「仁さん!」
僕は、改札の外にたたずむ彼を見つけて駆け寄る。
いったんマンションに帰って荷物を置いてから家を出たので、ずいぶん遅くなってしまったのだけれど、メッセージを送ったら、ちょうど会社から帰るところだったのだ。
「晴臣くん」
彼が笑顔で迎えてくれる。数日ぶりに見るスーツ姿の彼は、やっぱりカッコいい。
僕たちは、並んで歩き出す。
「家で迎えた誕生日はどうだった?」
「うん。意外と楽しかった」
「『意外と』か」
「お父さんに嫌味を言われなかったし、お母さん、すごくうれしそうだったし、それにほら」
僕は、腕にはめた時計を見せる。
「わあ、素敵だね。ご両親から?」
「うん。もったいないから箱に戻そうとしたら、今日一日くらい着けておけって言われて」
「そうなんだ」
そして彼は、ふふっと笑う。
「今言っちゃうのも無粋だけど、僕からもプレゼントがあるよ」
「なんか、催促しちゃったみたい」
「そんなことないさ。僕が我慢できなくてフライングしちゃったんだよ」
言うことがまた、彼らしくて優しい。それはやっぱり、僕もどうしても期待してしまう。
彼と出会って初めて迎える誕生日だし、僕も彼の誕生日にプレゼントを渡しているし、僕たちは恋人同士なのだし……。
彼の部屋は、聞いていた通り模様替えがなされていた。涼しげなブルーのカーテンは、数日前に一緒に買いに行ったものだけれど、ベッドとテレビの間にローテーブルとラグが置かれている。
「それ……」
「いいだろう?」
そう言いながら、彼はスーツとワイシャツをさっさと脱いで下着一枚になり、スウェットスーツに着替える。今はもう、そのことに驚きはしないけれど、彼の裸がまぶしくて、つい目をそらしてしまう。
そんな僕にかまわず、早くも着替え終わった彼が微笑んだ。
「前に晴臣くんの部屋に行ったとき、ローテーブルがあるのを見ていいなあと思ったんだよ。最近はここで一緒にドラマを見たりするから、飲み物を置いたりするのにちょうどいいと思ってさ」
「そうだね」
肩を抱かれながらサスペンスを見るのは、ドキドキするけれど、とても幸せだ。数日前のことを思い出してぼんやりしていると、彼が言った。
「じゃあ、さっそくだけど、そこに座って」
「……うん」
言われるまま、ラグの上に座ると、彼が隣に座りながら、小さな箱を差し出した。
「これ、僕からのプレゼントだよ」
「あっ、ありがとう」
それは、時計が入っていたものよりも、さらに小さな箱で、リボンがかかっている。
「ちょっと説明があるんだけど、まずは開けてみて」
「うん」
「きれい……!」
それは、親指の爪ほどの大きさの美しい石で、ペンダントヘッドになっているようだ。透き通ったその石は、なんと上半分が淡い紫色で、下半分がはちみつ色をしている。
「チェーンに着けてもらえたらいいと思って」
彼とお揃いのプラチナのチェーンは、クリスマスにもらって以来、ずっと着けている。
「すごくうれしい。ありがとう……」
昼間、腕時計をもらったときには全然そんなことはなかったのに、今は涙が出そうだ。彼が話し始める。
「何がいいかと思っていろいろ考えたんだけどね。スマホのチャームのこともあるし、なんとなく、ネットで誕生石を調べてみたんだ。
5月の誕生石はエメラルドだけど、日にちごとの誕生石っていうのもあってさ。5月6日の誕生石は何かなって。でも」
顔を上げると、彼は優しく微笑んでいる。
「サイトごとに書いてある石が違っていて、しかもいくつもあるんだよ。どれを選べばいいかわからなくて、一瞬途方に暮れかけたんだけど、その中にこれがあったんだ。
これはアメトリンっていう石だよ。つまり、紫色の部分がアメジストで、黄色い部分がシトリン。
二つの石が合わさったものなんだ。この紫色、君が選んでくれたチャームのアメジストの色とよく似ているだろ?」
