朝ご飯を完食してお腹いっぱいになり、僕たちは部屋に戻った。これでこの部屋ともお別れかと思うと名残惜しい気もするけれど、この後も楽しい予定がある。
それぞれシャワーを浴びて着替え、準備が整ったところで、チェックアウトした。
以前、たしか彼は、旅行に行ったら「きれいな景色を見たり、おいしいものを食べたり、ゆっくりお湯に浸かったり」しようと言っていたけれど、結局、ゆっくりお湯に浸かる暇はなかった。
でも、そんなことはちっともかまわない。一生忘れられないくらい、とてもとても素敵な夜だった。
旅館のすぐそばから出ているバスに乗り、僕たちは月影湖に向かった。今日もいい天気だ。
約一時間後、僕たちは遊覧船の甲板にいた。吹き抜ける風が気持ちいい。
「晴臣くん、手すりのところに立って」
「うん」
今日も彼がたくさん写真を撮ってくれる。もちろん、僕も彼の写真を撮るし、風景も空も、ツーショットも。
「あー、もうちょっとだなあ」
「自撮り棒があればね」
ツーショットの構図に苦労していると、年配のカップルの男性のほうが声をかけて来た。
「よかったら、撮りましょうか?」
僕と顔を見合わせてから、彼が答えた。
「あっ、じゃあお願いします」
男性が差し出した手にスマホを渡す。受け取りながら、男性が言う。
「どんなふうに撮ればいいですか?」
「湖と、後ろの山並みが両方入るようにお願いします」
「わかりました。じゃあ、二人寄り添って」
撮り慣れているのか、小気味よい掛け声をかけながら、立て続けに三枚ほど撮ってくれた。
「ありがとうございました」
彼がスマホを受け取る。ずっと微笑みながら見守っていた女性が言った。
「仲がいいわねえ、ご兄弟?」
ちらりとこちらを見てから、彼が答える。
「ええ、まあ。よろしかったら、お二人もお撮りしましょうか?」
微笑み合ってから、女性が答える。
「せっかくだから撮っていただきましょうか」
「そうだね」
遊覧船を降りると、もう昼だったので、僕たちは湖畔のレストランに入った。料理を注文した後、それぞれスマホを開いて遊覧船の上で撮った写真をチェックする。
「撮ってもらった写真、いい感じに撮れてる」
「僕にも見せて」
スマホを覗き込んでいると、彼が言った。
「さっき、『ご兄弟?』って聞かれて、つい『ええ、まあ』って答えちゃったけど」
「うん」
「よくなかったかな」
「え?」
思わず顔をあげると、彼が浮かない顔でこちらを見ている。
「なんか、適当にごまかしたみたいで……」
「そんなことないよ」
「そう?」
「僕は、別に気にならなかったけど」
「でも、嘘をついたことに変わりはないから、晴臣くんは、そういうの好きじゃないんじゃないかなって」
僕は微笑む。
「そんなことないよ。あそこで急に『恋人同士です』って言ったら、きっと気まずい雰囲気になっただろうし、あれでよかったんじゃないかな」
人になんと言おうと、なんと思われようと、二人が恋人同士であることは事実なのだし。
「そう?」
ようやく彼が、ほっとしたように微笑んだ。そんなことを心配するなんて、ああもう、仁さんってば、なんてかわいいんだっ。
「それにしても、あの人、ホントに僕たちのこと兄弟だと思ったのかな」
僕の言葉に、彼は首をかしげる。
「どうだろうね……」
「僕たち、似てる?」
「いや、そうでもない気がするけどね」
「だよね」
彼はすらりとして背が高いし、顔だってきれいだけれど、僕は背も低いし、地味な顔だし……。そう思っていると、彼が言った。
「別に深い意味はなかったのかもね。ただ話の接ぎ穂として言っただけで」
「そうかー……」
