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第34話 ドラマ

 いつものように、週末のカフェでランチを食べながら、彼が言った。


「ゴールデンウィークはどうしようか」


 僕はゴールデンウィーク直後に二十歳の誕生日を迎えるので、前半は彼と過ごし、後半は実家に帰って、そのまま誕生日を祝ってもらうことになっている。その前半についてだ。


「僕は、仁さんがしたいと思うことを一緒にしたい」


 彼が微笑む。


「かわいいことを言ってくれるね」


「だって本心だもん」


「そう。じゃあ、一日は買い物に行って、あとは部屋で料理したり、ネットの映画を見たりしてのんびりするっていうのはどう? 結局いつもと変わらないけど」


「それがいい。そういうの好きだし、いつも楽しいもん」


 彼と一緒にいられるだけで楽しいし、幸せだ。


「僕もだよ」


 うれしい。ああ、なんてきれいな笑顔……。


 うっとりと見とれていると、彼がハッとしたように言った。


「そう言えば、昨夜、真子からメッセージが来たんだ」


「えっ、なんだって?」


「例の相手に告白したらしい。付き合うことになったそうだよ」


「へえ、すごい。よかったね」


「うん、すごくうれしそうだったよ」


「真子さん、勇気があるなあ」


 僕のつぶやきを聞いて、彼が眉毛を上げた。


「僕だって、すごく勇気があっただろう?」


「あ……」


 去年の秋のあの日、告白してくれた彼は、とても凛々しくて素敵だった。あの日から、僕の人生が変わった。


 彼が、一人うなずきながら言う。


「そういうところ、僕と真子は似ているのかもしれないなあ。うん、さすがはいとこ同士だ」


「あの、どうもありがとう。僕は、とても自分から言う勇気がなかったから」


 すると、彼が言った。


「そんなことないよ。あのとき、君が駅で『帰りたくない』って言わなければ、告白していなかったと思う」


「あ……」


「あの言葉で決心がついたんだから、君のおかげでもあるんだよ」


「どうしても、言わずにいられなくて。あのとき、どうしても仁さんと離れたくなくて……」


 彼が微笑む。


「言ってくれてよかったよ」


 そう、なのか。では、もしもあのとき黙っていたら、今も二人は友達のままだったのだろうか。


 もしもあのまま帰っていたら、その後のいくつもの楽しい出来事もないまま、僕は今も相変わらず空っぽのまま、空の写真を撮っていたのだろうか。


 そんなことを考えていたら、胸がいっぱいになって、涙がこみ上げそうになった。ぐっとこらえていると、彼が優しく言った。


「でも、あのとき言わなくても、いずれ言っていたと思うけどね。だって僕は、君のことが好きだったんだから」


「あ……」


 僕は、こぼれた涙を慌てて拭った。幸せ過ぎる……。




 話した通り、ゴールデンウィークの初日は、いつもの週末と同じように、カフェでランチを食べた後、街をぶらぶらして、Tシャツを買ったり、彼の部屋の春夏用のファブリックを買ったりした。


