日曜日の翌朝起きると、ケガしたところ以外にも、体のあちこちが痛い。それでも、なんとか起きて、両親と朝食を取った後、部屋に戻ると、彼から自撮りとメッセージが届いていた。
―― おはよう、今起きたところ。具合はどう?
本当に寝起きのようで、ベッドの上でパジャマ姿だ。髪に寝癖がついているのがかわいい。
さっそく返信する。
―― おはよう、僕は朝ご飯を食べ終わったところ。あちこち痛いけど、お宝画像を見たら元気が出たよ。
―― それはよかった。僕は今日は、部屋の片づけをしたり、作り置きの料理を作ったりするつもり。
―― 仁さんの料理食べたいな。
―― ケガが治ったら、たくさんごちそうするよ。
―― 楽しみにしてる。
―― 今日は一日部屋にいるから、メッセージもたくさん送るよ。
―― うれしい。自撮りもいっぱい送ってね。
―― オッケー!
お昼にも、自撮りとメッセージが届いた。
―― 今日のお昼ご飯だよ。
パンケーキとコーヒーフロートを前に微笑む彼。
―― おいしそう。うちはチャーハンだったよ。
―― そっちもおいしそうだね。
―― おいしかったけど、パンケーキとコーヒーフロートもいいな。
この前、泣いた後に、彼がコーヒーフロートを作ってくれたことを思い出し、胸が切なく疼く。
―― クリームソーダは、今度晴臣くんと一緒のときに作ろうと思っているんだ。
―― それまで仁さんもお預けなの?
―― そう。初めては君と一緒がいいからね。
「あ……」
うれしいのと切ないのとで、涙がこみ上げる。
―― 楽しみにしてる。早くケガを治さなくちゃね。
―― いつかは必ず治るんだから、焦らなくても大丈夫だよ。
彼らしい優しい言葉に、涙がこぼれてしまう。
―― うん、そうだね。
―― クリームソーダもパンケーキも、それから炊飯器ケーキも、いくらでも作るから。
―― ありがとう。すごくうれしい。
―― 晴臣くんのリクエストならなんでも作るよ。
―― じゃあ、煮込みハンバーグとグラタンとプリンも。
―― オッケー!
夜は、鼻血ものの画像が届いた。風呂上がりらしく、濡れ髪に上半身裸と思しきアップの自撮りだ。
―― さっぱりしたー。
すぐに返信する。
―― ちょ、ちょっと、刺激が強すぎるよ…
―― そう? ちゃんと下は履いてるよ
―― そういう問題じゃなく。
―― どういう問題? 履いてないほうがよかった?
―― もう…
―― 怒った?
―― 怒ってないよ。
―― こういうのダメだった?
―― ううん、すっごく好き♥
―― えへっ、よかった。晴臣くんもお風呂に入った?
―― うん。昨日は怖くて入らなかったけど、明日近くの病院に行くから。
母に車で連れて行ってもらうのだ。
―― 大丈夫だった?
―― なんとか。腕を濡らさないように、ビニール袋でくるんで。
その状態で体を洗うのも大変だったが、実はその前に、首のチェーンを外すのに苦労した。母に見られたくなかったので、部屋で一人で外したのだ。
腕のビニール袋は、上半身裸になってから、母がくるんでくれた。これも、自分ではうまくできないが、外すほうはなんとかなる。
チェーンは着脱が大変なので、不本意ながらティッシュに包んで財布にしまってある。
―― それは大変だったね。
その後も、ずいぶん長い間チャットを続けて、日付が変わる頃に「おやすみ」を言い合った。その後すぐに、僕はさっきの画像を開く。
風呂上がりの、ほんのり上気した彼は、たまらなくセクシーできれいだ。こんなきれいな人が自分の恋人なのかと、信じられないような気持ちで見つめる。
こんな素敵な人が、僕のことを好きでいてくれるなんて……。とてもうれしいけれど、会いたくてたまらなくなった。
会って、キスして、抱きしめられたい。そんなことを思っていると、からだが反応しそうになって、僕は慌てた。
翌日、病院で診察を受けた後、左腕は、手首から手の甲までしっかりギプスで固められた。医師は、ギプスにしたほうが確実だからと言う。
とは言え、この状態のまま1ヶ月過ごさなければならないのだ。それまで一人で生活できないということは、マンションに戻れないといいうことで、つまり、彼の部屋にも行けない。
もっとも、足はそんなに長くかからずに治るだろうから、彼と会うことはできるだろう。でも、その場合、母になんと言って出かければいいのだろう……。
夜、スーツ姿の自撮りを送ってくれた彼に、さっそくそのことを言う。
―― 仁さんに会いに行くとき、お母さんになんて言えばいい?
