目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第30話 天然石のチャーム

 朝ご飯を完食してお腹いっぱいになり、僕たちは部屋に戻った。これでこの部屋ともお別れかと思うと名残惜しい気もするけれど、この後も楽しい予定がある。


 それぞれシャワーを浴びて着替え、準備が整ったところで、チェックアウトした。


 以前、たしか彼は、旅行に行ったら「きれいな景色を見たり、おいしいものを食べたり、ゆっくりお湯に浸かったり」しようと言っていたけれど、結局、ゆっくりお湯に浸かる暇はなかった。


 でも、そんなことはちっともかまわない。一生忘れられないくらい、とてもとても素敵な夜だった。


 旅館のすぐそばから出ているバスに乗り、僕たちは月影湖に向かった。今日もいい天気だ。 




 約一時間後、僕たちは遊覧船の甲板にいた。吹き抜ける風が気持ちいい。


「晴臣くん、手すりのところに立って」


「うん」


 今日も彼がたくさん写真を撮ってくれる。もちろん、僕も彼の写真を撮るし、風景も空も、ツーショットも。



「あー、もうちょっとだなあ」


「自撮り棒があればね」


 ツーショットの構図に苦労していると、年配のカップルの男性のほうが声をかけて来た。


「よかったら、撮りましょうか?」


 僕と顔を見合わせてから、彼が答えた。


「あっ、じゃあお願いします」


 男性が差し出した手にスマホを渡す。受け取りながら、男性が言う。


「どんなふうに撮ればいいですか?」


「湖と、後ろの山並みが両方入るようにお願いします」


「わかりました。じゃあ、二人寄り添って」


 撮り慣れているのか、小気味よい掛け声をかけながら、立て続けに三枚ほど撮ってくれた。


「ありがとうございました」


 彼がスマホを受け取る。ずっと微笑みながら見守っていた女性が言った。


「仲がいいわねえ、ご兄弟?」


 ちらりとこちらを見てから、彼が答える。


「ええ、まあ。よろしかったら、お二人もお撮りしましょうか?」


 微笑み合ってから、女性が答える。


「せっかくだから撮っていただきましょうか」


「そうだね」




 遊覧船を降りると、もう昼だったので、僕たちは湖畔のレストランに入った。料理を注文した後、それぞれスマホを開いて遊覧船の上で撮った写真をチェックする。


「撮ってもらった写真、いい感じに撮れてる」


「僕にも見せて」


 スマホを覗き込んでいると、彼が言った。


「さっき、『ご兄弟?』って聞かれて、つい『ええ、まあ』って答えちゃったけど」


「うん」


「よくなかったかな」


「え?」


 思わず顔をあげると、彼が浮かない顔でこちらを見ている。


「なんか、適当にごまかしたみたいで……」


「そんなことないよ」


「そう?」


「僕は、別に気にならなかったけど」


「でも、嘘をついたことに変わりはないから、晴臣くんは、そういうの好きじゃないんじゃないかなって」


 僕は微笑む。


「そんなことないよ。あそこで急に『恋人同士です』って言ったら、きっと気まずい雰囲気になっただろうし、あれでよかったんじゃないかな」


 人になんと言おうと、なんと思われようと、二人が恋人同士であることは事実なのだし。


「そう?」


 ようやく彼が、ほっとしたように微笑んだ。そんなことを心配するなんて、ああもう、仁さんってば、なんてかわいいんだっ。



「それにしても、あの人、ホントに僕たちのこと兄弟だと思ったのかな」


 僕の言葉に、彼は首をかしげる。


「どうだろうね……」


「僕たち、似てる?」


「いや、そうでもない気がするけどね」


「だよね」


 彼はすらりとして背が高いし、顔だってきれいだけれど、僕は背も低いし、地味な顔だし……。そう思っていると、彼が言った。


「別に深い意味はなかったのかもね。ただ話の接ぎ穂として言っただけで」


「そうかー……」


 意味はなかったとしても、おかげで彼の気持ちを聞くことができたし、僕の気持ちも伝えられたし、言ってもらってよかったのかもしれない。品があって優しそうで、とても素敵な人たちだったな。