 夕方、彼の部屋の最寄りの駅で降りて、スーパーで食材を買って帰る。ゴールデンウィーク前半の三日間は、当然(?)彼の部屋に泊まるのだ。




 夕飯は、彼が料理を作るのを、微力ながらお手伝いして、カレーライスをお腹いっぱい食べた後、ネットのドラマを見た。


 ドラマは、サスペンスタッチの刑事ものだ。彼はそういうものが好きらしいが、普段あまりドラマも映画も見ない僕は、耐性がないのか、ハラハラして、怖くなってしまう。



 今、ドラマは佳境に入っていて、主人公と殺人鬼が、廃工場の中で手に汗握る攻防を繰り広げているところだ。お互いが、身を隠しながら相手の動向を探っている。


 そんな中、主人公が予期せぬ場所にあった空き缶を蹴飛ばして音を立ててしまい……。


「わっ」


 見ていられなくて、僕は思わず彼にしがみついた。彼がこちらを見て言う。


「大丈夫?」


「あっ、ごめん」


「ううん」


 彼は、僕の肩を抱き寄せながら、画面に目を戻す。



 絶体絶命かと思われたところにパトカーがサイレンを鳴らしながら到着し、慌てて逃げようとした犯人は、派手な乱闘の末捕らえられる。


 逮捕後の取り調べで、犯人の意外な過去が明るみになり、主人公は衝撃を受けながらも未来に向かって歩き始めるのだった。



 ドラマが終わり、彼がリモコンでテレビのスイッチを切った。


「あの、邪魔しちゃってごめん」


 謝る僕に、彼は微笑みかけてくれる。


「全然邪魔じゃなかったよ。ドラマは面白かったし、晴臣くんかわいかったし、二倍楽しめた」


「あ……」




 ゴールデンウィークの中ほどで、彼は一度会社に行くので、僕もいったんマンションに戻り、後半は実家に行く。母は、僕の二十歳の誕生日を祝うことを楽しみにしてくれているようだ。


 この頃は、父もあまり嫌味を言わなくなった。僕がそれなりにちゃんと生活していることがわかったせいかもしれない。


 あるいは、僕が父を嫌って家に寄り着かないものだから、母が何か言ったのかもしれない。母は、いつも僕のことを気にかけてくれているのだ。




 5月2日の朝に一緒に部屋を出るとき、彼が言った。


「次に会うときは二十歳になっているんだね。今日は十代最後の晴臣くんだ」


「あんまり変わらないと思うけど」


 それに多分、二十歳になっても二十歳には見えないんじゃないだろうか。彼がふふっと笑う。


「まあね」




 その日は掃除をしたり、ちょっと空の写真を撮ったりしてマンションで過ごし、翌日の午後、実家に帰った。彼は、ゴールデンウィーク後半は、部屋の模様替えをしたり、作り置きの料理を作ったりして過ごすと言っていた。




「ただいま」


 笑顔の母に迎えられ、居間に入って行くと、父は新聞を読んでいるところだった。ちらりとこちらを見て、すぐに新聞に目を戻しながら言う。


「おう、久しぶりだな」


「うん」


「うにゃ~」


 桃太郎が寄って来て、僕の足に体を擦りつける。


「モモ」


 抱き上げると、さっそく喉をゴロゴロ鳴らす。僕と違って、久しぶりに会っても、ちっとも人見知りしない人懐っこいやつだ。


 お茶の用意をしながら、母が言った。


「今夜は久しぶりに外で食べる?」


 だが、僕は言った。


「たまにはお母さんの料理が食べたいな。いつもスーパーやコンビニのお惣菜ばっかりだから」


「あらそう? そういうことなら、それでもいいけど」


 まんざらでもなさそうな顔をしながら、さらに言う。


「じゃあ、お茶を飲んだらスーパーに一緒に材料を買いに行く?」


「うん」


「晴臣、何が食べたい?」


「うーん……唐揚げと、あと、キンピラかな」


 それを聞いた父が言った。


「なんだ、もっとご馳走じゃなくていいのか?」


 母が言い返す。


「あら、唐揚げは十分ご馳走よ。キンピラだって意外と奥が深いんだから」


 どちらも、出来合いの総菜より、母が作ったもののほうが断然おいしいのだ。一人暮らしをして初めて知ったことだ。




 翌日の4日は、家でスポーツ中継を見ながらゴロゴロするという父を置いて、母と二人でデパートに出かけた。叔父さんに、たくさんお金をもらっているからいいと言うのに、久しぶりだから服を買ってくれるというのだ。


「たまにはいいじゃないの。親孝行だと思って付き合いなさい」


 たしかに、仁さんと付き合うようになってから、実家に帰って来る頻度は減っているし、そのことを、若干後ろめたく思っているのだけれど。

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