新幹線が東京駅に着き、僕たちは、駅で夕食用のお弁当を買って、在来線に乗り込んだ。約束通り、今夜は彼の部屋に泊まる。
「あー、帰ってきたね」
彼の部屋に着き、僕たちは荷物を置いて、とりあえずテーブルに着いた。
「なんだか、あっという間で、夢を見ていたみたい」
僕の言葉に、彼が微笑む。
「でも、現実だよ」
そして、スマホを取り出して、チャームを揺らして見せる。僕もスマホを取り出す。
「これ、すごく好き」
「一見お揃いみたいだよね」
「うん。そこも好き」
アメジストみたいなフローライトと、フローライトみたいなアメジスト。お互いに、相手にそれを選んだことを、奇跡と言うのは大げさだろうか。
彼が立ち上がりながら言った。
「さて、お湯を沸かしてご飯にしようか。冷蔵庫にフルーツゼリーがあるからデザートにしよう」
食事をしながら、僕はふと思いついて言った。
「今回のこと、会社にはなんて言って有給を取ったの?」
彼はなんでもないことのように言う。
「『祖父の十三回忌です』って。実際、おじいちゃんは二人とも亡くなっていて、まあ、十三回忌ではないけどね」
「そうなんだ」
やはり、仕事を休んで旅行に行くと言うのは差し障りがあるのかもしれない。彼が、いたずらっぽく笑った。
「うちの部署の人たちは、お互いのプライベートにはあまり踏み込まないから大丈夫だと思うけど、一応ネットで、十三回忌の法要について調べたよ」
「へえ。会社って大変だね」
休みを取るのにも、いろいろ気を遣わなければならないなんて。彼が笑う。
「この間の病欠以外、ほとんど欠勤したこともないし、疑われることはないと思うけど、一応ね」
翌朝、いつものように出勤する彼と一緒に部屋を出て、駅で電車に乗る彼を見送ってから、電車に乗ってマンションに帰った。彼と一緒にいる間はふわふわした気分が続いていたけれど、ようやく現実に戻って来た感じだ。
「ただいま」
ドアを開け、部屋に向かって小さな声で言ってから中に入る。そのまま歩いて行ってサッシを開けると、いつもの見慣れた風景が広がっている。
さて、洗濯をして、三日ぶりに部屋中の掃除をしよう。でも、その前に。
僕は自分の部屋に入って、ローテーブルの前に座ってスマホを取り出す。チロチロとかわいく揺れるフローライト見て、ひとしきりにやけてから画像ファイルを開いた。
旅行中にたくさん撮った画像と、彼のスマホから送ってもらった画像を見て、旅行の余韻に浸るためだ。どの彼も、笑顔が素敵で、とてもきれいだし、彼が撮った、焼きそばを頬張る僕や、いつの間に撮ったのか、あくびをする途中の半開きの目の不細工な僕もある。
やめてよーと思いつつ、これはこれで大切な宝物だ。様々な風景や、遊覧船の上で撮ってもらったツーショットも、どれもいい思い出になった。
本当に素敵な、初めての二人旅だっだ。
週末、新しくできたカフェでランチを食べているときに、彼が言った。
「真子が春休みに東京に来るんだ」
「ふうん」
「去年の秋もそうだったけど、叔母さんが心配して、僕と一緒に過ごすなら行ってもいいっていうのが条件で、連休に合わせて来るんだ。もちろん、その間はビジネスホテルに泊まるんだけどね」
「そうなんだ」
僕はパスタをクルクルとフォークに巻き取る。
「それで、提案なんだけど」
彼の言葉に、僕は顔を上げる。
「真子が東京にいる間、ずっと付き合わなくちゃならないだろ?」
「うん」
「でも、それだと晴臣くんと過ごせないから、なんなら、君も一緒にどうかなって」
「……え? それって」
「うん。真子に『僕の友達だよ』って紹介して、一緒に遊べたらいいかなって。
真子は明るくていい子だし、誰とでもすぐに仲良くなれるし。もちろん、君がよければの話だけど」