「うん」
「そして、11月の誕生石は、トパーズとシトリンなんだ」
「あっ……!」
「偶然にしては出来過ぎていると思わない? 君が選んでくれた石と、僕の誕生石が合わさった石があるなんてさ。
しかも、それが君の誕生日の石なんだよ」
「ホントだ。すごい……」
「そしたらもう、これしかないと思ってね。チェーンに着けるとちょうどいいかなって」
「すごい。うれしい……」
もっと気の利いたことが言えればいいのに、さっきから同じ言葉しか出て来ない。しかも、涙がこぼれてしまう。
僕が拭う前に、さっと彼の手が伸びて来て、僕の頬を拭った。
「それ、チェーンに通してあげるよ」
「うん」
僕は、彼がペンダントヘッドを通して、再び着けてくれた胸元のチェーンを手に取って見つめる。美しいアメトリンに、今はイニシャルが彫られた小さなプレートが寄り添っているように見える。
まるで仁さんと僕みたいだ……。また一つ、大切な宝物が増えた。
彼は今、今夜の食事の用意をしてくれている。僕も手伝うと言ったのだけれど、今日の主役は座って待っているようにと言われた。
料理は、温めればすぐに食べられるよう準備してあるのだという。それで僕は、ラグの上に座ったまま、うっとりとアメトリンを見つめているというわけだ。
「晴臣くん、用意できたよ」
彼の声に、僕は立ち上がる。さっきから、とてもおいしそうな香りがしている。
「わあ」
「これは煮込みハンバーグ。表面を焼いた後で煮込むから、生焼けの心配もいらないし、ソースがよく絡んでおいしいんだ」
そう言えば、母はハンバーグを焼くとき、いつも表面ばかり焦げて中まで火が通らないと嘆いていたっけ。とろりとしたトマトソースに包まれたハンバーグは、見るからにおいしそうだ。
それに、ポテトサラダと、クルトンが浮かんだスープもある。
「デザートもあるよ。今日は君はご両親とケーキを食べるだろうからと思って、プリンを作ってみたんだ」
「すごい。そんなのも作れるんだ」
彼がにっこり笑う。
「誕生日のお祝いだから、デコレーションしたんだ。食後のお楽しみだよ」
「うれしい。ありがとう」
「かわいい!」
食事が終わる頃に、彼が冷蔵庫からうやうやしく出して来たプリンは、コロンとした形の水玉模様のガラスの器に入って、生クリームを絞った上にイチゴとハート形のマシュマロが飾られている。
「ちょっと待って、これも撮らなくちゃ」
ハンバーグやポテトサラダも、食べる前に何枚も写したのだ。彼が言う。
「どうぞ、思う存分撮って」
「この器、めっちゃかわいいね。このマシュマロも」
「器は100円ショップで買ったんだよ。マシュマロは、スーパーのお菓子売り場のグミのコーナーにあった」
「へえ、そうなんだ」
そう言いながら、角度を変えて何枚も撮る。
「こういうの、晴臣くん好きかなあって思って」
「僕のために……ありがとう」
彼がにっこり笑った。
「どういたしまして。さあ、撮り終わったら、じっくり味わって」
「うん。いただきます」
僕は、スマホを置いてスプーンを手に取る。まずは、クリームとプリンをすくって一緒に。
「……おいしい!」
なめらかな舌触りと、口の中に広がる玉子の風味。僕を見ながら、彼も食べ始める。
「うん、けっこうよくできたかな」
僕は、彼をまっすぐに見ながら言った。
「本当にどうもありがとう。今までで最高の誕生日になったよ。一生忘れない」
彼が微笑む。
「よかった。僕もこの日を一緒に祝えてうれしいよ。二十歳の誕生日おめでとう」
「あ……」
またも涙が出そうになる。そんな僕を見て、彼がしみじみと言った。
「君はホントにかわいいね。さあ、もっと食べて」
「うん」
ああ、本当に、なんて幸せな誕生日だろう……。