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第33話 「そういう」関係

「あーおいしかった」


 ラウンジを後にしながら、真子さんは満足そうに微笑む。結局彼女は、全部で7個食べた。


「すごいね真子」


「そんなことないよ。ちっちゃいのもあったもん」


「ほー、そうですか。僕は当分甘いものはいいかな」


 僕も話に加わる。


「でも、どれもすごくおいしかった。やっぱりホテルのケーキは違うね」


 真子さんがにっこりする。


「そうだよね。来てよかった。写真もいっぱい撮っちゃった」


 彼女は食べながら、7個のケーキすべての写真を撮っていた。


「二人は撮っていなかったでしょう」


 僕はつぶやく。


「忘れちゃった」


 本当は、途中で気づいたものの、面倒になって撮らなかったのだけれど。真子さんが頬を膨らませる。


「撮ってSNSに上げればいいのにー」




 午後は、真子さんの買い物に付き合った。たくさん買った服や小物は、明日ホテルを出るときに、ほかの荷物と一緒に宅配便で家に送るのだという。


 そして、あっという間に夕食の時間になった。彼が真子さんに聞く。


「何が食べたい?」


「そうだなあ。あんまりお腹空いてないけど……」


「そりゃあそうだろう。あれだけ食べれば」



 相談の結果、自分で個数を調節できる回転寿司に行くことになった。甘いケーキをたくさん食べた後では、きっとさっぱりした酢飯は格別においしいに違いない。




「今日もすっごく楽しかった。明日で最後だなんて……」


 真子さんが、名残惜しそうに言った。例のごとく、ビジネスホテルの真子さんの部屋の前だ。


「明日は午後の新幹線だね?」


「うん」


 最終日の明日は、縁結びで有名な神社にお参りに行くことになっている。SNSでご利益があると有名なところらしい。


「神社なら地元にもあるだろう。初詣に行ったところにも縁結びの神様がいるんじゃなかったっけ?」


 彼はそう言ったけれど、やはり若い女の子はSNSで話題の神社に行きたいのだろう。


 僕はといえば、すでに恋人のいる人が縁結びの神様に参ってもいいのかどうか、内心気になっている。何か、そのような話を聞いたことがある気がするのだ。




 駅のホームで電車を待ちながら、彼に疑問をぶつけてみた。


「大丈夫だよ」


 そして彼は、周りを気にしながら、僕の耳元に顔を寄せて小声で続けた。


「僕たちの仲は神様だって引き裂けないさ」


 今夜もまた、彼の部屋に泊まる。




 翌日、神社でお参りするときは、この先もずっと仁さんと仲良く一緒にいられますように、真子さんとまた会えますようにと祈った。お参りの後、真子さんは、縁結びのお守りを買っていた。


 イタリアンレストランでランチを食べると、もう真子さんが新幹線に乗る時間が近くなった。三人で駅に向かう。




 駅のホームで、真子さんが感慨深げに言った。


「仁兄ちゃんも晴臣くんも、ホントにどうもありがとう。すっごく楽しくて、あっという間の三日間だったよ」


 彼が微笑む。


「僕たちも、真子と過ごせて楽しかったよ。また遊びにおいで」


「僕も、すごく楽しかったです」


 うなずいた真子さんが、ちょっともじもじしながら言った。


「あの……一昨日は、失礼なことを言ってごめんね」


 ぽかんとしていると、彼女は続けた。


「占いに行くときに、仁兄ちゃんはずっと彼女がいないとか、晴臣くんはモテるだろうとか」


 思わず、彼と顔を見合わせる。わざわざ謝るほどのことでもないと思うけれど。


 すると、真子さんが言った。


「二人がスマホに付けているチャームを見て気づいたの。それ、お揃いだよね。


 つまり、二人は『そういう』関係なんでしょう?」


「えっ……」


 言葉を失っている僕たちに、真子さんは微笑んだ。


「二人が交わす視線や仕草を見ていて、よくわかったよ。私、二人とも大好きだし、応援してるから」


 カッと顔が熱くなる。やっぱり僕は、今回も感情を隠しきれなかったか……。


 彼も固まったまま、何も言えずにいる。真子さんが言った。


「そう思って見ると、二人、すっごくお似合いだよ。うらやましいくらい。


 私もがんばらなくっちゃ。帰ったら、勇気を出して告白してみるつもり」


 ようやく彼が口を開いた。


「あっ……僕も応援しているよ」


「僕も……」


 真子さんが、にっこり笑った。


「ありがとう!」



 やがて、ホームに新幹線が入って来た。いよいよお別れだ。


「ホントにありがとう。この後は、二人でデートを楽しんで。じゃあ私、もう行くね」


 そう言って笑顔で手を振ると、真子さんは、ドアが開いたばかりの新幹線にさっさと乗り込んで行ってしまった。呆気に取られながら、僕はつぶやいた。


「この石、お揃いじゃないのに……」


 新幹線は、まだ停車中だけれど、彼が言った。


「行こうか」


「あっ、うん」


 僕たちは、向きを変えて、階段へと向かって歩き出す。



「これからどうしようか。真子は『デートを楽しんで』なんて言っていたけど、どこか行きたいところはある?」


 歩きながら、僕は考える。


「この三日間、いろんなところに行ったし。できれば僕は、仁さんの部屋に帰ってのんびりしたいかな」


「そうしよう。今夜は、何か簡単なものを作って食べることにしよう」


「また泊ってもいい? なんだかずーっと泊っているけど」


「もちろん。この先も、ずっと泊ったってかまわないよ」


 まるで同棲しているみたいだ。というか、すでにこの状況は「半同棲」というやつなのだろうか……。




 部屋に帰り着き、中に入るなり、彼が嘆息した。


「いやー、参った。真子のやつ、意外に鋭いんだな」


「僕のせいかも。僕、気持ちを隠すのが下手だから」


 そう言う僕を、笑顔で振り向いた彼が優しく抱きしめてくれた。


「それなら、僕も同じだよ。でも、やっぱり決定打はスマホのチャームじゃないかな。


 真子もそう言っていたし、普通、男はああいうのは付けないもんね」


「そうだよね。女の子でもあんまり付けないんじゃない? 見たことないもん」


「あれを買ったのって、もしかして僕たちだけなのかな」


「そうかも。たくさんあったけど、あれって売れ残ってたんじゃない?」


 彼が、僕の頭の上で笑った。


「そうかも。でも、僕はすごく気に入っているよ」


「僕も」


 売れ残りだってなんだって、あれを付けているのが世界中で僕と彼だけだったなら、それはそれでとてもうれしい。彼が言った。


「ねえ、今日は一緒にお風呂に入りたいな」




 四月になった。叔父さんのマンションで暮らし始めて、一年が過ぎた。


 去年の今頃の僕は、打ちひしがれて、とても孤独で、約半年後に人生が激変するなんて夢にも思っていなかった。まさか、こんな幸せな毎日が待っているなんて……。


 僕は相変わらず彼のことが大好きで、二人の仲も順調だ。


 彼の会社も新年度を迎えた。実は密かに、会社内で人事異動があったり、新入社員が入って来たりして、彼に熱い視線を向ける人が現れたらどうしよう、なんて思っていたのだけれど。


 彼の部署内に変化はなく、まったくそういうことはないらしい。ほっとしつつ、自分が意外に焼きもち焼きで独占欲が強いことを知り、ちょっと驚いている。

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