楽しく食事をした後、一人ずつ順番にお風呂に入り、パジャマを着てベッドに入った。イチャイチャしたり、いろんなことをしたりしなくても、一緒のベッドで寝たら同じなのではないかと思うけれど、口には出さない。
何しろ、この部屋に寝具は一つしかないのだから。まさか、彼はそんなことは言わないだろうけれど、もしも泊まらずに帰れと言われたら、きっと僕は泣いてしまう。
「仁さん」
僕は、隣に横たわる彼を見る。
「うん?」
「手、つないで寝よう」
「いいよ」
彼が、僕の手を包み込むように握る。僕は手のひらを返して、指を絡める。
「久しぶりに晴臣くんに会えたのに、このまま寝ちゃうのは、なんだかもったいないなあ」
「じゃあ、なんかする?」
「なんかって? ゲーム? トランプ?」
「もう、わかってるくせに」
彼が笑う。
「もう二、三日もしたらすっかりよくなると思うから、そうしたらなんでもできるよ」
「なんでもって?」
上目遣いに見ると、彼が声を上げて笑った。
「わかってるくせに」
ひとしきり笑った後、彼が言った。
「いつか晴臣くんと旅行に行きたいな」
「え?」
「今回有給を使ったけど、まだけっこう残っているし、一泊か二泊で近場の温泉にでも」
彼が、何も答えない僕を見る。
「どう?」
「あ……うれし過ぎて、声が出なかった」
「きれいな景色を見たり、おいしいものを食べたり、ゆっくりお湯に浸かったり。そういうの、二人でできたら、すごく楽しいだろうと思って」
「うれしい」
なんだか胸がいっぱいだ。彼と一緒ならばどこにいても楽しいし、こうして一つのベッドで手をつないで寝られるだけでも十分幸せなのに、旅行だなんて……。
彼が微笑んだ。
「もう少し暖かくなったらどこかに行こうか」
「うん」
ああ、幸せ過ぎる……。
その週末の夜のこと。
久しぶりに、した。久しぶりだったので、それはとても激しく、僕も乱れた。
終わった後、いつものように枕に顔をうずめて羞恥心と闘っていると、彼が、僕の髪を撫でて言った。
「晴臣くん、大丈夫?」
「うん……」
「晴臣くん、とても素敵だったよ」
「うん……」
正直なところ、どういうことを「素敵」と言うのか、よくわからないけれど。彼が体を起こす。
「先にシャワー浴びて来るよ」
「うん……」
彼がバスルームに消えた後、ようやく僕は、体の向きを変えて顔を上げる。彼とするたび、僕は自分に驚く。
彼がとても優しくてセクシーなのはいつものことだけれど、僕の反応ときたら。切ないくらいに高ぶって、自分を抑えられなくなってしまう。
あんなふうに声を上げたり、あんなふうに、あんなことを……。すべて終わった後では、そんな自分が恥ずかしくてたまらないのだ。
それについて、彼は何も言わないし、いつも素敵だったとか、かわいかったとか言ってくれるけれど……。
そんなことをぐずぐずと考えていると、早くも彼がバスルームから出て来た。上半身裸で、肩にタオルをかけた姿は、やっぱりセクシーできれいだ。
タオルで髪を拭きながら、彼が言う。
「晴臣くんもシャワー浴びておいで」
「うん」
僕は起き上がって、のろのろとベッドから出ると、さっき脱いだパジャマを掴み、下半身を隠すようにしながら立ち上がる。散々あんなことをした後でも、全裸のままバスルームまで行くのは恥ずかしい。
シャワーで体を洗い流した後、パジャマを着て出て行くと、ベッドのシーツやカバーは新しいものに取り換えられていた。いつものことだ。
「湯冷めしないうちに、ベッドに入って」
「うん」
彼はいつも、僕の体を気遣って、大切にしてくれる。僕を先にベッドに入らせてから、彼も隣に身を横たえ、包み込むように布団をかけてくれた。
こちらに顔を向けたまま、彼が言った。
「明日の朝はゆっくりしよう。朝ご飯も、ゆっくり食べて」