「あ……と」
僕はパスタを巻いたフォークを皿に置く。彼が慌てたように言った。
「いや、無理しなくていいんだよ。昼間は会えなくても、夜は一緒に過ごせるし」
僕は、考え考え答える。
「無理ではないけど、でも、僕と仁さんが友達って、不自然じゃないかな。年の差もあるし」
「そんなことはないよ。実際、最初は友達として会ったんだし」
「まあ、そうだけど」
「そのまま正直に、SNSで知り合ったって言えばいいんじゃないかな」
「そう、か」
たしかにそうかもしれない。僕が考え過ぎなのかもしれない。
でも、昔から僕は、自分の気持ちを隠すのが下手で、片思いの相手にキモいと言われた過去があるし、仁さんにも気持ちを見抜かれていた。
真子さんにも、僕の彼に対する気持ちがバレてしまってはマズいのではないか……。黙り込む僕に、彼が言う。
「いやホント、無理しなくていいんだよ」
でも、僕はさらに考える。
「仁さんと僕、これからも、ずっとずっと一緒にいるんだよね?」
急に話が変わって不思議そうな顔をしながらも、彼はうなずいてくれる。
「もちろんだよ。一緒にカフェもやりたいし」
「そうしたら、この先も、こういうことは何度もあるよね。つまり、真子さんと顔を合わせる機会っていうか」
「ああ、そうだね」
「だったら、勇気を出して真子さんに会ってみようかな。すごく緊張するけど」
彼が、ほっとしたように微笑んだ。
「晴臣くん……。ありがとう」
その日僕は、緊張しながら、彼の隣に座っていた。駅のホームのベンチだ。
もうすぐ真子さんが乗った新幹線が到着する。春休みになって、東京に遊びに来る彼女を二人そろって出迎えるのだ。
僕のことは、彼があらかじめ彼女に伝えてくれている。SNSで知り合って友達になったのだと。
そこまでは嘘じゃない。もちろん、その後、恋人同士になったことは内緒だけれど。
彼女も、僕と三人で過ごすことを快く受け入れてくれたそうだ。
電車の到着を伝えるアナウンスが流れる。
「来たね」
僕に微笑みかけてから、彼が立ち上がる。僕も、ドキドキしながら立ち上がる。
「仁兄ちゃん!」
新幹線から降りて来た真子さんは、大きなバッグを腕にかけ、笑顔で手を振りながら駆け寄って来た。かわいらしい顔立ちにボーイッシュなファッションがキュートだ。
そして、僕に向かってぺこりと頭を下げる。
「はじめまして、田久保真子です」
「あっ、日下部晴臣です。はじめまして」
僕も頭を下げる。彼が、真子さんに向かって言った。
「髪の色、替えたんだね」
たしか、年末に派手な色に染めたと聞いたけれど、今の彼女のロングヘアは、落ち着いた栗色だ。彼女が言った。
「ママが、そんな髪の色じゃ東京に行かせられないなんて言うから。そんなの関係ないのにね」
そして、目が合った僕に微笑みかけたので、僕も慌てて返した。笑顔がぎこちなかったかもしれないけれど。
彼も笑う。
「叔母さん、心配性だからな。真子、お昼は?」
「まだ。お腹空いたあ」
「それじゃ、とりあえず荷物はコインロッカーに入れて、ご飯にしようか」
「わーい! あのね、ここの駅の近くで、行ってみたいお店があるんだけど」
そう言って彼女は、スマホを取り出す。彼が、僕を見て眉を上げた。
「わあ、すごーい!」
真子さんは、さっそく運ばれて来た巨大なハンバーガーをスマホで撮っている。ここはハンバーガー専門店だ。
僕もつられて、一枚だけ撮る。一応、今日の記念に、なんて。
そんな僕を見て、真子さんがにっこり笑った。そして、その笑顔のまま言う。
「仁兄ちゃんと晴臣くんは、SNSで知り合ったんでしょう?」
「あっ、はい。そうです」
現在大学2年の彼女は、僕より一つ年上だ。
「どうして仲良くなったの?」
「それは……」