意味はなかったとしても、おかげで彼の気持ちを聞くことができたし、僕の気持ちも伝えられたし、言ってもらってよかったのかもしれない。品があって優しそうで、とても素敵な人たちだったな。
ストーンミュージアムは、いろいろな石が産地ごとに並べられて展示されていたけれど、思ったより小規模だった。ただ、販売コーナーには、手ごろな価格の天然石のアクセサリーなどがあったので、記念に何か買うことにした。
「どれがいいかな」
「ネックレスとかブレスレットは、ちょっとね」
天然石のビーズを連ねたものは、普段身に着けるのは大げさな気がするし、お揃いのプラチナのチェーンはいつも着けているから、アクセサリーはそれで十分だ。
「あっ、これはどう?」
彼の声に、そばに行って商品棚を見る。
「かわいいね」
それは、丸い天然石が付いたスマホ用のチャームだ。小ぶりだし、これなら邪魔にならないだろう。
たくさんの種類があるのを見て、僕は思いついて言った。
「お互いの石を選ぶっていうのはどう?」
「それ、いいね」
迷いに迷った挙句、僕は、澄んだ薄紫色が美しいアメジストを選んだ。彼にぴったりだと思ったのだ。
だが、僕が差し出したチャームを見て、彼は驚いた顔をした。
「えっ……気に入らなかった?」
「いや、そうじゃないよ」
そして、彼も選んだチャームを差し出す。
「あっ」
「これはフローライトっていう石だよ。緑とか紫とか何色もあって、色の濃淡もいろいろあって……。
その中で、僕はこの色が一番きれいで、晴臣くんに似合うと思ったんだ」
チャームのパッケージには、たしかに「フローライト」と書いてあるのだけれど、それは薄紫色で、見た限りでは、僕が選んだアメジストとほとんど変わらなかったのだ。
一瞬、無言になった後、僕たちは噴き出した。
会計を済ませてミュージアムを出た後、僕たちは、さっそくチャームをスマホに付けた。お互いにスマホを見せ合う。
「ほら」
「いい感じ」
これなら、スマホを使うたびに手元で揺れて、一人のときでも彼を感じられる。また一つ宝物が増えた。
カフェで一休みすると、新幹線の時刻が近くなったので、僕たちは駅へ向かった。楽しい旅行は、本当にあっという間だった。
新幹線の座席に座った僕は、彼のほうを向いて言った。
「昨日からずっと、すごくすごく楽しかったよ。仁さん、本当にありがとう。一生忘れられない素敵な思い出が出来たよ」」
楽しかったのはもちろんのこと、彼は、自分が誘ったのだし、年上だからと言って、宿泊費など、すべて払ってくれたのだ。チャームだけは、お願いして出させてもらったけれど。
彼が微笑む。
「こちらこそ、どうもありがとう。僕もすごく楽しかったよ。
また旅行しよう。そうだな……年に二回くらいは」
僕は不安になって言う。。
「でも、カフェのために貯金しているんでしょう? そんなに旅行に行ったら、お金が貯まらないよ」
「晴臣くんは心配性だね。カフェを開業するのはまだまだ先のことだし、旅行をして、いろんな土地のものを食べたり、いろんなカフェに行ったりするのも、カフェをやる上で参考になるから、ある意味先行投資みたいなものだよ。
カフェは、始めたら一生続けるつもりだからね。そのためにたくさん勉強もしたいし、貯金も、ちゃんと計画通りにできているから大丈夫だよ」
「……そうなの?」
彼がにっこり笑う。
「そうだよ。君はホントにいい子だね」
「あ……」
「それに、二人の思い出も、これからまだまだたくさん作っていきたいな」
胸がいっぱいになって、不意に涙がこみ上げる。
「……ありがとう。すごく、うれしい」
目尻を拭う僕を見て、彼がぽつりと言った。
「かわいいな。ますます好きになる」
僕のほうこそ、彼のことがどんどん好きになるばかりだ。仁さん、僕はあなたのことが好きで好きでたまらないよ……。