「うん」
「朝ご飯、何が食べたい?」
「うんと……」
僕は、彼に身を寄せながら考える。彼と一緒ならば、何を食べたっておいしいけれど。
「トーストか、それともパンケーキにする?」
彼の言葉に、僕は顔を上げる。
「朝からパンケーキ焼いてくれるの?」
「うん、明日は時間があるからね」
明日は日曜日だ。
「じゃあ、パンケーキがいい」
「よし、そうしよう。それで、その後はどうする? 街をぶらぶらするか、部屋でゆっくりするか」
「うーん、どっちもいいなあ」
彼と一緒ならば、どこにいたって、何をしたって楽しいのだ。彼が微笑む。
「明日、パンケーキを食べながら考えようか」
「うん。……仁さん」
「うん?」
「今僕、すごく幸せ。今も、かな」
彼が、くしゃっと僕の髪を撫でて言った。
「僕もだよ。晴臣くんといられて、すごく幸せ」
ああ、うれしい……。
三月のその日、僕たちは、梅林で有名な山間の観光地にいた。約束通り、彼が有給休暇を取り、一泊旅行に来たのだ。
混雑を避けて平日にしたのだが、それでも観光客でにぎわっている。
「わあ、きれい……」
僕たちは、様々な色合いの花を咲かせた梅林の中を歩く。久しぶりに、梅林越しの空の写真も撮る。
彼が、薄紅色の花を咲かせた梅の木を指して言った。
「晴臣くん、そこに立って」
スマホを向けて、写真を撮ってくれる。
「じゃあ、今度は仁さん。ええと……その木がいいかな」
僕は白梅を指す。美しい花の前に立って美しく微笑む彼は、とても絵になる。
何度か場所を変えて、ツーショットもたくさん撮った。
「いいのがいっぱい撮れたね」
「うん、ホントに」
素敵な写真がたくさん撮れて、このまま帰ってもいいくらい、僕は大満足だ。だけど、お楽しみはまだまだある。
「何か食べようか」
梅林の道沿いに、出店が並んでいる。おいしそうなものがたくさんあって目移りしてしまうけれど……。
「あっ、たこ焼きがある」
「いいね、食べようか。焼きそばもあるよ」
「ここでお昼ご飯にできちゃうね」
「ほら、デザートもあるよ」
梅林らしく、梅を使ったゼリーやジェラートもある。
「おいしそう」
初めての旅行で、僕は何もかもが楽しくて仕方がない。大好きな人と旅行に来られるなんて、今もまだ夢を見ているみたいだ。
夜は旅館でごちそうを食べるから、昼は出店の物で十分だ。ベンチに座って、梅林を眺めながらたこ焼きと焼きそばと梅のジェラートを食べた後、江戸時代の宿場町を再現した通りに行き、いろいろな店を覗いて楽しんだ。
和風カフェでコーヒーを飲んで一休みしてから、僕たちは旅館に向かった。
旅館の部屋に落ち着いて、座布団に座ってスマホを見ていると、彼が隣に来た。
「何見てるの?」
僕の肩を抱きながら、手元のスマホを覗き込む。
「さっき梅林で撮った写真だよ。仁さん、すごくきれい」
「えっ、きれい?」
「うん。梅の花もきれいだけど、それに負けないくらい、仁さんもきれいだよ」
「きれいだなんて、初めて言われたよ」
僕は、おかしそうに言う彼を見て言った。
「そう? 僕はいつも仁さんのこと、きれいだなあと思っているよ」
彼が、ふっと笑う。
「なんだか照れるなあ」
僕は真顔のまま言った。
「仁さんは、すごく優しくて素敵で、ホントに見た目も心もきれいだなあと思ってる。こんなきれいな人が僕の恋人だなんて、今もまだ信じられないくらい」
彼も真顔になって、じっと僕の目を見つめた。
「僕は晴臣くんのこと、性格も外見も、すごくかわいいと思っているよ。本当に、君はとてもいい子だし、一緒にいると心が癒されるし、まるで天使みたいだって」
「えっ」
いくらなんでも、天使は言い過ぎなんじゃ……。そう思っていると、彼の顔が近づいて来て、唇が重なった。