
叔父さんが、お茶を飲み干して言った。
「さて、食事に行こうか。お腹空いただろう?」