―― 普通に、友達に会いに行くって言えばいいんじゃない?
―― でも僕、高校の頃からずっとぼっちだったから、急に友達なんて言ったらびっくりされるよ。
―― ネットで知り合ったって言えばいいんじゃない?
―― そうかなあ。
―― そうだよ。本当にネットで知り合ったんだし。
ただし、彼は友達じゃなくて恋人だけれど、もちろん、それは内緒だ。
―― じゃあ、足が治って仁さんに会えるようになったら、そう言うことにする。
―― うん、それでいいよ。会える日を楽しみにしてる。
捻挫と打撲だから、意外とそんなにかからずに出かけられるようになるかもしれない。うれしいけれど、いろいろ考えると、ちょっと不安だ。
実際、1週間もしないうちに、足のケガはずいぶんよくなり、僕は二階の自分の部屋に移った。まだ痛みはあるし、上り下りは一段一段ゆっくりだけれど、多少の運動も兼ねて。
夜、メッセージとともに、彼から自撮りが届いた。
―― 遅くなってごめーん。
思いっきり変顔をしているのだが、それがとてもかわいい。噴き出しながら返信する。
―― こんなかわいい変顔初めて見た。ところで、今から電話してもいい?
―― えっ、それってもしかして?
電話をかけると、出てすぐに彼が言った。
「今二階にいるの?」
「そう。今夜から自分の部屋で寝るんだ」
「階段は大丈夫?」
「まだちょっと痛いけど、ゆっくりならなんとか」
「無理しないでよ」
「大丈夫だよ。ソファは寝にくいし、ずっと下にいたら足の筋肉が弱っちゃいそうだから」
「なるほどね」
それから彼は、感慨深げに言った。
「話すの、久しぶりだね」
「うん。仁さんの声が聞けてうれしい」
「僕もだよ。会えるまで、あともう少しだね」
「もう二、三日したら、運動がてら、近所を散歩しようかと思っているんだ」
「あっ、じゃあ、週末に近くまで会いに行くよ」
「え?」
「遠出はまだ無理だろ? だから、晴臣くんの家の近くまで行く」
「あ……」
「ダメ?」
「ダメじゃない。会えるのはまだまだ先だと思っていたから、うれしくて……」
「僕もうれしいよ。一緒にお茶でも飲もう」
「うん」
うれしい。実家に帰って来たときは、もう当分会えないのだと思ってずいぶん落ち込んだけれど、あともう少し、ほんの数日後には会えるのだ。
にやけていると、彼が言った。
「あのさ、晴臣くんの自撮りも送ってほしいな」
「変顔? あんまり自信ないけど」
「いいね、キス顔でもいいけど」
「えっ、ちょっと待ってね」
キス顔は恥ずかしいので、唇を突き出した変顔をして、ギプスの手で投げキッスをするポーズを撮って送った。彼が笑い声を上げる。
「いいね、めっちゃいい」
今さらながら、恥ずかしくなって、ちょっと後悔する。これなら普通のキス顔のほうがマシだったかも……。
ひとしきり笑ってから、彼が言った。
「腕、早く治るといいね」
「うん」