目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第32話 自己評価

 言葉に詰まっていると、彼が助け舟を出してくれた。


「最初は普通に『いいね』したりコメントし合っていたんだけど、晴臣くんの空の写真が、すごく素敵だったんだ。それで、どんな人が撮ったのかと興味がわいて、僕からDMしたんだよ」


「へえ、そうなんだ。私も晴臣くんの写真、見てみたいなあ。アカウント教えてもらえる?」


「あっ……はい。最近は、ずっと放置したままなんですけど」


「仁兄ちゃんもそうだよね」


 ちらりと彼を見ると、目が合った。彼は苦笑している。


 アカウントを教えると、スマホを操作しながら彼女が言った。


「じゃあ、今のハンバーガーの写真、久々に上げたら? 仁兄ちゃんもそうしなよ」


「えっ、僕はもう、かじっちゃったよ」



「わあ、ホントだ。素敵!」


 僕のSNSの写真を見た真子さんが歓声を上げた。


「また再開したら? フォローしちゃおうっと」


「あっ、じゃあ、僕も」


「えへっ、なんか強要しちゃったみたいだね」


「いえ、そんなことは」


 彼女がフォローした通知が来たので、そこからフォロバする。彼女が言った。


「仁兄ちゃんも再開しなよ。そうだ、真子といる間、二人とも、ご飯その他モロモロの写真を撮ってSNSに上げること。いい?」


 彼が言った。


「それは命令?」


 真子さんが、ツンと顔を上げて言った。


「そうだよ」



 スマホをしまい、ハンバーガーに取りかかりながら、真子さんが言った。


「あのね、SNSですごく当たるって評判の占い師さんがいてね、この後、そこに行きたいんだけど、いい?」


 彼が答える。


「もちろん。僕たちは真子に付き合うために来ているんだから」


「だよね」


「何を占ってもらうの?」


「それ聞く?」


「いや、別に言わなくてもいいけど」


 そう言う彼に、結局真子さんは自分から話し出す。


「乙女が占いをすると言えば、決まっているでしょう」


「恋愛?」


「まあね」


「真子、好きな人いるの?」


「それはまあ。片思いだけど」


「へえ、そうなんだ」


 コーラをチュッとストローで飲んでから、真子さんが言った。


「二人も占ってもらったら?」


 彼がひらひらと手を振る。


「僕はいいよ」


「でも仁兄ちゃん、ずっと彼女がいないじゃないの。イケメンなのに彼女が出来ないのは、何か問題があるんじゃない?


 そこのところ、占ってもらったほうが……」


 じっと二人の会話を聞いていた僕は、こちらを見た彼女と目が合い、ぎくりとする。


「晴臣くんは?」


 僕は、首を横に振る。


「いえ、僕も」


「ふうん。晴臣くんは、かわいいからモテるか」


「そんな、全然。かわいくないし、1ミリもモテませんからっ」


 ムキになって否定する僕を、一瞬、冷めた目で見た後、真子さんは、大きな口を開けてハンバーガーにかぶりついた。




「真子が勝手なことばかり言ってごめんよ」


「ううん、全然」


 ここは、占いの館が入っている商業ビルの休憩コーナーの一角だ。ベンチが並び、壁際に自販機が置かれていて、読書をしている人や、ノートパソコンに向かっている人もいる。


 僕たちは、真子さんが占ってもらいに行っている間、ここで待つことにした。カフェで待とうかとも話したのだけれど、ハンバーガーを食べたばかりでお腹がいっぱいだし、喉も乾いていなかったからだ。


 彼がくすっと笑う。


「でも、ちょっと安心した」


「何?」


「晴臣くんかわいいから、真子が惚れたら困るなあと思っていたんだ。でも、好きな人がいるって言うから」


「かわいくないし、好きな人がいなくたって、僕になんか惚れないよ」


 彼はニヤニヤしながら言う。


「君は自己評価が低過ぎだよ。真子だってかわいいって言っていただろ?」


「それは、子供っぽいとか童顔だとか、そういうことでしょう?」


 彼が、さもおかしそうにくすくすと笑う。


「頑なだねえ」


「そんなこと……」


 ムッとする僕に、彼が言った。


「でも、そういうところも込みで好きだよ」


「あ……」




 相手もまんざらでもないから、素直な気持ちを伝えれば可能性は大いにあると言われたそうで、占いを終えてやって来た真子さんはご機嫌だった。


 そのままビルの中をウィンドウショッピングしていると、すぐに夕方になった。



 彼が、雑貨店のアクセサリーを手に取っては眺めている真子さんに言った。


「夜は何が食べたい?」


「焼肉!」


「どこか行きたい店はあるの?」


「ううん、別にないけど」


「じゃあ、この近くで探してみようか」


 彼がスマホを出して操作する。真子さんが、僕を見て言った。


「勝手に決めちゃったけど、よかった?」


「もちろんです。僕も焼肉大好きだし」


「よかった」


 彼女がほっとしたように微笑んだ。とてもチャーミングな人だと思う。


 かわいらしいし、笑顔が素敵だし、きっと想い人ともうまく行くことだろう。




 お腹いっぱい焼肉を食べ、デザートも食べて、僕たちは真子さんをビジネスホテルに送り届けた。彼が荷物を持って、一緒に部屋の前まで行く。


 カードキーでドアを開けて、荷物を受け取りながら真子さんが言った。


「どうもありがとう。部屋で一休みして行く?」


 彼が言う。


「いいよ。明日もあるから、僕たちはもう帰る」


「そっか。じゃあ、また明日もよろしくね。晴臣くんも」


「はい」


 最初のうちは緊張したけれど、真子さんは明るくて気さくで、人見知りの激しい僕にしては、今日一日でずいぶん打ち解けられたと思う。



 手を振る真子さんに見送られ、僕たちはエレベーターに向かった。




 エレベーターの中で、彼がため息をついた。


「明日はケーキか。真子と一緒だと、おそろしく栄養が偏るな」


 明日はランチもかねて、この近くのホテルのケーキバイキングに行くことになっている。すでに予約済みだ。


「でも、ホテルのケーキなんて初めてだから楽しみ」


 僕の言葉に、彼が苦笑する。


「明日の朝ご飯は軽めにしておこう」


 今日はこれから、僕も彼の部屋に行って泊まるのだ。


「甘くないものがいいね」


「じゃあ、ご飯に味噌汁かな」




「うわー!」


 真子さんが歓声を上げた。


「すご……」


 ホテルの広いラウンジには人が溢れている。そのほとんど、いや、ホテルの従業員と僕たち二人以外は、すべて女性だ。


 だが、みな目の前のケーキに夢中で、僕たちに注目する人などいない。真子さんが、勇ましく拳を突き上げて言った。


「さあ、60分一本勝負よ」


 60分間のケーキ食べ放題の始まりだ。



「ふー……」


「もう入らない」


 お腹をさする僕たちを横目に見ながら、真子さんが言う。


「まだ時間はあるよ。もう一個くらいいけるでしょう」


 そう言う彼女は、フルーツとクリームたっぷりのロールケーキをフォークで切り分けて口に運ぶ。


「晴臣くん、何個食べた?」


「ええと、5個かな」


「僕も同じだ」


 真子さんが、素っ頓狂な声を上げる。


「え~っ、それだけ? それじゃ元が取れないよ」


「そうかな」


「別に取れなくてもいいよ……。そういう真子は何個目?」


「6個」


 彼がおかしな声を出した。


「ほぇ~……」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?