 ストーンミュージアムは、いろいろな石が産地ごとに並べられて展示されていたけれど、思ったより小規模だった。ただ、販売コーナーには、手ごろな価格の天然石のアクセサリーなどがあったので、記念に何か買うことにした。


「どれがいいかな」


「ネックレスとかブレスレットは、ちょっとね」


 天然石のビーズを連ねたものは、普段身に着けるのは大げさな気がするし、お揃いのプラチナのチェーンはいつも着けているから、アクセサリーはそれで十分だ。


「あっ、これはどう?」


 彼の声に、そばに行って商品棚を見る。


「かわいいね」


 それは、丸い天然石が付いたスマホ用のチャームだ。小ぶりだし、これなら邪魔にならないだろう。


 たくさんの種類があるのを見て、僕は思いついて言った。


「お互いの石を選ぶっていうのはどう?」


「それ、いいね」



 迷いに迷った挙句、僕は、澄んだ薄紫色が美しいアメジストを選んだ。彼にぴったりだと思ったのだ。


 だが、僕が差し出したチャームを見て、彼は驚いた顔をした。


「えっ……気に入らなかった?」


「いや、そうじゃないよ」


 そして、彼も選んだチャームを差し出す。


「あっ」


「これはフローライトっていう石だよ。緑とか紫とか何色もあって、色の濃淡もいろいろあって……。


 その中で、僕はこの色が一番きれいで、晴臣くんに似合うと思ったんだ」


  チャームのパッケージには、たしかに「フローライト」と書いてあるのだけれど、それは薄紫色で、見た限りでは、僕が選んだアメジストとほとんど変わらなかったのだ。  


  一瞬、無言になった後、僕たちは噴き出した。



  会計を済ませてミュージアムを出た後、僕たちは、さっそくチャームをスマホに付けた。お互いにスマホを見せ合う。


「ほら」


「いい感じ」


 これなら、スマホを使うたびに手元で揺れて、一人のときでも彼を感じられる。また一つ宝物が増えた。




 カフェで一休みすると、新幹線の時刻が近くなったので、僕たちは駅へ向かった。楽しい旅行は、本当にあっという間だった。




 新幹線の座席に座った僕は、彼のほうを向いて言った。


「昨日からずっと、すごくすごく楽しかったよ。仁さん、本当にありがとう。一生忘れられない素敵な思い出が出来たよ」」


 楽しかったのはもちろんのこと、彼は、自分が誘ったのだし、年上だからと言って、宿泊費など、すべて払ってくれたのだ。チャームだけは、お願いして出させてもらったけれど。


 彼が微笑む。


「こちらこそ、どうもありがとう。僕もすごく楽しかったよ。


 また旅行しよう。そうだな……年に二回くらいは」


 僕は不安になって言う。。


「でも、カフェのために貯金しているんでしょう? そんなに旅行に行ったら、お金が貯まらないよ」


「晴臣くんは心配性だね。カフェを開業するのはまだまだ先のことだし、旅行をして、いろんな土地のものを食べたり、いろんなカフェに行ったりするのも、カフェをやる上で参考になるから、ある意味先行投資みたいなものだよ。


 カフェは、始めたら一生続けるつもりだからね。そのためにたくさん勉強もしたいし、貯金も、ちゃんと計画通りにできているから大丈夫だよ」


「……そうなの?」


 彼がにっこり笑う。


「そうだよ。君はホントにいい子だね」


「あ……」


「それに、二人の思い出も、これからまだまだたくさん作っていきたいな」


 胸がいっぱいになって、不意に涙がこみ上げる。


「……ありがとう。すごく、うれしい」


 目尻を拭う僕を見て、彼がぽつりと言った。


「かわいいな。ますます好きになる」


 僕のほうこそ、彼のことがどんどん好きになるばかりだ。仁さん、僕はあなたのことが好きで好きでたまらないよ……。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?